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勝手に目利き
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文庫本班
龍宮
龍宮
【文春文庫】
川上弘美
定価460円(税込)
2005/9
ISBN-4167631040
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  北嶋 美由紀
  評価:★★☆☆☆
 人と人にあらざるものとの8つの短編集である。
 どうやら本書と私とは相性が悪かったらしい。人にあらざるものを題材にしたものは好きで、楽しみにして読んだのだが、インパクトは皆無だった。現実(リアリティー)と異次元や幻覚めいたものの境界で、尋常であるようでいて不可思議な感覚や最後に背筋がゾクッとする余韻が幻想ものの良さだと思う。しかし、ここに収められたものはどれも異様さが茫洋としていて、現実社会と男女間の恋愛が強く混在するせいか、現実味が勝ってしまう。「相容れないもの」の良さが「チグハグ」なだけのしまりのなさになってしまったようで、たとえば八百比丘尼の神秘性が単なる奇妙な長命で終わってしまうのだ。最初はおもしろいと思った「荒神」も荒神様の存在の異質さより、主人公の異常さの方が目立ってしまう。何とも半端な読後感だった。

  久保田 泉
  評価:★★★☆☆
 異形のモノたちと、人間の不思議なやりとりが続く短編集。川上弘美の世界を大きく二つに分けると、『センセイの鞄』のような人間だけの話と、私の好きな氏のデビュー作『神様』のように、動物が出てくる話がある。動物や異形のモノは、ごく普通に人間の日常に現れ、当たり前に人間語を話す。どちらの作品にも川上ワールド独特などこか泰然とした、それでいて幻想的な雰囲気がある。帯にもあるように、人にあらざるものとのこのやりとりが、ここでは交流ではなく、交情になる。辞書で交情を調べると、交際のよしみとともに、男女が情を交すこととある。必ずしも男と女の話ばかりではないが、噛み合ってるようなないような彼らの摩訶不思議な会話は、一見のん気にも見える。だが読み進むうちに、海の底に引きずりこまれるような深い情を感じてくる。ただ好みは分かれるかとも思う。かつて宮本輝氏はしょせん寓話と切ったそうだが、私はそうは思わない。この作品集にあるのも、教訓ではなくやはり交情なのだと思う。

  林 あゆ美
  評価:★★★☆☆
北斎/龍宮/狐塚/荒神/(うごろもち*)/轟/島崎/海馬、という8つの不可思議な世界、それでいて親しみがわくような世界が展開されます。
 私が好きなのは「(うごろもち)」。うごろもちが何か知ってます? 知らなかったので調べてみると〈もぐら〉のことだそうです。地域の方言によっては〈おごろ〉とか〈おぐろ〉といった言い方もあるようですが、私の住んでいたところは、ちょっと残念ですが普通に「もぐら」でした。で、物語はうごろもち(もぐら)です。もぐら夫婦の生活は安定していてリズムがあります。優しい声を持った妻は、お弁当をつくり夫を送り出し鼻うたなんて歌いながら家事をこなしています。夫は「アレ」を拾います。どんどん増えてくる「アレ」に少々お疲れ気味の夫。夫婦は子どもを育てたり「アレ」の世話をしたりの日々。そんな平凡に見えるような非日常を独特の文体でつづられる世界が、遠くも感じず、どちらかというとなじみのある世界に思えてる不思議な気持ちになってきました。他の7編、いずれもゆらゆらする水のフィルターを通して読んでいるかのようで、おもしろい読後感。
*うごろもちのタイトルは漢字なのですが変換できないためひらがな表記にしています。

  手島 洋
  評価:★★★☆☆
 幻想的な世界を描いた短編集。「北斎」、「龍宮」、「狐塚」といったタイトルから連想される話を、「人と人以外の生物の交流」、「生と死」というくらいの縛りの中で思いつくまま書いたようなストーリー。実際、そうやって書いたのかはまったく知りませんが、フリージャズのセッションでも聴いているように、独特の世界観、語感が楽しめました。話がひとつの方向に進もうとすると、ポーンと違和感のある言葉を放り込んで別の世界が模索されていく感じがおもしろい。言葉遣いもわざと変な表現を用いているところがあったりして。
 8つの作品に分かれてはいるものの、全部がひとつづきの夢のように重なってもいる。逆に言うと、設定だけの違う同じ話を読まされている気がしなくもない。作者が言葉で見事な芸をしているのを横で見ているだけで、感心はしても感動はない。エロティックさも切なさも全然この話からは感じられない。あんまり匂いや温度もない気がする。そういう淡々とした感じで書かれた奇妙な話が好きな人にはいいんでしょうが。

  山田 絵理
  評価:★★★★★
 この人の文章が好きだ。文体が自分の感性になじむ。読んでいて違和感が無い。こういう作家に出会えるのは幸せなことだと思う。
 蛸や海馬など人以外の動物が人と交わりあう話から、何百年も生きている人のお話など、超常のもの、この世でないものが、ふらりふわりとお話の中に出てくる。「昔話をしてやろう、不思議な昔のお話を、な」と本に言われているような気がする。漁村のうらぶれた小屋、古びた昭和のアパートなど、暗がりがよく似合う場所が舞台だ。幻想的な短編を読んで、私はそこに寂しさ・人を好きになることの意味・生きることのよるべのなさを感じた。どれもこれも自分に身近な感情で、現在にも通じる感情で、一歩間違えるとそれに自分自身がとらわれて、苦しんでしまうものたちだ。
 昔話はどれも何かを伝える役割を持っている。この作品もそんな性格を持っている。現代の御伽噺である。

  吉田 崇
  評価:★★★☆☆
『物語が、始まる』を読みたいと考え続けていて未だに果たせないでいる著者の作品、八つの短編からなる不思議な読後感の本作を読んでも、やっぱりこの人変わっているなと言うのが素直な気持ち。『センセイの鞄』を読んだときに思った、性差を感じさせない人だなという評価は、今回も当て嵌まり、だからといってどうという訳でもないのだが、女流作家嫌いの人にもお勧め(僕は高校ぐらいまで、田辺聖子と山田詠美以外の女性の作家は読まず嫌いしてました、すいません)。
 どうなんだろう、ホント、へんてこなお話から始まります。読み進んで、強く感じたのは筒井康隆と安部公房、偉そうな事をいうつもりはないので思いっきりはしょると、この手のある意味不条理な物語においては、夢の設定・現実の論理、現実の設定・夢の論理のバランスに基づいたストーリー展開の組み合わせが肝要だという気がして、それから判断しても、この作家には注目して行きたいと考えます。

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