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俄かには信じがたいことなのだが、現代のアメリカにおいてダーウィンの進化論をかたくなに拒否する「インテリジェント・デザイン」なる人々がいるそうである。これまた、不思議なことだがイスラム原理主義を批判するアメリカの保守層の人々が、キリスト教ファンダメンタリストと疑わせるような言動をしているのである。かのジョージ・ブッシュがその代表格である。そして新聞の国際面には宗教がらみの狂気が踊っている。こんな、現代に生物学者のドーキンスが痛烈に批判の論陣を張る。存在論、心理学、生物学、数学、物理学、ドーキンスの博学はさまざまな知の体系を使って宗教への眩惑を暴き立てる。時に扇動的に過ぎる嫌いがあるのだが、彼の脳裏に在るのは、進化の果ての現在の生物多様性への畏怖であり、妄信的に宗教を信奉することによる、知の隠匿からそれを救い出すことへの情熱的な渇望なのである。第9章から10章の巻末に向けてドーキンスは文化的多様性を容認する相対主義への批判を込めて、量子力学の多宇宙的解釈やフーコーやデリダなどのいわゆるポスト構造主義的論調も揶揄している(この点については違和感を感じるが)のだが、証拠が科学的に立証できないと言う点ではドーキンスの立場は一貫している。
世界的な規模で起こっている宗教への回帰ともいうべきファナティックな現状を見るにつけ信じる、信じないを超えて問題のありかを示唆する極めてプラグマティズムに溢れる本であることは間違いない。
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