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恋はさじ加減
恋はさじ加減
平安寿子(著)
【新潮社】
定価1365円(税込)
ISBN-4103017511
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清水 裕美子
  評価:★★★★

 近所の書店でこの本が「恋愛ノウハウ本」コーナーに置いてあった。「愛される女への変身術」や「キャバ嬢恋愛指南」本と一緒に。だけど"変化"という意味ではこの場所に絶妙にマッチしているのかも。書店員さんの本の配置に拍手!
 1話目に登場するのは少し驚きの料理だけど、他はカレーうどん、バターご飯、梅酢むすびと馴染みの味と美味しいエピソードが並ぶ。中でもポテトサラダの味は絶品。
 情熱欠乏症の美果は男は天からの配給だと見過ごさないようにしている。人が良くてポテトサラダにこだわりを持つ・光洋に別れを告げ、新カレ・フミオと付き合い始める。だけどこの新旧カレ氏が美果の部屋で顔をあわせ、あっという間に仲良くなってしまう。まさに意気投合。主な話題はポテトサラダにソースはありや、なしや? 恋愛面でのサクセスストーリーではないけれど「男といえば、恋人か元カレ、そんな風にしか見てなかった」美果が一歩踏み出す場面は何気ないのにウルウル来てしまう。ポテトサラダには真剣に感動がある。
読後感:ポテトサラダを大量に作った

  島田 美里
  評価:★★★★

 ちょっとしたグルメ本のようだ。もっといえば、いろんな味わいを取りそろえた、男のメニューリストのようでもある。ポテトサラダに、カレーうどん。はっきりいって、どれも特別な料理じゃない。あってもなくても、それほど食生活に影響を及ぼさない。そんな影の薄い食べ物と、登場する男たちのイメージが微妙に重なって、ひっそり笑える。
 この短編集で、特に料理と男のマッチングがすばらしかったのは「とろける関係」。ご飯にバターとしょうゆを混ぜて食べるというバターご飯の強烈さに、すっかりノックアウトされた。食べるか食べまいかしばらく葛藤してしまいそうなこの料理?と、主人公のロミがつきあうかつきあうまいかと悩むほど年上の男の立場が、泣けてくるほどダブる。
 それにしても、ひとつ間違えば気持ち悪さが漂う関係を、美味しそうな一品に仕上げる、著者の腕前はすごい! 女性はこれを読んで、22歳の年の差もありだな。と、うっかり考えてしまわないように気をつけたい。確かに、食わず嫌いをなくすと即、幸せになれますが。

  松本 かおり
  評価:★★

 ゲテモノ系から家庭料理の定番まで、さまざまな料理や食材が登場するおかげで、想像力やら食欲やらはずいぶん刺激された。「ヤモリ」にはぎょっとしたが、蜂の子、ざざむし大好物の私には、「陸の子持ちシシャモ」=雌の子持ちコオロギ、なんぞ興味津々だし、「サソリの素揚げ」も実に美味そう。しかし、物語の展開や雰囲気はどれも似たり寄ったりで、4篇目くらいで飽きてしまった。なんだかんだいったって、どうせ丸く収まるんでしょ〜、と冷め切った予感がつきまとい、イライラが募る。
 登場人物たちにも、いまひとつ共感できない。特に、女性たちの印象がマイナス。恋愛願望が異様に強く、それこそ発情最盛期かというほど男に媚びる。フラフラとその場の気分に流されてはグジグジ悔やむ。自分に気のありそうな男を適当に挑発してゴタゴタを起こしては、ワタシ傷ついてるのよ、怒ってるのよ、と乙女気取り。勘弁してホシイ……。

