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勝手に目利き
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文庫本班
バスジャック
バスジャック
【集英社】
三崎亜記
定価1,365円(税込)
2005/11
ISBN-4087747867
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清水 裕美子
  評価:★★★★★

 サブカル魂全開!
 7編はSFチックな設定なのに思ったよりハートウォーミングな場所に着地する。例えばこんな説:脳学者によれば「記憶」は思い出す瞬間瞬間に再構築されている。過去の記憶とは都合よく書き換えられた幻。(たぶん)これを物語化した『二人の記憶』。恋人同士の思い出がどんどん齟齬を起こした時2人の未来はどうなるの?波の音をBGMに甘く切なく幸福に描かれる。
 しょっぱなの『二階扉』はドラえもんアイテムが新興vs.土着住民のニュータウンにあったら……。つかみには最適だが、他の作品を構えて読んでしまう原因になるので中間辺りで読むのもいいかもしれません。
 もしやNLP理論の実験小説なの?と思ってしまったのですが、どの物語が好きかであなたの情報処理の型が判別されます、みたいに使えます。『二階扉』『バスジャック』好きな人って聴覚型(V)ですな。
読後感:怒涛の電波用語に笑いすぎて涙が出た。鳳凰のポーズ天才!

  島田 美里
  評価:★★★★★

 どの話を読んでも、どこでもドアを開けて後ろ手で閉めたとたんに鍵を掛けられたような気持ちになる。あっという間に異世界に連れていかれて、閉じ込められるのだ。
 この短編集の表題作の舞台は、バスの車内。バスジャックがブームになっているという突拍子もない設定に、あ然としてしまう。どこか楽しんでいるような乗客の雰囲気が、一瞬、不謹慎に思えたが、そんな気持ちも話の面白さにかき消されてしまった。
「動物園」もまたバスジャック以上にありえない話だ。空っぽの檻に、さも動物がいるかのように見せかけるだなんて、「そんなアホな!」である。しかし、いつの間にか、ヒノヤマホウオウってどんな生き物なのだろう?と真剣に想像してしまった。この吸引力は、もはや洗脳に近い。いったんハマったら後戻りは不可能だ。そういえば、この感覚、誰かに似ていると思ったら、そうだ、村上春樹である。だけど、オチがストンと決まっているところは著者独自の特長なのかもしれない。一話ごとに「お後がよろしいようで」と、つぶやきたくなった。

  松本 かおり
  評価:★★★★

  問答無用で小説世界に引きずり込む、なんと強烈なパワー! 自分の立ち位置や価値観がふらふらと揺らぎ、不思議なネジレ感にひたひたと包まれる。理屈を越えた奇妙な物語たちに漂う陶酔テイスト、うっかりすると中毒しそうだ。
 全7編、どれも存分に個性的。なかでも初編の「二階扉をつけてください」、これはのっけから、かなりホラー。楽しめる作品だ。「二階扉」業者の怪しさ満点営業マンに苦笑したのも束の間、待ち受ける結末は……。日頃は意に介さない些細なことが引き起こす、とんでもない事態。嗚呼、たまらんっ。ぞわわっ。
 その他、「バスジャック」では、犯人の役割分担に能楽を取り入れて一興。「送りの夏」は、主人公の麻美が小学生にしては妙に思索が深く、大人っぽすぎるのが気になるものの、生と死を見つめる視線が真摯かつ暖かく、しっとりとした風情で捨て難い。


  佐久間 素子
  評価:★★★★

 SFという規格からは少しはみだすような気もするけれど、風変わりな設定が楽しい七つの短編が収録されている。硬質な文章が知性的で、甘い方の梶尾真治から甘さをとったような味わい(ほめてます)。
 それぞれ個性的な短編なのだが、どれが著者ならではの作品とは言い難い。きっと七つとも著者ならではなのだ。「お気に入り短編投票」実施中らしいが、企画したくなる気持ち、わかるわかる。私なら?と、さんざん『動物園』と迷ったすえに、『二人の記憶』を選んでみた。同じ時を過ごしている恋人との記憶がずれていく。前回逢ったときの記憶が、5分前の食事の内容がくいちがう。自分の知らない二人の過去を彼女だけが大事に持っている。怖い怖い。ホラーかと思うほど怖い。どんなに近しい間柄でも、お互い通じ合えるなんて幻想であるという、これは寓話なのだ!と、そんなふうに、片づけられれば単純なのだけれど。何の答えも与えられないまま、なだれこむラスト、主人公の悲壮な決意に目をみはらずにはいられない。

  延命 ゆり子
  評価:★★★★★

 もの凄い傑作、だと思う。どの短編にも作者の才能が遺憾なく発揮されている。その才能のたれ流し状態に、私は興奮を抑えることが出来ない。
 バスジャックすることがブームとなった世界。身近な人の死を受け入れられない人たちの、人形を使った奇妙な共同生活。動物園で動物がいる空間をイメージでプロデュースするビジネス。はっきり言って訳がわからない。けれど、あり得ない設定の中で作者がやりたい放題やっちゃってる感があって、その奇妙な世界に完璧にズブズブと飲み込まれていくその快感よ。作者の想像力に安心して身をゆだねることができるその恍惚よ。これぞ短編! これぞ小説!
 純文学好きは勿論、小説を読み込んでいる人もそうでない人も、頭の柔らかい人も、SF好きも、ぶっちゃけ全員に「これを読め!」と、大声で叫びまわりたい。

  新冨 麻衣子
  評価:★★★

 異例のスマッシュヒットとなった著者のデビュー作「となり町戦争」を読んだとき、変な話を書く人だなぁ、でも面白いなぁ、と思って二作目を楽しみにしてたんだけど、その二作目である本書もやっぱり、変な短編集だった。
 外階段もないのに二階に扉を付けるのがしきたりである町に住んだある夫婦の物語「二階扉をつけてください」、全国的にバスジャックが大流行してる変な世界で起きたあるバスジャック事件を描いた「バスジャック」、この2編がとても良かった。
 めちゃめちゃ変で、痛快。ただその他の作品は、ちょっと安易に踏み込みすぎな気がした。別れとはなんなのかとかそんなことまで言葉にしてしまうと、この人独特の世界が少し野暮ったくみえる。三崎亜記には、ひたすら変な話の輪郭をなぞってもらいたいなと思った。

  細野 淳
  評価:★★★★

 七作が収められている短編集だが、どの作品も何か変なものばかり。しかもそんな未知の設定に、冒頭から引き込んでいき、最後まで不思議な感じが残されてゆく。スッキリとしない、という見方もあるのかもしれないけど、そんな感じがまた、独特の味わいを生んでいる、と自分は思う。
 面白く読める作品もあれば、感動させる作品もあるので、読んでいる間に様々な感情を味わうことができる。個人的には、「二階扉をつけてください」と「送りの夏」が印象に残った作品。前者は謎の二階扉を設置する物語。そんな扉自体、意味不明な代物であるし、それを設置しに来る工務店の人も意味不明。最後のオチの部分で、幾分かは謎が解けた気になるけど、それでも扉の全体像はまだまだ見えてこない。
 「送りの夏」の方は、親しい人の死を受け入れることができない人間たちをテーマにしたもの。マネキンのような代役を立てて、生きている人は精一杯その人たちの世話をして行く集団があるのだけど……。その空間に一人の少女がきて、人の死にとはどういうものなのか、彼女自身が考えていくようになる。設定は奇抜だけど、とても人間らしい物語であるように感じた。