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99999(ナインズ)
99999(ナインズ)
【新潮文庫】 
デイヴィッド・ベニオフ (著)
定価700円(税込)
ISBN-4102225226
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  久々湊 恵美
  評価:★★★

読んでいて、心が冷えてきてしまった。
それがアメリカの抱えている暗黒部なんだろうか。そしてそれはアメリカという国にとどまっていることなんだろうか。
他の国も、日本も同じものを抱えているんではないだろうか。
ということを考えてしまった短編集。
どの一遍を取っても、登場する人物達はなにか歪んでいる。欠落している。およそ人間らしさが感じられない。
でも不思議とその反面、普遍的な温かさも持ち合わせている。多分それが今現在を生きるリアルな人間、というものなのかもしれない。
感情に沿っているようで、どこか突き放した文章が関係性の恐ろしさを強調する。
『悪魔がオレホヴォにやってくる』と『幸運の排泄物』が好きだ。
どちらも、読んだあと空寒い気持ちになってしまったのだけれど、自分がその立場であったならと想像すると、それはかけ離れた感覚のようにはとても思えなかった。

  松井 ゆかり
  評価:★★★

 主人公たちがみな自分勝手あるいは排他的で少々ブルーになるものの、彼らの幸せになりたいともがきながら生きる姿にいつしか寛大な気持ちにさせられる。
 翻訳者の田口俊樹氏は解説で表題作が出色だと書かれているが、私にとって印象的だったのは「幸せの裸足の少女」や「幸運の排泄物」である。いずれも胸の中に生き続けている過ぎ去った日々に心を通わせた相手への思いを描いた作品だ。大切な人にいつか思い出の中でしか会えなくなる日がやってくる。それでも人は生きていかなければならない。諦念と、しかしそこから生まれるかすかな希望をきめ細やかに描かれていて唸らされる。30代半ばにしてこんなに切ない想いを掬いとることのできる作者は、どんなにつらい別れを経験してきたのだろうか。

  西谷 昌子
  評価:★★★★

 ひとの人生がぴんと張り詰める瞬間を切り取ったような短編集だ。走行距離が「99999」になる瞬間を楽しみにするドライバーがいて、そのドライバーの恋人はスターになるために彼を見切る。戦場で罪のない老婆を殺さねばならなくなった軍人。ライオンのような王者になりたいという夢がかなうか、かなわないかの瀬戸際にいる少年、盗んだ車で出た旅。ひきこもって狂っていく青年、女優になることで変わってしまう女、恋人の亡き父を理想化する少年、不条理な医学に直面した青年。それまでの人生をくつがえしてしまう瞬間、それからの人生を決定してしまう瞬間がここにある。どうしようもない、とりかえしのつかない出来事がその人の価値観を変えてしまう。その意味でこれは青春小説なのかもしれない。自分にもこんな瞬間がかつてあり、これからもあるのかもしれない。変わっていくことが良いのか悪いのか。そんなやるせなさを感じさせてくれる。

  島村 真理
  評価:★★★

 彼の作品は映画『25時』を観たぐらい。その時、静かでせまってくるようでいて、その鋭く切ない空気に圧倒されました。
 映画と小説とは違うものだとは思うけれど、この短編集でもベニオフの静かで鋭く心に沁み込んでくる暖かさを感じることができました。かなり好きな作品たちです。嘘と真実が表裏一体で、それなのに気がついたら涙が流れていた……そういう浄化されるような透明感がある。
 なかでも「ナインズ」、「獣化妄想」が心に残りました。
「ナインズ」は売れないバンドのヴォーカルとドラマーとスカウトの三角関係の話。ラストでくり広げる痴話ゲンカが、滑稽でいて割り切ったすがすがしさが漂うようで絶妙。サッドジョーの車の走行距離計が2回目の「99999」をまわるパーティーのアメリカ的バカさわぎの風景もステキ。
「獣化妄想」では、ふらりと街中に現れるライオン、ライオンに魅せられるぼく、美術館で警備員をやっている”ラヴァー”ブチコと不思議な世界観が魅力です。会話と結末が絶品。

  浅谷 佳秀
  評価:★★★★

 8つの短編からなる作品集。冒頭に用意された表題作からいきなり鮮烈。試合開始早々の一発でダウンを喫する。そのまま残りの作品を読み終えてしばらくの間、私はしばし腑抜けていた。パンチ・ドランカーならぬベニオフ・ドランカーとでも言うべきか。
 どの作品もシンプルで読みやすい。どの作品も似ているようで似ていない。しかし相通じる何かは確かにある。そしてそれらをうまく言葉に表すことはなかなか難しいことに思える。孤独感、寂寥感、やるせなさ、絶望感……そういったものの中に、ごくわずかに開放感、すがすがしさ、救い、といったものが混ざった感じとでもいおうか。とにかく微妙なアンビバレンスが感じられ、何ともいえない不安定な心地に誘われるのだ。
 ところで、成功作「25時」、そして本作もそうであるように、社会的弱者、あるいは敗者の目線での作品に深い味わいのあるこの作者は、現在、映画のシナリオや脚色で売れっ子になっており、「ステイ」という作品での稿料は170万ドルという破格の額だったという。昨年には有名女優と結婚した。小説家としての彼に、サクセスはこれからどう影響してゆくだろう。脳裏をちらりとスコット・フィッツジェラルドの影が横切る。

  荒木 一人
  評価:★★★★

 8作品が納められた、短編集。軽く読める割には飽きさせない。読ませる作品や、ちょっと切ない作品が盛り込まれている。有名な、“俺に残された最後の自由な時間は24時間”という台詞の「25時」を書いた。また、映画「トロイ」の脚本や、「ステイ」のシナリオなども手がけており、もはや作家からは逸脱している作家。

99999:パンクロックのドラマー、サッドジョー(悲しいジョー)と彼女のモリー・ミンクスの悲喜交々を書いた表題。
悪魔がオレホヴォにやってくる:チェチェン紛争の最中、雪山を行軍している、レクシ、ニコライ、スルコフの年若い三人の兵士。辿り着いた大きな屋敷には老婆が居た。
幸せの裸足の少女:トミーから騙し取った、キャディラック。ニュージャージーからペンシルヴェニアを目指す途中、素足の女の子を拾った。
ノーの庭:彼は前腕に火傷の痕だらけの詩人。ウェイトレスで女優の私。
幸運の排泄物:エイズに感染したゲイのカップル。飛行機に搭乗した彼は…
他三作品。

  水野 裕明
  評価:★★★

各短編がかなり変化に富んだ作品集。音楽業界の話でスターへの階段を登り始める女性ロッカーと取り残される男性ドラマーを描いた「99999」、チェチェン紛争の若年兵を主人公にした「悪魔がオレホヴォにやってくる」、引きこもり青年の「獣化妄想」、事故に遭った青年の思い出の中の少女を描いた「幸せの裸足の少女」、筒井康隆の実験小説みたいな「分・解」と登場人物もシチュエーションも振幅が大きすぎて、アメリカ文学といえばニューヨーカーの短編集とかピート・ハミルぐらいしか読んでいなかったので、ちょっとついていけないと感じてしまった。が、その後の「ノーの庭」や「ネヴァーシンク貯水池」、「幸運の排泄物」という3作はシティライフの哀歓というか、都会人の切なさがヴィヴィッドに描かれていて読みやすく、好感。後の作品から読んでいくのが意外と読みやすいかも……。