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まほろ駅前多田便利軒
まほろ駅前多田便利軒
三浦しをん(著)
【文藝春秋】
定価1680円(税込)
ISBN-4163246703
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清水 裕美子
  評価:★★★

 男前小説だ、そんな風に思ってしまったのは、たぶん章ごとの扉の挿絵イメージから。登場人物の2人が男前なんです。
 東京都下にある「まほろ市」。その駅前で1人便利屋を営む多田。バスの運行が間引かれているから記録してくれ、とか、チワワを預かってくれとかそんな依頼をこなす多田の元に転がり込んで来た高校時代の同級生・行天。成績優秀で見た目も悪くなかった行天だが、高校時代まったくしゃべらずに卒業していった。言葉を発したのはただの一回だけ。かなり迷惑顔ながら、カジュアルにしゃべるようになった行天を放っておけず多田は2人で便利屋稼業を続ける。依頼主の様々な事件に関わりながら、行天のことを少しずつ知り、また自分の幸福も再生させていく。いや、ちょっとその兆しが見える程度に。
 行天の後先考えない行動のおかしさと多田の振り回されキャラに男前イメージが膨らんで、これはコミケで妄想的二次使用されそうな気配が濃厚ですね。
読後感:「続く」でぜひ

  島田 美里
  評価:★★★★★

 なんてスケールが小さいんだろう!
 今のは、褒め言葉である。東京の郊外にあるまほろ市で、多田が営んでいるのは便利屋。
 主な仕事は、草むしり、犬の世話、塾の送り迎えなどの雑用だ。だけど、単にそれをこなしていっちょあがりじゃない。ささやかな幸せというおまけが、もれなくついてくる。実際は、そのおまけが大事な仕事なんだけど。
 多田も相当風変わりな男だけれど、さらに変人なのが、多田のところに転がり込んできた昔の同級生の、行天という男。ちょっと価値観がぶっ壊れている。他人の幸せと引き替えに、殺人犯の身代わりになるなどと平気で言ってしまえるのだ。この感性は、子どもっぽいというより、宇宙人だ。
 変に野心など持たない、雑草のようなふたり組が、読者を気持ちよく脱力させてくれる。彼らがもたらす温かさを何かに例えるなら、冬場、全く火の気がないところでのミニカイロ、あるいは、マッチ売りの少女のマッチとでもいうべきか? とにかく、ちっぽけだけど、めちゃくちゃ貴重なのだ。

  松本 かおり
  評価:★★★

 「多田便利軒」経営者&主人公の多田クンには申し訳ないが、相棒の行天クンの魅力炸裂! 行天パワーで読ませる連作短編集、といっても過言ではあるまい。違和感を覚える部分、たとえば終盤で急に漂う湿っぽさ、多田が引きずってきた苦悩のわかりづらさ、言動の極端さ、そんなあれやこれやを補って余りあるのが、行天という男なのだ。
 飄々として掴みどころがなく、多田のジャージ・ズボンを平気でマフラーにするような変人だが、実は洞察力も度胸もピカイチ、したたかで行動力抜群。「だれかに必要とされるってことは、だれかの希望になるってことだ」「不幸だけど満足ってことはあっても、後悔しながら幸福だということはないと思う」なんて、台詞も光る。また会いたいなあ、行天春彦。三浦氏には、ぜひとも続編をお願いしたい。
 カバー写真と本文イラストも好きだ。洒落ているし、なにより巧い。装丁ポイント高し。

