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制服捜査
「制服捜査」
【新潮社】
佐々木譲(著)
定価1680円(税込)
2006年3月
ISBN-4104555045
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清水 裕美子
  評価:★★★★

 「これが本物の警察小説だ!」本の帯に踊る文字。今月は警察小説が2冊。そう、この本は日本の小さな農村を舞台にした警察小説なのだ。
 駐在所の巡査部長・川久保は刑事課の捜査員だった。警察内の不祥事のあおりの玉突き人事により小さな農村の駐在所へ家族を伴わず単身赴任中。犯罪の記録がほとんど無いこの町では、防犯協会の自警の目が光り、平和な毎日が町民の手で守られているように見える。土地勘がない、町の人や歴史を知らない、そんな「よそ者」である川久保にはもう一つの制約がのしかかる。それは事件捜査の経験は積んでいても、警察の制服に身を包み、捜査には加われない身なのだ。事件の萌芽に派遣された捜査員と異なる見立てをし、うとましがられてしまう。
 全体に重い雰囲気が漂うが、夢中にさせる力が溢れている。川久保は、時に我が拳を振り上げ、時に怒りに身を任せる。それは「正しい手続き」に反した行為であったりする。スパッと解決はしない、救いも無い、だが制服をまとった川久保の捜査が土地に根付いた事件が浮き上がらせるきっかけになる恐ろしさ。
 読後感:ああ! ハラハラしながら一気に読了

  島田 美里
  評価:★★★★

 主人公をヒーロー扱いしない警察小説だが、その地味さがよかった。
 札幌で刑事課の捜査員として活躍した川久保は、大規模な組織改革によって、ある農村の駐在所勤務を命じられる。田舎だから平和なのかと思ったら、川久保が遭遇するのは、殺人事件や連続放火事件といった凶悪な事件。その上、住民には隠蔽体質があり、一筋縄ではいかない。地元で幅を利かせているオッサン連中が、いろんなしがらみを理由に、再犯の恐れのある男を見逃したり、すっかり更正している男を追い出したりと、とんでもないのだ。「このわからずや!」と、きっと読者は思うが、川久保はキレない。その忍耐力がまた渋い。
 そんな彼の懐の深さは、「割れガラス」によく表れている。扶養義務を放棄しているような親から離れたいと思っている少年と、そんな少年をかばう、前科者だがまじめな大工の男を守ろうとする心遣いが、何ともニクい。
 1人の警官が、閉塞した田舎町に少しずつ風穴を開けていくこの連作短編を読んでいると、小さな町工場の名職人のドキュメンタリーを見ている気分になってくる。よっ、これぞいぶし銀。

  松本 かおり
  評価:★★★★

 北海道の広尾警察署志茂別町駐在所に単身赴任した川久保篤巡査部長、地味ながらやり手。全5編、どの結末も痛烈な皮肉に満ち、冷たい凄みが漂っている。事件解決の爽快感とは程遠く、どうかすると暗澹たる気分にもなる。しかし、だ。その苦く渋い読み味こそ本書の特徴であり魅力と思う。腹にずしり、とくる感じがたまらない。
 人口6千人ほどのひなびた農村。その長閑さの裏に隠された闇に踏み込んでいく川久保。町の有力者連中の有形無形の圧力、田舎町特有の閉鎖性と長年のしがらみにまみれた人間関係は、時に捜査方針を誤らせ、事実を歪めるほどの力をふるう。そんななかで、地域密着が身上の「駐在さん」が、町のお寒い実態と犯罪との関連をあぶり出す過程が読みどころ。田舎ではささいな噂も立派な情報。「地獄耳」住民・片桐が、実にいいタイミングで登場する。どこの田舎でも実際に起きていそうなことばかりで、ゾクゾクだ。

  佐久間 素子
  評価:★★★

 北海道警察本部始まって以来の不祥事による無理な大異動の割をくって、十五年勤めた刑事課から、犯罪発生率の低い小さな町の駐在所へ異動となった川久保。この連作短編では、捜査のできない制服警官として、彼が立ち会う5つの事件がえがかれる。町のおまわりさんという、のどかなイメージはかけらも感じられない、ハードでビターな一冊だ。組織に属して、忠実にその職務を果たしながらも、川久保は、正しく一匹狼。強い倫理感が、誇り高い彼の行動原理であるが、それは、危うさと表裏一体なのだ。清濁あわせのまざるを得ない状況への苛立ちが、こらえきれず噴出する瞬間、彼の心が抱える冷たさがほのみえる。隠しても隠しきれない、保守的な町の醜い荒廃。そして、すまじきものは宮仕え。自分に酔っているかのような俺俺ハードボイルドとは、悲哀の質が違ってあたりまえか。ハードボイルドを読みつけない私には、会話文のそっけなさが気になったりもするのだが、抑えた筆致が、この主人公、この話にふさわしい。