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エミリー

エミリー
【集英社文庫】
嶽本野ばら
定価 440円(税込)
2005/5
ISBN-4087478181

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  浅井 博美
  評価:A
   「泣きながら一気に読みました。」というのは本書のような小説を読んだ後にこそ、思わず口をついて出てきてしまうはずだ。帯にある「生まれてきて良かった」という惹句もわたしを泣かせるために書いているんじゃなかろうか?嶽本野ばらといえば言わずと知れたロリータの教祖的存在として扱われているが、ロリータだけではなく「生まれてきてすみませんっていうか、この世はもの凄く生きにくいんだけど、どうしたらいいんだよ!」っていう人々全ての代弁者だと思うのだ。共感や同情や応援だけをくれるわけではなく、厳しい現実も見せつけられるが、彼特有のウェットではない乾いた優しさを垣間見ることによって救われる気持ちになる。表題作の、あることが原因で男性恐怖症になった少女と、ゲイであるために迫害を受けている少年はもちろん、学校に居場所なんてない。そんな彼らが居場所だと感じられる所がラフォーレ原宿だったり、大好きなお洋服だったりするわけだけれど、わたしたちには野ばらちゃんもいる。なんて心強いのだろう。あと10歳若かったらわたしもロリータになってみたかった。未だにラフォーレ原宿には通ってはいるけれど…。

  北嶋 美由紀
  評価:D
   表題作を含め、年代の違う恋愛小説三篇。なにやら異世界の恋愛もの、と言うか、ファッション小説に恋愛がからんだような印象。
 一作目「レディレイド」の感想は、まあすきにして。
 二作目「コルセット」 結婚はコルセットのようなものという部分のみは共感。しかし、何なのだこの二人の感覚は? 結婚式を急に取りやめるのは迷惑だとのたまう二人。じゃあ自殺や不倫は誰にも迷惑かけないのか? オネエ系青年は別に嫌いではないが、この乙女チックな30才は生理的にダメ。早く読み終えて、この世界から脱出したかった。
 そして表題作 ラストに少々感動めいたものを覚えたが、元々フリフリ系が大嫌いな私は、ファッションを思い浮かべるだけでも拒否感全開。毎日ラフォーレの前にうずくまる少女も不気味だし、中3の男の子が「お洋服」という言葉を発すること自体もう耐えられない。野ばらファンの方には申し訳ないが、乙女魂なぞカケラもない私は何のインパクトも受けずに終わってしまった。ただ、内容の悲惨さにそぐわない不思議な印象の残る文体ではあった。

  久保田 泉
  評価:A−
   小説を読む愉しみのひとつが、意外性や驚きに触れることだとしたら、この作品はそういった魅力がページから溢れ出ている。インパクトのある著者の近影や、映画化された下妻物語は知っていたが著書を手に取る事はなかった。正直、あまり小説に期待をしていなかった事を深ーく反省しました。帯のコピーはたった一言。“生まれてきて良かった”。このシンプルで重い言葉に全く恥じない小説。意外性のひとつが、とにかく言葉が美しい。紡ぎ出される文章のリズム、流れがあまりにも綺麗で驚く。薔薇に棘があるように、美しい文体の中にも棘があり、優雅な流れは時に洪水を起こす。恐ろしや野ばら氏…。
 レディメイド、コルセット、エミリーからなる三篇のテーマは恋愛。著者は芸術や服飾にも造詣が深く、読んでいて楽しい。乙女の魂を持つものだけが理解できる小説だとか。乙女とは?こんな自問自答をしたのも初めて。その答えは小説の中にあります。個人的にはコルセットが良かった、思わず落涙!

