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  街の灯 街の灯
  【文藝春秋】
  北村薫
  定価 1,850円(税込)
  2003/1
  ISBN-4163215700
 

 
  大場 利子
  評価:B
   題名は、三篇目に収録された作品名から。その作品名は、1931年製作のチャールズ・チャップリンの映画「街の灯」から。舞台は、時代を同じくして、昭和7年の東京。主人公は、皇族方と共に女学校で学ぶ令嬢。家には制服を着た運転手、コック、図書室、軽井沢の別荘。「本は、人の思考の刷られているもので、いうなれば人そのものだから、畳の上に置かれているのを跨いではいけない」と言われて育つ主人公。おお。その主人公は、あくまで控えめな運転手と心秘かにコンビを結成。
 表紙の色そのままに、物語はセピア色。その中で、そのコンビが赤色、黄色、時には黒色で奮闘。続篇が待ち遠しい。
 ●この本のつまずき→表紙・帯・背に踊る「HONKAKU Mystery Masters」のロゴは京極夏彦デザイン。応募者全員プレゼントは京極夏彦デザインオリジナルブックカバー。装丁は京極夏彦with Fisco。京極夏彦づくし。

 
  小田嶋 永
  評価:B
   北村薫は、女性以上に女性的な作家だと改めて思う。(おそらくはご本人の)理想の女性像を、こんどは昭和初期の上流家庭を舞台に描こうとしている。もちろん、すべての男性が、北村描くところの女性を理想としているわけではないのだが。昭和7年、上流家庭の令嬢である「わたし」の家に、運転手兼ボディガードの別宮みつ子がやってくる。その背景や人物像はつまびらかではないが、「わたし」はサッカレーの『虚栄の市』の女主人公にちなんで、彼女を「ベッキーさん」と呼び、この異色のコンビが、乱歩ばりの奇妙な事件を推理していく。おそらく、シリーズ化していくものと思われるコンビ、「ベッキー」さんの素性も少しずつ明らかになっていくのだろう。どちらがタイプ、とは問うまい。
 作中の、昭和7年頃の東京麹町・青山界隈、銀座、軽井沢の描写が興味深い。

 
  新冨 麻衣子
  評価:A
   舞台は昭和9年、上流階級の令嬢・花村英子の日常を描いた中編小説2作。花村家にある日、新しい運転手がやってくる。それが当時としては考えられないことに、別宮みつ子という若い女性だった。英子は彼女を<ベッキーさん>と呼び、彼女と話をするのを楽しみにしている。しかしまあすごいのだ、このベッキーさん。頭の回転は速いし、剣もピストルも使えるし、男役のようなくっきりとした西洋風の容姿、ともなれば冒険好きな令嬢のお気に召さないわけがない。一方内容はというと、好奇心旺盛な英子がベッキーさんの助言などを得ながら、身近ななぞを解く少女探偵もの。やっぱり身近っていうのが少女小説の基本でしょう。派手な事件はないけれど、あくまで英子の日常の生活を中心に描かれていて、全体としてきれいにまとまっている感じ。時代設定がぜんぜん違うけど、小学校のころ好きだった「おちゃめなふたご」シリーズなんかを思い出しました。

 
  鈴木 恵美子
  評価:B
   帯の惹句がうまい。「昭和七年<時代>という馬が駆け過ぎる。」思わず、どんな馬よと引き込まれる。上海事変、五・一五事件を連想させるきな臭い話かと思いきや、大名華族家の御姫様のお雛の宴で幕開けとは、この気の持たせ方がニクイ。主人公は馬ならぬ運転手付きフォードで女子学習院に通う士族令嬢、英子。そしてそのお抱え運転手、「虚栄の市」の男勝りの主人公にあやかりベッキーさんと呼ばれる別宮みつ子。門前で白刃を振り回す壮士風の男達を事も無げに退け、制服の内ポケットに潜ませた拳銃も使えるこの腕利き、お嬢様の探偵ごっこにつきあわせるだけには惜しい魅力。経歴も将来も謎のままなのがまたミステリアス。英子の友、桐原侯爵家道子は兄、陸軍参謀将校勝久を「悍馬を御したがっている」と評すが、彼は「悍馬というなら時代ほどの悍馬はいないさ。ナポレオンでさえ振り落とされた」と言うクールな野心家だ。そう言えば昭和七年はトーキー映画が上映され、活動弁士達は時代から振り落とされていった。何気ない日常に「疑問を見つける才」のある英子がもっとも大きな疑問を看過出来なくなる時代も近い。