  佐久間 素子
  評価:★★★★

 食べ物を題材にした六編の短篇集。食と恋をかけあわせて、官能というありふれた答えを導きださないのが、作者の作者たるゆえんだろう。官能に溺れるのもまた才能のうち。ここに登場するのは、そんな才能などもちあわせない、いたって現実的な女たちだ。夢も見るが、計算も忘れない。健全な食欲も、不健全な恋愛も、とっても人間的なのだ。
 巻頭作『野蛮人の食欲』からして痛快。恋しているのに、愛されない関係に別離を告げて三ヶ月。三年間避け続けてきた男に誘われて、焼き蛤を食べにいった料理屋は、とんだゲテモノを供する店だった。この短編の最後の一文が、帯にもある「食べられるものはなんでも、おいしく、有り難く、いただきませんとね」なのだ。オチはわかったって? いやいや、短編の面白さはディティールにありだからね。荒療治な会食で、やさぐれ縮まっていた心が動き出す様子にわくわくせずにいられない。ヤモリですらおいしそう。ほとんどやけっぱちな前向きさに拍手を送りたい気分だ。

  延命 ゆり子
  評価:★★★★★

 食と男にまつわる6つの短編集。軽い話にも思えるけれどさすが平安寿子。心が、あるべき場所にストンと収まるような、そんな爽快感が漂う。良質な短編を短いスパンで叩き出すその才能。怖ろしいほどです。
 ヤモリの焼き物を出すお店に連れてこられてむくれる沙織。けれど見方を変えて、連れて来てくれたムサイ男もヤモリも美味しく頂こうとする彼女のたくましさ。ポテトサラダが大好きな男と大嫌いな男、二人を手玉に取ったつもりだったが逆に二人を失ってしまう美果。それを新たな関係性へと昇華させようとするのが偉い。
 はじめはフラフラと危なっかしくさまよう主人公たち。だが食べ物の力も借りて、素直に自分の弱い部分に気がついてそれを直そうとする、その過程が巧い。説教臭くない。行ってはいけない方向に転がっていきそうな心を軌道修正できる強さやまっとうさが心地良い。食べ物と男が彼女たちを少しだけ大人にしてくれる、名手の妙味をご堪能あれ。

  新冨 麻衣子
  評価:★★★

 焼き蛤にポテサラ、ハヤシライス、カレーうどん、バターご飯、梅干し……食べ物をモチーフにした恋愛短編集。
 今時めずらしい<普通>の恋愛小説ですね。上手いですよ、平安寿子ですから。安心して読める。でもね、恋愛小説というジャンルで見ると、非常に<普通>すぎる。恋愛小説の醍醐味は<非日常>で、平安寿子の持ち味は<日常>でしょ? だから同じテンションで恋愛小説を書かれてもピンとこなかったわけです。
 そんななかで、ひとまわり以上年上の男性との関係に悩む「とろける関係」はけっこう好き。ここに登場する早苗おばちゃんが、いかにも平安寿子テイストなキャラクターで楽しいからかな。
 それにしてもこのタイトルはどうにかならなかったのか。

  細野 淳
  評価:★★★

 食べ物と恋愛、この二つを絡めた物語って非常に多い。おいしい食べ物と恋心って、どこかで共通するものなのだろうか?
 と、そんな疑問はともかく、このような本を読んでいると、いつも食欲が湧いてしまう。食べ物の描写が、妙なところでこだわっていて、何だかその場で食べ物を出されるような気になってくるからだ。
「きみよ、しあわせに」では、ポテトサラダがある意味での主役。文中に書いてあるように、確かにポテトサラダって、男はみんな好きな食べ物なのかもしれない。そして、その食べ方をもとに、繰り広げられる、男同士の論争。何だか大人気ない気もするけれど、確かに自分も似たような論争をしていることがあるような……。
「とろける関係」のバターご飯。これは自分自身、はっきり言って大好きな食べ物。手抜き料理の定番、みたいなものだけれども、この味を分かち合えるような人がいたら、多分嬉しいだろうなー、って思う。恋愛話に食べ物談義、人間の大きな楽しみについて、より深く知りたい人であれば、読んでみることをお薦めします。