年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班
虹色にランドスケープ
虹色にランドスケープ
【文藝春秋】
熊谷 達也 (著)
定価1650円(税込)
ISBN-4163244204
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

  清水 裕美子
  評価:★★★

 バイクを愛する人々の物語。虹色をモチーフに7つの彩りの違う物語が描かれる。
 最初のエピソードでは求職中の男が自殺を決意し、バイク事故を装うため北海道を走る。葛藤と決意が巡り、妻への最後の電話の場面では手に汗を握ってしまう。
 その男の運命は一番最初に語られてしまうのだが、彼を取り巻くバイク乗り達それぞれの物語が連作の形で続いていく。昔の恋人に走りそうになる危うい妻、彼の就職を心配する友人、その友人を慕う従業員。不倫相手とのツーリングでの事故。事故の後の人生。
 主人公の多くは少し以前のモデルのバイクを大切にしバイクと共に生きる人々だ。バイクとは移動ツール以外の何かであるのだろうとそんな想像しかできないが、走る場面は表現がとても身体的だ。作者は文中で1度「バイク乗りってやつは……」と定義してみせる。バイク無しでも各世代の人生を味わえる物語だが、バイクの振動を知っているともっと楽しめたかなと思う。
読後感:つなぎ姿の人を観察してしまうように。細面が多い?

  島田 美里
  評価:★★★★

 バイクの醍醐味はよくわからないけれど、走っているときの躍動感は伝わってきた。
 連作であるこの7編の短編には、いつもバイクの姿がある。登場人物に中年の男女が多いせいか、愛車には重い過去も積み込まれているようだ。リストラされたデパートマンも、事故に遭いながらもバイク人生を捨てきれなかった中年女性も、哀愁漂う風の中を走っている。タイトルに虹色という言葉がつけられている割には、悲しげな色が目立つ中、「こっちからピース−Green−」の爽やかな風が気持ちいい。主役は20代の女性。バイクに乗り始めた動機が、好きな人に影響されてというのが何ともけなげ。原付も乗ったことがないのに大型を乗りこなそうとする無鉄砲さに、抑えきれない愛情を感じてしまう。
 バイクはなんとなく楽器に似ているような気がした。1人で走る(独奏)ことも、複数人で走る(アンサンブル)こともできて、同じバイク(楽器)を持っている人を見かけたらつい声をかけたくなる。7人の人間関係が微妙に重なって現れる七色の虹が、ひとつの音楽にも感じられた。欲を言えば、もう少し若々しい旋律も聴きたかったけれど。


  松本 かおり
  評価:★★★★★

 バイク乗りの出てくる短編集ではあるが、いわゆるツーリング小説やマニアックなレース小説ではない。軸足はあくまで日常生活にある。絶望、嫉妬、恋愛、親子の葛藤、男の友情など、さまざまな切り口を通じて、バイクそのものの魅力と登場人物たちの人間模様がバランスよく腰を据えて描かれている。何度読んでも飽きない。
 CB750、Z2、RZといった、ベテランには涙モノの往年の名車を登場させ、過ぎ去った年月をさりげなく実感させる展開も実にいい。加えて、熊谷氏自身バイク乗りだけあって、さすがに走りの描写も冴えている。特に第3編「オーバー・クール」後半、高速道路での豪雨との格闘走行。迫真の筆致に鳥肌が立った。
 また、カバーを摺本好作氏(知らないバイク乗りはモグリだぞ〜)の美しく味わい深いイラストが彩るという贅沢! 端正な熊谷氏の文章と相性抜群。このコラボには拍手喝采、万歳三唱だ。眺めて良し、読んで良し、バイク乗りなら必読。熱烈推薦!


  佐久間 素子
  評価:★

 バイクという共通点をもった七人を描いた連作短編集である。章ごとに色名がついていて、七人だから『虹色にランドスケープ』というわけだ。で、こういうセンスがどうもなあと思う方は、中身のセンスもパッケージどおりなので読む必要はないだろう。もちろん逆も真なりですよ。私は、人物造形も、話の展開も、なーんか新しさがないんだよねえと思ってしまったのだけれど、こういう空気が好きなのよという人もいるだろう。お約束の展開が嫌いなわけではない。文章はととのっているし、リーダビリティだってちゃんとある。だから、まあ好みの問題です。80年代的というのだろうか、この手の気取りや感傷は、私にしてみると、ずいぶんと気恥ずかしいなあと感じてしまうのだけれど。バイク乗りでないから、評が厳しいかな。あ、でも、バイクのシーンはなかなかきもちよかったですよ。


  延命 ゆり子
  評価:★

 さ・さわやか〜!
 バイク乗り達のバイクにまつわる連作短編集。主役は異なるがそれぞれの話が少しずつ繋がっている。決してハッピーエンドにはならない私好みの味付け。だのにすがすがしい読後感。私は、バイクなんて危ないし車の邪魔だし若くして亡くなる人ってバイクの事故が多いし、バイクなんてちっとも好きじゃないけれど、それでも作者のバイクに対する並々ならぬ愛情を感じて胸が詰まった。これほどまでに何かを愛することが出来るなんて、なんていいんだろう。文章もすごくそつがないのに厭味じゃない。バイクという題材を使って新鮮な喜びを与えてくれた小説でした。



  新冨 麻衣子
  評価:★★★★

 熊谷達也なのに、自然が出てこない! 山とか熊とか海とかシャチとか大自然の恐ろしさを相手にしたダイナミックかつ静謐な小説を描いてきた熊谷達也なのに! 本作は、バイクに惚れ込んだ数人の男女のままならない人生を切り取った、せつない連作短編集。一体全体どういう作品なのかとドキドキしながら読み始め、なかなか「熊谷」色が見えないことに不安を覚えながら読み進めたのだけど、いやはや心配ご無用でした。
 7つの短編が、バイクと記憶をリングにして大きな一つの物語を生み出す。家族のためにすべてを投げ出す男、生前には知ることがなかった父の意外な一面に困惑する息子、路上で仲間と奇跡の再会を果たした男、事故をきっかけに恋を終わらせた女……それぞれの切ない人生のひとコマと仲間のつながりを描いたこの小説は、きっといつか自分を許せる日が来る、と優しく訴えかけてくる。

  細野 淳
  評価:★★★

 自分の場合は自転車に乗ってだが、長期の休みになると、北海道によく走りに行く。そうすると、バイク乗りの人が、いつも挨拶をしてくれるのだ。何だかその姿が颯爽としていて、自転車と対比させると、うらやましく感じるときもある。北海道をバイクで走るような人は、どちらかといえば年配の人が多いのだけれど、それでも何だか若々しい。そういえば、本書でも、バイク乗りは歳を取らない、などと書いてあったっけ。
 ともかくそんなバイク乗りたちが出てくる小説であるから、雰囲気も何だか爽やか。いや、爽やかというよりも、青春の面影がいつまでも残っている感じであるのかも知れない。自転車乗りの自分も、何十年後かには、そんな人間でありたいものだ。