 
  松本 かおり
  評価:C
   昭和初期の上流階級の生活ぶりは興味津々。アチラの世界を気楽に覗かせていただいた。今後は我が老親を「おでいさま・おたあさま」とお呼びし、お公家様ごっこするのも一興かもしれぬ。
 花村家の英子嬢は、当然のことながら「清く正しく美しく」のお嬢様ライフ。人間としての良心をもち、傲らず謙虚に自分の目でものごとを見る、なんて標語が行間に見えそうで、読んでいて少々気恥ずかしい。そんなお嬢様の避暑地・軽井沢のようすや、古きよき銀座界隈の話のほうが、「謎とその解明」よりも印象に残る。英子嬢は利発で疑問発見が得意だが、話の本筋である彼女の疑問がたいした謎には思えない。子供のナゾナゾにつきあっている気分。よって彼女の推理が的中しても、いまひとつ盛り上がらない。 
 この際、乳臭いお嬢様がたはどうでもよろしい。私は女運転手・ベッキーさんだけは気に入った。「銀座八丁」での桐原大尉との対決、これは喝采もの。ベッキーさんという人間そのものが、よっぽど深い「謎」なのだ。

 
  山内 克也
  評価:A
   この作品の背景となる昭和7年とはどんな時代だったのか。「昭和史全記録」(毎日新聞社刊)を開いてみた。1月に上海事変、2月には血盟団事件、5月は5・15事件…と、昭和7年は、軍靴の足音が次第に高くなっていく暗雲漂う時代でもある。そんな時代背景を意識したのか本書収載の第1作は、上層階級の退廃を描いた英国作家サッカレの小説「虚栄の市」をタイトルに引いている。華族独特の言葉を織り込みながら主人公の女子校生が住む上流階層を描き、当時の世相とはかけ離れた社会を映しだしている。タイトル名とあいまって時代の匂いがストレートに感じさせる筆致のうまさに感心してしまった。
 ミステリの内容も北村ワールドを発揮。第二作「銀座八丁」では銀座の露店そのものが謎仕掛けになるなど、3つの中編とも主人公の身の回りで起こる日常の小事件を題材にした佳品そろい。何よりも、主人公お抱えの女性運転手「ベッキー」さんの活躍。武術に長け、銃を持たせれば陸軍士官の舌を巻く射撃のうまさ。そして謎めく生い立ちとは。脇役の人物造形もしっかりしていて、このシリーズは見逃せない。

 
  山崎 雅人
  評価:A
   昭和初期の東京に、強力なコンビが登場した。士族の令嬢、英子と、彼女に仕える運転手、別宮。知性と教養にあふれ、武道も相当の腕前、銃や剣も自在に振るってみせる別宮を、英子はベッキーさんと呼ぶことにした。
 二人のレディは、華麗に謎解きに挑む。事件は、兄の友人から届いた暗号の解読から殺人事件まで。英子が事件に遭遇した時、ベッキーさんは、そっと解決の鍵を耳打ちする。
 丁寧な描写と、粋な言葉遊びで、いつのまにやら昭和の始めに時間旅行させられている。時代の緊張感や、趣のある街の雰囲気が、細密だが硬質にならない独特の筆致で、柔らかく描かれている。謎自体も時代背景をしっかりと映しだしていて、現実に引き戻されることがない。本書を開いた瞬間から最後まで、心地よく幻惑され続けるのだ。ミステリーの妙を、心ゆくまで堪能できる秀作である。
 しかし、まだ物語は始まったばかり、ベッキーさんの正体は謎のままだ。そこは北村薫のこと、さり気なくヒントが隠されているに違いない。このまま読み終えてしまうのは、名残惜しい。再読しつつ、続編を待ちたい。

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