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勝手に目利き
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文庫本班
わくらば日記 
わくらば日記
【角川書店】
朱川湊人
定価1470円(税込)
2005/12
ISBN-4048736701
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清水 裕美子
  評価:★★★
 刑罰の本質は何か。自由意志による違法行為に対する応報か、それとも生来的犯罪者からの防衛か。
 この物語は不思議な力を持つ姉さまとその妹の物語。昭和30年代の日本、美少女の姉・鈴音は人や物が持つ古い記憶を見ることが出来た。妹・ワッコは交通事故にあった友達の弟のひき逃げ犯を見つけてくれるように姉に頼む。姉は「運転していたお兄さん、そんなに悪い人には見えなかった」と言うが、ワッコは大好きなお巡りさんに車のナンバーを伝えに行く。ナイショにしてくれる約束で姉の透視力の事を話してしまったため、警察の怖い人が姉の力を借りに来るようになる。
 いつしか「犯罪」を犯すということについて考えるようになる連作短編。恨みや強盗ではない殺人。母親の心を救うための行為。だけど一番ホロッときたのは、好きな人のため、流星塵がどこから来たのか透視しようとする鈴音と年賀状のエピソード。鈴音の力を犯罪周辺に集約しなくともいい話になるのにな。
読後感:法学部のテキストにー?

  島田 美里
  評価:★★★★★
 設定はオカルトチックだけれど、中身はとてもノスタルジック。おそるおそる心霊スポットを訪れたら、思いも寄らぬ癒し空間が広がっていて驚いたといった読後感だ。
 舞台が昭和30年代であるせいか、この連作短編集には古き良き時代の空気があふれている。そして、いつの世も変わらない人間の感情の源に触れることによって、懐かしさがこみ上げるのだ。
 語り手である少女の姉・鈴音の持つ不思議な能力は、決して読者を怖がらせる演出ではない。他人の記憶を読み取ることができる彼女は、人々の無垢な心を映す鏡のような存在である。殺人を犯した少年の真意に迫る「夏空への梯子」では心の痛みも麻痺するほどの悲しみを、そして辛い運命を背負った青年と鈴音の淡い恋を描いた「流星のまたたき」では、人を純粋に愛する気持ちを、クリアに写し取って見せてくれる。
 ページをめくるごとに、鈍った感性が洗い流されて、心が浄化されていく気がした。深層心理に近づくにつれて、人の本心を覆うベールが一枚一枚取り払われる。心が洗われるってきっとこういうことなんだ!と思った。

  松本 かおり
  評価:★★
 しごくまっとうな短編の5連発。「姉さま」が持つ「ある場所で使えば、そこで過去に起こったことが──人間に対して使えば、その人間の記憶を見ることができる」力は、確かに興味深い。百円札やスプートニクなどの昭和30年代の雰囲気も悪くない。「私」も「母さま」も、もちろん「姉さま」も、<いいひと>だというのも、よーくわかる。
 ただ、どの話もあまりに清く正しく美しすぎて、教訓臭さ、説教臭さが鼻につくのが難点。出会いや信頼、誠意の大切さ、差別の不当性といった自明のことを、ことさらに、教え諭すような語り口で真正面から強調されると、鬱陶しささえ覚える。
 涙の大安売りも気になる。主役の「姉さま」は何かといえば涙、涙、涙なのだ。頬に「夕陽を集めて朱色に光る」一筋を流し、瞳に「澄んだ潤い」があふれ、睫毛が「朝露」で濡れ、と忙しい。私は、この手の<ぴゅあ>ぶりには、ついていけない……。スミマセン。

  佐久間 素子
  評価:★★★
 昭和三十年代、東京下町。人や物の記憶を読みとれる姉の周りで起きる事件を、姉を慕う妹の回想という手法でつづる連作短篇集である。短命だった聖女のような姉という設定ではしかたのないことだろうけれど、全体的に、センチメンタリズム過多。ですます調もやりすぎで、ちょっとくどいくらいだし、今にして思うと……とか、これはまた別の機会に……とか、気をもたせる記述が多いのも、これまたあざとい。逆に言えば、郷愁というフィルターをかけた、この小説世界こそが、本書の持ち味であるのだ。きっと、確信犯なんだろうなあ。あまり、意地悪な読み方をせず、素直にこの世界にはいりこむのが得策かと。残酷で悲痛な姉の初恋をつづった『流星のまたたき』は、本書の設定にジャストフィット。素直にここで感動するもよし、姉の力をもってしても真相にたどりつかない『夏空への梯子』のわりきれなさに胸を痛めてもよい。ひどく怖い話である『夏空〜』を、ここまで優しくまとめあげた手腕はすごいかも。

  延命 ゆり子
  評価:★★★★
 半日前や三日前の出来事がなぜだか見えてしまう、他人の見たり聞いたりした記憶を読み取ることができるという不思議な能力を持つ姉さま。しかし、警察から協力を求められて凄惨な殺人現場を見させられたり、その力のせいで友人を信じられなくなったり、事件の解決が必ずしも人の幸せに結びつかなかったり。はっきり言って姉さまこの力のせいでひどい目に遭っているのです。その中でも心優しき姉さまの初恋のエピソードや、昭和の懐かしい描写が柔らかい文章と相まって心が温かくなる。そしてどんなに酷い犯人にも作者の救いの手が差し伸べられていて、「どんな人の中にも光と闇が同時に存在する」という真理を鋭く突くのだ。
 それから意外に力強い母さまが良かった。母さまの十八番の背負い投げが飛び出すところでは思わず笑ってしまいました。  それにしても、苦悩する超能力者の美少女……いいですねえ! ここでは明かされなかった色々なエピソードが他にもあるようなので、次のシリーズも追いかけてゆきたい。

  新冨 麻衣子
  評価:★★★★
 昭和三十年代、人や物の過去の記憶を<見る>ことができる姉と、好奇心旺盛な妹。二人が関わった、優しくも悲しい事件が、カタルシスたっぷりに描かれる。 『いつか夕陽の中で』のラストのお母さんの説教にじんとくる。 「信じた方が悪いだなんて、口が裂けても言ってはいけません。あなたを信じた人は、あなたを愛した人でもあるのですから」
 昭和テイストたっぷりなこの世界には違和感ない言葉。現代においては違和感ありながらも、直球どころかナイフのような鋭さをもって突き刺さる言葉。
 たった数十年前なのに、まるで違う世界のように感じてしまうのがちょっと悲しくはあるけれど。「三丁目の夕日」に泣かされてしまった人あたりにもぜひぜひ手に取ってほしい一冊です。

  細野 淳
  評価:★★★★
 人や物、場所の過去の風景を思い出せるという能力を持った鈴音。しかし彼女は、その能力の為の疲労からか、早くして亡くなってしまう。その鈴音との思い出を、妹である和歌子が、歳をとってから回想する、というのがこの物語の形。
 そんな能力を発揮することができる鈴音だから、殺人事件や、仲の良かった人の知られざる過去など、色々な事件にどんどん巻き込まれていく。そして、もって生まれた優しい心のために、その度に傷ついていってしまう。
 だけど、そんなネガティブ一辺倒な話では、決して無い。和歌子の、過去をどこか懐かしむような語り口が何とも言えず、味わい深い。姉との思い出の回想と共に思い出される、お化け煙突が見渡せた頃の下町の風景から、妙にノスタルジックな感じを受けてしまう。物語の舞台になっている場所は、今はもう、当時の面影は無いのだろうけど、主人公の中では姉と共に、その風景が大切な思い出になっているのだろう。