年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班
      
今月のランキングへ
今月の課題図書へ

商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> 本やタウン
 
  消し屋A 消し屋A
  【文藝春秋】
  ヒキタクニオ
  定価 1,850円(税込)
  2003/1
  ISBN-4163215506
 

 
  大場 利子
  評価:B
   消し屋とは、職業が人殺しの人。なんて物騒な、だが、その食卓には手が込んでいるであろう料理の数々が並ぶ。美味しそうではあるが、絵として浮かんでこない。せっかくなのに、残念だ。「ローストされたポークを1センチほどの厚みにカービングしていく」カービングかあ……。
 テンポ良く、先を急ぎたくなるのに、博多弁が邪魔する。博多弁を簡単に自分の言葉に置き換えられれば、問題はないだろうが、簡単にはいかなかった。ここでスローダウン。それがとぼけた味を出しているとも。惨事真只中に、また違った緊張感を味わえる。
 ●この本のつまずき→「博多の焼き鳥屋は、客が入ってくると店の中央に吊り下げた陣太鼓をドンドーンと打ち慣らす」の冒頭。博多ではこれが常識か。

 
  小田嶋 永
  評価:B
   活字にされた博多弁の会話が、どうもつっかえる。消し屋「幸三」のキャラクターが際立たない。もうひとつ気にいらないのは、フィクションであるのに、「福岡ダイエーホークス」他のチーム名が、なぜ実名なのか。と、とりあえず文句をつけておく。
 消し屋とはすなわち殺し屋。すわ、城島健司をイメージしたホークスのキャッチャー真壁が殺しのターゲットなのか、ではない。真壁が自らの意思でゲームに出ない、と仕向けるのが、このたびの依頼である。幸三は、真壁の親子関係を探り、精神的に追い込むことで「消そう」とする。真壁は、苦悩をかかえながらもゲームに集中する。野球小説としても、また真壁の父親の過去をめぐるエピソードも読ませどころだが、それが本意ではないだろう。だから冒頭の文句にもどる。消し屋「幸三」のキャラクターがもうひとつイメージできない。しかし際立たないのが、実名をもたない消し屋Aのキャラなのか、としたら作者の試みは成功しているのかもしれない。

 
  新冨 麻衣子
  評価:B
   凄腕の消し屋である男がおかまの恋人を連れて博多に移り住んだ。地元やくざから持ちかけられた仕事はなんと、ダイエーホークスの名捕手を試合に出させないこと、という面倒なものだったが・・・。
ヒキタクニオお得意の、筋を通すの通さないのといったアンダーグラウンドで仕事をする男たちの物語だ。わたしはヒキタクニオの小説は、そのキャラクター設定の上手さ、愛すべき個性的なやつらがたくさん出てくるから面白いと思う。その点でこの作品はちょっと薄味に感じてしまった。「ベリィ・タルト」までは、脇役にもすごくパワーがあった気がしたんだけど。相変わらずおかまの描き方はうまいけどね。

 
  鈴木 恵美子
  評価:D
   「消し屋」と言うだけあって、殺気まで消しているはずの殺し屋、なのにこれだけ「ツヤつけ」てて、堅気じゃないことみえみえなんだからちょっとおかしい。おかしいと言えば「剣抜弩張」なんて入れ墨してる情けないナニから失禁し続け、紙おむつグショグショの筋ものの社長、グロテスクユーモア漫画みたいに悪趣味。この人の書くもんって、よくこの種の職人気質の名人芸への偏りとこだわりのプロが設定されてるよね。「鳶がクルリと」のインテリ崩れの鳶職とか、「ベリイタルト」のスカウトしたコを必ずアイドルに仕立て上げる芸能プロとか。でもこの種の名人芸噺って何か臭いんだよね。素人には。へえ、すごいんだねえ。でも嘘臭いねえ。自慢臭いねえ。胡散臭いねえ。もとよりフィクションなんだから嘘は全然構わないけど、リアルでもファンタジーでもない中途半端な、それ、上手の手から水が漏るみたいな破綻があちこちに感じられると、何か落ち着いて楽しめない。どうして自分の戸籍を消し、幾人もの痕跡を消すような男がオカマと堂々と同棲するような目立つ生き方するのかな?

 
  松本 かおり
  評価:D
   博多ヤクザが、流れ者の消し屋・幸三に、野球賭博がらみの一風変わった「消し」依頼をする。狙いは「福岡ダイエー」の捕手・真壁。そんな有名人をどうやって?そこが消し屋のウデの見せどころ。
 この設定は面白そうなのに、正直言って中盤以降ダレた。ダルダルである。本番までの仕掛け作りがやたらに長い。特に、真壁の父親の過去は冗長に思えた。スリリングな賭場の描写もくどいと飽きる。「人殺しなんてもんは、脳味噌の薄暗い奴が繁華街で包丁振り回すってことだけになってる」とヤクザみずから言うだけに、派手な見せ場がないのも単調の一因だろう。
 幸三ご自慢の「耳這刀」も、期待したわりには出番が少ない。しかも、大事な商売道具をオカマのムダ毛剃りなんかに使うか?この神経は信じられん。プロっぽくない。幸三の少年・純とのやりとりや、球場で渡辺親分をとっさにかばう心配りなんかは、懐の深さを感じさせるイイ場面なんだがねぇ。
 どうも全体にヤバさやワルさが薄すぎた。「悪漢小説」「アウトロー小説」という宣伝文句は似合わない。人情ユーモア小説と私は呼びたい。

 
  山崎 雅人
  評価:C
   博多に流れてきた、消し屋の幸三。博多で最初の仕事は、ダイエーホークスの捕手を殺さないで消すこと。しかも強制的ではなく、相手の自発的な行為として。
 義理と人情。任侠道の基本はしっかりと押さえられている。大御所、浅田次郎作品と比較して、人情少なめ、暴力やや多め、義理は無しの、どこか憎めない雰囲気の作品である。
 主人公の殺し屋、おかまの幸三は、粋でお洒落で色男。男も女も惚れるおかまである。脇を固めるおかまやヤクザは、ステレオタイプで、おもしろ味に欠ける。殺気や緊張感が中途半端で、凄みがないのだ。おかげで、シリアスな場面が緩みがちになり、全体的に平板な展開になってしまっている。
 消し屋の華麗な技は炸裂しない。殺陣を見せるに止まる。その代わり、情で相手を誘い出す。すごい武器まで出しておいて、それはないだろう。せっかくの主演第一作、そんな地味でぬるい仕事で良いのだろうか。
 男の美学を極めた消し屋は、子どもも救う、親分も救う。みんな救う。殺し屋の救いの手に癒されてみるのも良いかもしれない。

□戻る□