年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班
あなたに不利な証拠として
「あなたに不利な証拠として」
【早川書房】
ローリー・リン・ドラモンド(著)
定価1365円(税込)
2006年2月
ISBN-4150017832
商品を購入するボタン
 >> Amazon.co.jp
 >> 本やタウン

清水 裕美子
  評価:★★★★★

 最高です。「心が震えた」池上冬樹氏絶賛の通り、この本を手に呆然と涙を流している自分に気づいた。ここは電車の中なのに! 
 軽妙なミステリのようなタイトルだが、ここにあるのはアメリカの女性警官のリアルな現実。彼女達が踏み込む事件現場には銃を持つ容疑者と腐敗した死体がある、「ぐちゃぐちゃ」な人体がどういうものなのか、容疑者を撃つとはどういう経験なのか、事件現場の匂い、音、気配、記憶。濃密な描写に撃ち抜かれて、ずっしりと重い体感が得られる。5人の女性警官が登場する物語には全てに生身の彼女達の感性がむき出しになる。淡々と日々を過ごす、生きることを恐れない強さに本当に心が震える。回想、噂話、時にスピリチュアルな展開を見せるストーリーに訳者の力も大きいと思う。
 読後感:五感を研ぎ澄ませた高村薫のよう

  島田 美里
  評価:★★★

 訳者のあとがきによると、著者はバトンルージュ市警の警官だったそうだ。殺人現場の描写が、モザイクなしの映像みたいにむごいのは、そのせいなんだろうか。
 この短編集は、警察の物語じゃなくて、5人の女性警官たちの物語である。彼女たちは、警官である夫を強盗犯の少年に殺されていたり、乱暴で評判の悪い警官だった父親の影に縛られていたりと、皆、深い傷を負っている。かといって、その傷をバネにして強く生きましょうなんてきれいごとは言わない。人格的に歪んだ部分もあれば、間違った判断をすることもある。そんな彼女たちの生々しい生態が、この作品のセールスポイントだ。
「傷痕」では、殺人未遂とだと訴えているのに、自作自演の自殺未遂だと断定された被害者の女性と、警官を志しているキャシーとの会話がとても人間臭くていい。まちがい探しをするみたいに、セリフとセリフの間に真実を探しつつほくそ笑んでしまった。
 ストーリー展開を楽しむ話ではないけれど、女性警官の意外な私生活や、リアルな現場のシーンを嫌というほど味わったので、もうお腹いっぱいです。

  松本 かおり
  評価:★★★

 どんな警官が、どんな事件で何をしてみせてくれるのかと思ったら、収録10編の中心は、犯罪解決や犯人逮捕よりも、警官という仕事を選んだ女性たち自身のありよう。それはそれでひとつの切り口とはいえ、彼女たちは誰もがどこか鬱々としており、読むうちにこちらの気分も暗〜く沈む。屈折した内面をこれでもか!と読ませ、それが「生身の人間としての警官」だというのは、「恐怖や不安は語るべからずという漠たる不文律がある」「警官は弱くないことになっている」ことへの反論としても、偏りすぎにみえる。
 警官が心身ともに激務をこなしているのは理解できる。数々の悲惨な現場状況を読めば、<やりがい>なんて言葉も軽薄に思えるほどだ。それでも少しは、明るい要素があってもいいではないか。結果的に退職したひともいるにせよ、私生活も犠牲にして昼夜問わず命を賭して任務遂行しているのに、誇りも楽しみも感じられないとしたら残念なことである。