  佐久間 素子
  評価:★★★★

 東京のベッドタウンまほろ市で便利屋を営む多田と、何かと謎の多い居候の行天。犬の世話や、塾の送り迎え、些細な依頼の向こう側には、色々事情があるもので。
 二人の設定は三十代前半というところだろうか。美しい顔、子どもっぽい言動、しかもケンカをさせれば滅法強く、ときに酷薄。行天のありえないキャラにニヤリ。何というか、限りなく幻想が入ってる感じ。実際のところ、この本、濡れ場なし、事件あり、しかも文章上手なやおいだ!と思うんだけど、どうかな。著者のエッセイがサイトにアップされるのを楽しみに待っている私は、この小説も、暴走気味の脳内妄想から派生したものだと勝手に納得しているのだけど、かまわないかな。楽しかったけど、老若男女問わず支持される類の小説なのだろうか、といらぬ心配してみたり。お約束のキャラこそ、うまく動かすのは難しいこと。面はゆいような人と人との優しい距離感をみんなが楽しめるといいのにな。

  延命 ゆり子
  評価:★★★★

 三浦しをんにしては小粒な作品だ。けれどちょっと荒んだ東京郊外まほろ市の設定や、男性二人の厚い信頼関係を描く手腕などやはりしをんワールドが全開で、楽しい。
 人生に対し空虚なむなしさしか感じられない便利屋の多田のもとへ転がり込んできた高校時代の同級生、行天。便利屋に寄せられる事件を風変わりな行天と多田のコンビが解決していく。二人の絆が深まるにつれてお互いの過去も明らかになっていき、徐々に友情らしきものが芽生え始めていく。
 それにしても、三浦しをんは仲の良い男同士を描くのが本当に好きだなあ! 私はそこにはちーとも魅かれないので、やや入りづらいのだが。脇を固める登場人物たちのキャラもグー。信頼しあっている女子高生が、動物が仲間の匂いを嗅ぐように一瞬ぎゅっと抱き合う、なんて場面は感動的だ。つまりこの人は男女間での愛情よりも、信頼関係のある友情の方をずっと信じているのではないのかな、と思う。闇を抱えつつも明るい方を目指す主人公たちに好感が持てた。

  新冨 麻衣子
  評価:★★★★★

 ひっそりとしたこの街の駅前で便利屋を営む男・多田と、高校時代の同級生である変人の行天。ウマが合うんだか合わないんだかわからないこのコンビに、なぜか街のきな臭い事件が次々と吸い寄せられてくるのだが……。
  「家族」をキーワードに、様々な事件を通して関わる人々の心の痛みを丹念に描きながら、徐々に主人公二人の心の傷に触れていく展開でぐっと来る。なのに全体を通してみればどこか軽快で読んでいてとても楽しいのは、キャラクターがすごく魅力的に描かれてるせいだろう。行天の変人ぶりやそれに引っ張り回される多田のお人好しぶりはもちろんのこと、自称”コロンビア人”娼婦のルルや、生意気小学生の由良、街の裏を仕切ってるらしい星……などなど脇役に至るまで、印象深い。
 魅力的なキャラにテンポよい文章、しっとりしたストーリー展開、という三浦しをんのいいところが、過去最高にいいかんじでミックスされた作品だと思う。これからもこんな作品を期待してます。

  細野 淳
  評価:★★★★

 東京の西のはずれにあるという、まほろ市。そこで便利屋を営む多田啓介。便利屋、というと聞こえはいいが、要するにただの雑用係といたほうが近いのかも知れない。掃除の手伝いをしたり、犬のお守りをしたり、家族に代わって入院中の老人の話し相手になったりと……。
 そんな彼の生活が、一人の男との出会いによって、大きく変わる。それが高校時代に同級生であった、行天春彦。奇抜な行動を繰り返し、何を考えているのか分からないような人物だ。高校を卒業して以来、顔をあわせることは無かった二人だが、再開したとたん、行天は多田の家に入り浸るようになり、便利屋の仕事を手伝うようになる。新たな物語が始まるには、もってこいのきっかけなのだろう。
 二人が関わることになるのは、主にまほろ市の裏の世界。麻薬の密売・ヤクザ同士の抗争・娼婦の世界などはもちろんのこと、親子の問題や男女問題まで、様々だ。行天の奇想天外な行動が、事件を思わぬ解決に導く。テンポの良さと、思いがけない人間模様が、本書の魅力。