WEB本の雑誌今月の新刊採点>勝手に目利き




2007年5月

このページは新刊採点員たちが、課題図書
とは別に勝手に読んだ本の書評をご紹介します。


磯部智子

神田 宏の 【勝手に目利き】

言葉と在るものの声 『言葉と在るものの声』
前田 英樹 (著)/青土社
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 ソシュール言語学が示す言語の構造がまるでアプリオリのように私たちの前に立ちはだかるとき、主体は溶解しカオスの混沌へと後退して行くかのような畏怖にも似た子供じみた恐怖を覚えるのだが、そういった畏怖を払拭するかのような、ソシュールがいみじくも予言し、実行されなかったもっと動的な、生成してゆく、いわばパロールの言語学の構築といったものが試みられても良いのではないかという疑念に著者は早くから取り組み『沈黙するソシュール』に拠ってその思想のパースペクティブを拡げた。その著者の最新論。ベルクソンの「収縮」と「弛緩」といった概念やパースの記号論の支援をえて、それはもっと動的な、躍動感溢れる生命に満ち満ちた新しい思想の萌芽を宿すのだ。空海の『声字辞実相儀』へも触手を伸ばすそれは、中沢新一の『マトリックスの論理学』の華厳経への接近と似ている。その、思想は量子力学や分子生物学、心理学を巻き込んでうねりとなって押し寄せている(そのことは感じる)。しかしながら、それを語る言葉はあまりに少ない。本書はそれを語った現代思想のフロントに立っているといえる一冊だ。


磯部智子

磯部智子の 【勝手に目利き】

神を見た犬 『神を見た犬』
ブッツァーティ (著)/ 光文社
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 以前紹介させて頂いた『猫とともに去りぬ』と同じ古典新訳文庫で、これまた初めて読む作家だが、世界には未だこんな面白いものがあるのだと改めて感心する。形あるもの、物造りに特異な才能を発揮するイタリア人が描く物語世界は、陽気で洗練されたユーモアと思いがけない奇抜なスタイルで構築されているが、内包する問題は根深くじわじわと心が侵食されていく。先ずは『天地創造』でつかまれる。天使たちが全能の神に「生命」のデザインを提案する情景の賑やかしいこと、十の頭を持つ竜は却下され、「最低の趣味」だと言われながらもラクダは審査に合格し、大喝采と共にクジラは承認される。そして最後に「楽観的な発想も必要」だと考えた神が賭けに出る「宿命の設計図」に描かれた動物とは……二人の聖人が賭けをする(!)『風船』や、一匹の犬へのいわれのない恐怖が村人たちを縛る表題作『神を見た犬』。怖い作品はとことん怖く『七階』は心底怖い、2回読んだが2回とも怖かった。この幻想世界では価値観は決して平坦なものではなく、物事を隔てる絶対的な境界線など曖昧なのだと知っている人ほどきっと怖さが身にしみる粒ぞろいの作品集。


通訳/インタープリター 『通訳/インタープリター』
スキ・キム (著)/ 集英社
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 本屋で偶然見つけて強く興味をひかれた。その後すぐこの若い韓国系アメリカ人女性のデビュー作はあちこちで話題になっていることを知った。文章にはひりつくような緊張感があり、作家と重なる主人公スージーは幼い時にアメリカに移住した「1.5世」で、職業を転々としながら現在は通訳をし、両親が何者かに銃殺されたこと、姉とは絶縁状態であることなどが解ってくる。異文化の中での孤立感や、母国に心を残しながら厳しい仕事に従事する両親との軋轢などが抑えた筆致で描き出され、主人公の立場と渇望する思いを伝えるが、更に従来の移民文学からはみ出した展開を見せていく。通訳とは目立たない「黒子」でありながら「表面上の意味と言外の意味を分離する」ことが出来る才能であり、その仕事を通じて英語が喋れなかった両親の死の真相に近づいていくことになる。謎を追うことが移民国家アメリカとそこにあるコリアン社会を炙り出していく過程はスリリングであると同時に、弱い者が向ける矛先には常により弱い者がいることを改めて思い知り切ない思いが強く残った。


磯部智子

林あゆ美の 【勝手に目利き】

おいしいハンバーガーのこわい話 『おいしいハンバーガーのこわい話』
エリック シュローサー (著)/ 草思社
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 本書は『ファストフードが世界を食いつくす』というタイトルで刊行されたものをティーンエイジ向けに書き直し、新たな内容をもりこんだもの。
 表紙のハンバーガーがちょっと怖いおばけに見えてきたのは読了後。食の警鐘があちこちでされている昨今、本書は特にファストフードがもたらすものについて、わかりやすく教えてくれる。でもって、確かに怖い。ハンバーガーやコーラは確かに手軽なのだ。そして、まずくない、高くもない。子どもにはうれしいおまけまである。添加物のパンチある味はどうしたって遠ざけるのが難しい。ハンバーガーやチキンナゲットを口にいれる時に、これらがどこからきたのか、あらためて考えさせられた。血となり肉となるその食べ物がどうやって目の前にあるのか。ちなみに食べ物ばかりでなく、おまけのルーツも紹介され、そちらもあらためて知らされると痛い内容だ。
 メリハリのある装丁は子どもにも手に取りやすい。内容はこわいけれど、読んで知るのは大事だと思える一冊。


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