  林 あゆ美
  評価:B
   物語には、なんと様々に表現があるのだろう。同じことを描いていても、語り口でがらりと様子が違う。『エミリー』は丁寧かつたたみかけるような語りで、“野ばら流儀”3つの愛を語る。
 美の価値観をきちんともった主人公らは、それらを何度も言葉にし、読み手に美しいものを伝えてくれる。「レディメイド」では難解な愛の告白を、絵画を媒体にしながら語り、「コルセット」では、死にたくて死にたくてたまらない「僕」が、好きな服飾を媒体にして出会う彼女との物語があり、「エミリー」では何処にも居場所を見つけることができなかった少女が、「レディメイド」同様、好きな服飾をきっかけに始まる純愛が描かれる。その濃密さにどっぷりひたると、読み終わってからずいぶん力をこめて本をにぎっていたことに気づいた。ふぅっとおおきなため息が出る。美しいもので愛を語るのはハードボイルドだ。著者は、「男性より女性のほうが、ハードボイルドな精神をもっている」とインタビューで答えているが、たしかに『エミリー』もその精神が流れていた。

  手島 洋
  評価:B
   エライ本が課題の中に入ってるぞ、と読む前には思っていたのですが、すごくまっとう作品なので驚いた。
 ブランド名、アーティスト名を連呼し、斜に構えた人物がウンチクを傾けるという文章がすごく80年代を感じさせた。あの時代は、知性を売り物にしたり、ちょっと人とは違うものが好きなことに価値を見出す時代だったのだ。「ぺヨトル公房」、とか「ユリイカ」なんて雑誌があって(「ユリイカ」はまだ健在?)。今でも、そういう人たちは世の中にいるんだなあ、と思ってしまった。
 そう書くと普通の人には理解できない本のようだが、作品の展開自体はすごくシンプルなで、よくできている。幼い頃の事件をきっかけに男性に恐怖を覚えるようになり、ある洋服のブランドだけが救いという少女に起こった出来事。自殺しようとしていた若者がある女性と不思議な関係で結ばれる物語。そんな話が饒舌な会話を読んでいるうちにいつの間にか進行している。古風な表現も目立つが、決して話を分かりにくくすることはない。ファンだけに独占させるのはもったいない。

  山田 絵理
  評価:A
   誰とも分かり合えないという不幸と孤独感、絵画に対する高い美意識、お洋服に対する思い入れ、この3点が織り成して作られたかのような短編集。服のブランドにはとんと疎いが、こういう「お洋服」について丹念に描かれた小説を初めて読んだ。
「コルセット」は心に潜む真っ暗なさみしさとお洋服の話と刹那の恋がミックスされて、読後、やるせなくてせつなくて、たまらなくなる。こういう恋愛小説は初めて読んだ。表題作「エミリー」は、毒薬のごとき思いがけないシーンが挟まれていて、どきりとさせられるが、孤独で誰ともわかりあえないと思う不幸な女の子の、痛々しいお話だ。
 感受性が強すぎて器用に生きられなくて、「どうして私はあの輪に入れないのだろう」などと少しでも思ったことがあるのなら、この世界にすんなり入っていけるのではないだろうか。麻薬のように魅惑的な文章の世界に。
 写真で作者を見たことがあるが、こんな繊細な文章を描く人だとは思わなかった。

  吉田 崇
  評価:C
  以前、書店で、何気に手に取った『下妻物語』、結局パスして読まずにいたのは、すいません、どうにも著者の名前が気に入らない。「野バラだって、まじかよ」、と、平台に戻したあの本、あぁ、読んどけばよかったなぁ、と、思うくらいにはこの本オススメ、とは言え、決して、お気に入りにはなりません。
短編3作品、そのうち、表題作がやはり一番面白い。くるくるシイタケには度肝を抜かれた。「すっげぇー、シイタケかよ」と、話が変な方に行きそうなので、気を取り直して、
文の感じはちょっと無理したクラシカル、全体的な雰囲気に太宰治っぽい外連味、一番の特徴はその独特な美意識のあり方か? ロリータ、乙女、とかいう言葉には、多分僕にはぴんと来ない何かの意味が付加されているのに違いない。類推するに、澁澤龍彦あたりの本になかったかな、少女人形の美についての考察。瞬間を永遠にする方法。
 でも、僕は薄汚く年取っていく事が美しいのだと、自分に言い聞かせている真っ最中なもんで、敢えてこういう感覚には馴染もうという気もしないのだ。

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