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  第三の時効 第三の時効
  【集英社】
  横山秀夫
  定価 1,785円(税込)
  2003/1
  ISBN-4087746305
 

 
  大場 利子
  評価:A
   横山秀夫とは「半落ち」。「このミステリーがすごい!」で第1位を獲得した「半落ち」。そうしたからには、本書で連覇となったとしてもおかしくはない。
「時は容赦がない。人を追い立て、追い越し、立ち止まる者は置き去りにして、すべてをやり直しのきかない過去へと変えてゆく。」物語は、この時に支配され、紡がれる。その上、これでもかというくらい、目の前にその情景、その顔を浮かび上がらせ、見せつける。刑事だけではなく、犯人だけではなく、ただの読み手までも、追いつめてくる。
 ●この本のつまずき→「それと、藤吉郎はやめろ」と、捜査第一課長が言う。初めて聞く。たとえか?

 
  小田嶋 永
  評価:A
   横山秀夫の力量、スケール、可能性を再評価したい。『半落ち』について、従来の警察小説とは異なる人間の描き方、その作品性は評価しつつも、登場人物たちの保身をかけた闘いに共感を得られなかったことを理由に、昨年11月の本欄での評価を「B」とした。本作品は、犯罪捜査にかかわる人間たちがいっそう練られて描かれている。F県警捜査第1課強行犯捜査係、“青鬼”“冷血”“天才”と称される班長のもと、「荒涼たる砂漠で、それぞれがもがき苦しみ、誰もが自分ひとり生き残ることだけを考えて行動している」刑事たち。そればかりではない。捜査にかかわる人間のみでなく、犯人像、アリバイくずし、トリック、謎解き、意外な真犯人、犯罪そのものの物語性が加わった「本格ミステリ」としての味わいも十分だ。砂漠だと思われていた舞台、しかし、そこには「緑も水もあった」のだった。長編をしのぐ、連作短編集の粋をみた。

 
  新冨 麻衣子
  評価:A
   「2003年版このミステリーがすごい」の1位に選ばれ、人気作家の地位を確立した横山秀夫の最新作。しかし「このミス」ってかなりの影響力をもってるんだな、とあらためてびっくり。いまだに売れてますもんね、「半落ち」。
本書もこれまでの横山作品と同じく、警察内部の人間関係をテーマにした連作短編集だ。朽木、楠見、村瀬という凄腕の刑事をそれぞれ班長とした3つの班で構成された捜査一課を舞台に、事件を喰って生きる男たちの内面が丁寧に描かれる。相変わらず刑事たちの人間関係がスリリングで、短編一つ一つの完成度はめちゃめちゃ高い。だけど事件小説としてみると、自白に頼りすぎな結末がちょっと拍子抜けな感も。でもま、おもしろいです。

 
  鈴木 恵美子
  評価:B
   この人の本が売れてるのわかる。こういう風に「仕事の出来る」男達迫力あるもんね。どうしてこう最近の社会ってもたついているんだろう?って途方に暮れガタガタに自信なくしてる日本のオジサン達、めざましいもの感じるんじゃない?犯罪検挙率10割なんてわかりやすい実績上げるとこに。悪い奴が非道をしても捕まらないまま終わっちゃう、仕事が出来ない証明みたいな腑抜けた犯罪検挙率の低下でも給料減らない公務員警察、責任取るお偉いさんもいない現実とは違う、強行犯捜査係の刑事達が、激しく競り合うハードボイルドな世界が端正に描かれている。「執念、職人、プロ根性」の「事件で食ってきた」フツーの刑事と毛色の違う、「情念、呪詛、怨嗟」で「事件を食って生きてきた」強行犯一班「理詰め」の朽木、二班「謀略」の楠見、三班「閃き」の村瀬、それぞれの班がプライドと意地、体力、知力のすべてを賭けてしのぎをけずり合う激しさ。剣豪小説のような美意識と仁義がある男の世界。が、女は完全に閉め出され、笑いはほんのひとかけらさえもない強面の男社会。入り込めないながらもふううんスゴーイね。

 
  松本 かおり
  評価:B
   F県警捜査第一課の刑事たちを描く短編小説6編。『半落ち』とは違う一話完結型。枝葉を飾って盛り上げる枚数的余裕がない分、事件解決への技にヒネリがきいているようだ。どうすれば読者が喜び驚き「う〜ん、ヤラレタ!」と唸るか。著者のサービス精神を強く感じる。
 表題作の『第三の時効』もいいけれど、『密室の抜け穴』もシブイ。警察内部の力関係、駆け引き、ライバル意識に嫉妬、プロの面子を賭けたドロドロの心理攻防戦。その巧みな描写にすっかり捕まったところで急転直下。この物語のネタそのものはさほど凝ったものではないだけに、一段と「ヤラレタ!」感が強かった。地味なネタでも見せ方で勝負。さすがの横山氏。
 収録作品全部好き、とはなかなかいかないのが短編集。6編ともそれなりに面白いのだが、各編の主役刑事の人間性や事件内容の好き嫌いで、印象にかなりの差がついた。たとえば過去に傷もつ朽木警部。このひとのじっとり湿った感じには、最後まで馴染めなかった。

 
  山内 克也
  評価:B
   作者・横山秀夫の警察小説は、刑事の内面性を突き詰めた物語に一貫している。でも、横山の著作をいくら読んでも飽きがこないのは、ストーリー作りのうまさもあるが、事件に対する刑事の「組織的」な立場と、「人間的」な立場が入り交じり、事件を解決すれば「すべてよし」とはならない、警察に対するやるせない気持ちが読み手に刻まれるからだ。
 表題作の短篇も傑作だが、一番着目したのは、捜査一課長にスポットをあてた「囚人のジレンマ」。3つの捜査班を束ねるそれぞれ凄腕で癖のある班長たちと、彼らとの関わりに苦悩する一課長の姿を描いている。一課長は刑事部長の座を狙う功名心の一方で、「(自分は)事件で食ってきたが、彼らは事件を食ってきた」と、最前線に立つ各班長との温度差に悩む。横山が描く警察組織とは、捜査手法一つとっても嫉妬心と陰謀が渦巻く、一般人には伺いしれない伏魔殿かもしれない。

 
  山崎 雅人
  評価:A
   捜査第一課強行捜査係。犯罪捜査の最前線かつ最後の砦。ひとつのミスも許されない戦場に君臨する男たちの、熱いドラマである。
 彼らの敵は凶悪犯だけではない。同じ意志を持ち協力すべき身内さえ、しのぎを削るライバル、いや敵なのだ。犯人との攻防、組織との攻防。弱みを見せると前後から刺される緊張感の中に置かれた男たちが激突する。
 奇抜なトリックで驚きを与えるたぐいの作品ではない。自白強要すれすれの取調べ、泥臭く粘着質な捜査、華麗というには程遠い世界は、おもしろ味がないように思える。
 しかし、その地味なかけ引きが、実に表情豊かで、スリリングなのだ。心という堅く閉ざされた密室。そこに隠された心裏をえぐりだす過程を丁寧に描き、琴線に触れる要素を巧みに配置した構成は、見事というほかない。
 口数少なく心で語る男たちの犯罪に対する一途な姿勢、殺伐とした中に垣間見える情が、読むほどに心に響きわたってくる。
 事件の特異性ではなく、犯罪の周囲をじっくりと読ませる、横山作品の真骨頂を余すところなく描きだした傑作である。

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