  佐久間 素子
  評価:★★★★★

 五人の女性警察官をそれぞれ主人公とした短篇集でありながら、警察小説という言葉でくくりきれない一冊。ハードな事件も扱われているし、その現場は気分が悪くなるほど生々しい描写でえがかれているのだが、ミステリ的な要素はむしろ薄い気がする。焦点が当てられているのは、事件ではなく、彼女たちの人生。アメリカという違う文化で暮らしていても、警察官という特殊な職業についていても、彼女たちは、私のきわめて近くにいて、それは決して別世界の話ではない。
 例えば、三つの短編から構成されるキャサリン。犯人を殺してしまう『完全』と、警察官としての晩年がえがかれる『キャサリンへの挽歌』。二編の間に挿入される小品、『味、感触、視覚、音、匂い』では、警察官のスキルとしての五感と、記憶の中にある子ども時代の五感が交互にえがかれる。二十ページたらずの短い短編だが、これがあるから先の二編が生きてくる。繊細な少女が、優秀な警察官に成長することに、矛盾はないのだ。どこで何がゆがんだのだろうと思いがめぐり、はかないきもちで胸がつまる。

  延命 ゆり子
  評価:★★★★

 責任感や使命感を抱え、日々奮闘する女性警察官たち。これは非常に優秀な女性警察官の日常の姿を丹念に追った短編集だ。彼女達は、死体や銃や悪党の中で懸命に仕事をするプロ。それなのに……この小説を覆っているのは暗く、圧倒的な孤独の影だ。
 彼女達の仕事の日常は、信じられないほど過酷だ。陰鬱な事件、悲惨なレイプ現場、何日かかっても取れない生々しい死臭。膣に突っ込まれたテニスラケット、自分が撃った犯人からゴボゴボと血が流れているさま、ナイフが刺さったままで犯されるその光景。その残虐な事件と隣り合わせの日常が、彼女達を少しずつ狂わせてゆく。何かを少しずつ奪っていく。静かに歪みはじめる女性警察官たち。それは決して彼女達のせいなんかじゃないのに。不気味な社会の闇を一心に引き受けてくれているような気がして、本当にいたたまれなくて泣きたくなる。淡々と描かれているだけに余計に。
 これは確かにフィクションである。だが身を削りながらこうした仕事をしている人が要るのは事実だ。衿をスッと正すような真摯な気持ちになった。

  新冨 麻衣子
  評価:★★★★

 主人公は警察官、ミランダ警告からとったタイトル……ストレートなミステリだと疑いもしなかったのだが、違うんですねこれが。全然、違うんです。
 やむを得ない状況で被疑者を射殺し伝説の警官と呼ばれるキャサリン。ある交通事故を機に警察を辞めたリズ。同じく警官であった父親の亡霊に苦しむモナ。警察に入る前に関わった印象深い事件と数年後に皮肉なかたちで再会するキャシー。繰り返し起こるレイプ事件、家庭内暴力……すべてに疲れ、傷ついたサラ。
 著者は実際に警察官だったらしく、その仕事の苛酷さが、どこまでも生々しく克明に描かれる。死臭の凄まじさ、あまりにも近い<死>の恐怖。警察官の仕事を、こんなふうに真っ正面から描いた小説ははじめて読んだ。現場の人間だからこそ感じる、強い怒りや絶望。その視点はあまりにも私たちに近いから、読みながら登場人物たちと一緒に、胸が苦しくなったり絶望したりするのだ。

  細野 淳
  評価:★★★★

 五人の女性警察官が主人公である短編集。作者も、実際に女性警察官として働いていたことがあるというのだから、実体験に基づいて書かれているところも多々あるのだろう。
 本書でも何箇所かで触れられていたりするが、アメリカでもまだ、女性警察官というのは、男性と比べると数が少ない存在であるらしい。そのため、彼女らは男社会に生きる、逞しい女のような見方も、世間的には多分未だに残っているのだろう。その意味では、マイナーな立場にいる人間たちにスポットライトを当てた物語という見方も出来るのかも知れない。
 もちろん、そんな立場にいる女性警察官だからこそ、特に敏感に感じられるようなこともあるには違いない。でも、そのようなことを抜きにしても、読者に与えるインパクトが大きい小説だ。銃で人を殺してしまったとき、悲惨な死体現場を見てしまったときなどに、警察官として、女性として、それ以前に人間として、どのような感情を抱くのか。色々と考えさせられる。