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WEB本の雑誌今月の新刊採点ランキング課題図書

深尾くれない
深尾くれない
【新潮文庫】
宇江佐真理
定価620円(税込)
2005/10
ISBN-4101199221
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  北嶋 美由紀
  評価:★★★
 鳥取藩に実在した藩士、深尾角馬の物語である。関が原から30年、剣を持って立身出世するチャンスのなくなった時代に、彼は剣に生き、剣法指南役として新技を開発し、弟子達にも慕われていた。背が低いことが最大のコンプレックスである角馬の愛するものは剣と牡丹で、「深尾紅」と呼ばれる牡丹を丹精することでも有名だった。しかし、家族に対する愛はどれほどだったのか。悪い男ではないが、いわゆる剣術バカでデリカシーのない角馬は妻二人に不義密通をされ、斬殺してしまう。江戸初期では当たり前のことであったろうが、男として夫としての温かみには欠けていたようである。こわいほど真面目で、剣に生き、面目のために死んだ男の一生の物語ではあるが、前半は後妻、後半は二歳で母を失った娘の目からとらえられ、二人の異なる心情の方が印象深い。特に最後の父と娘の姿は心温まるものがある。

  久保田 泉
  評価:★★★★
 ★を四つにしたのは、著者の本作品に懸けた使命のような想いに強く感じ入ったからだ。
 物語の主人公は、江戸時代の初期に実在した鳥取藩藩士の深尾角馬。極端な短躯の反骨心から、修行を重ね剣法の達人となる。人並みの愛想も追従も言わない角馬が愛するのは、庭で丹精こめて育てる見事な紅牡丹。藩の剣法指南役を勤め、雖井蛙流を起こした角馬の生涯を、前半は後妻のかの、後半は一人娘のふきの視点から描いていく。時代小説を普段は読まない私も、宇江佐真理の小説はあくまで人間を深く描くから好きだ。冒頭で使命と書いたのは、この作品は作者が人間深尾角馬と対峙し、壮絶とも言える彼の生涯をどう思うか?と懸命に問うているように感じたからだ。私も著者の想いに応えるべく読んだが、角馬が貫いた生き方や剣の使い道、紅牡丹の美しさに心こそ動かされ、正直魅力は感じられなかった。それでも、人間を真摯に見つめ続ける、著者の表現者としての魅力に圧倒された。

  林 あゆ美
  評価:★★★★
 無骨な侍、深尾角馬の生涯を、妻と娘の視点で描いている時代小説。主人公は実在した人物で、江戸時代の初期においての鳥取藩士だった。著者あとがきでの説明を引用すると「極めて短躯、反骨精神に富む男、牡丹造りが趣味で、彼の丹精した牡丹は深尾紅と呼ばれた」とある。
 男たるもの、自分の仕事に精を出し、妻には家を守ってもらうという古来の男性そのものが深尾角馬である。牡丹こそは丹精に丹精をこめてかわいがるが、生身の妻にはお世辞ひとつ言うわけでもない。こういう不器用な男性は一昔前によくいたのではないか。角馬は体が小さいことを跳ね返すべく、剣の道も精進してきた、真面目が取り柄の男だ。それなのに次々襲う悲劇がせつない。
 江戸時代の話とはいえ、男と女に関してはいまと変わらないところも多々ある。一緒に暮らしている夫が、自分以外のものに、それがたとえ花であったとしても、かける愛情の違いを感じるのが妻だろう。妻の視点でも、娘の視点でも、角馬は角馬で最後まで変わらなかった。

  手島 洋
  評価:★★★
 剣豪を主人公にした時代小説だが、刀を交える場面はまったく出てこない。武士道を極めようと精進を重ね、腕は一流だが武骨で融通のきかない男。その妻、かのは初め、男に心を閉じているが、次第に誠実さに気付き、心を許すようになる。しかし、愛情を示す言葉を何ひとつ掛けず、牡丹の世話ばかりする男に対して次第に嫉妬と不満を抱き、他の男との情事を重ねてしまう。最初の妻の不義を知り、相手共々斬った過去のある男がかのの密通を知ったとき……。
 武骨で真っ直ぐであるために周囲や妻から誤解された男と、そんな男の妻となった女性の悲劇が描かれているのだが、苦悩する女性に比べて、男のあまりにシンプルな武骨振りが物足りなかった。彼のつけた技の名前や剣の話に見られる意外な文学性というのをもう少し掘り下げて、男の中の矛盾や葛藤や過去というものも表現してもらいたかった。深尾角馬が実在の人物だったとしり、実際にはどんな人物だったのか、ますます気になってしまう。

  山田 絵理
  評価:★★★★
 どの時代にも自分の思いをうまく表現できず、不器用に頑固に生きている人がいるもので、本書の主人公もその一人だ。
 深尾角馬は江戸時代初期に実在した藩士。剣術に優れ、藩の指南役を勤め、新しい剣法を編み出すほどだ。だが、姦通した前妻を切り捨てるという残酷な一面をも持つ。
 本書は彼を取り巻く女たち、つまり後妻のかのと娘のふきの目から角馬を描き出している。三人それぞれの思いが、ひたひたと胸に押し寄せてくる。
 やり場の無い思いを抱えたかのの心と、剣と牡丹栽培にしか興味が無いように見える不器用な角馬の心が、交わらない様がもどかしい。そして角馬の、誕生当時はちっとも愛情を抱かなかった娘に対する心境の変化が胸にぐっと迫るのである。 
 物語を鮮やかに彩るのが、角馬が丹精込めて育てた牡丹の花だ。角馬が愛し、かのが憎み、ふきの心につよく残った花。紅色の牡丹は、さまざまな愛憎を受けて、美しく咲き悲しげに咲き、角馬の人柄とともに読んだ者の印象に残るのである。

  吉田 崇
  評価:★★★★
 ははは、すっかり時代物に甘くなってしまった感のある、今日この頃、でも、これ凄味すら感じるほど淡々と物語られる主人公の深尾角馬の姿が、妙に鮮やかに感じられて、だから今月のナンバー1、絶対のオススメです。大体、この主人公あんまりしゃべんないで、何を考えてんのか良く分かんない所がいい。剣の道に対しても、本気なのか冗談なのか良く分かんないくらいストイックな雰囲気があって、これもいい。女心? そんなもんがある事すら考えた事がなさそうで、そこもいい。なーんだ、ただの偏屈じじいじゃん、その通り、だけどそんなキャラクターだから切ないストーリーが生まれるのです。
 対して女房のかの、一人娘のふき、この二人の心の動きは丁寧に描かれていて、その立場の違いから角馬を見つめる視線も違う訳で、より多角的に主人公が浮き彫りになっていくという構成も、著者の実力の深さを感じます。
 このキャラがこの時代でこんな環境にいたらこうなるしかないだろうという、ぴたっと焦点の定まった本作、一気読み、間違いありません。

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