WEB本の雑誌今月の新刊採点>勝手に目利き




2007年7月

このページは新刊採点員たちが、課題図書
とは別に勝手に読んだ本の書評をご紹介します。


磯部智子

神田 宏の 【勝手に目利き】

神は妄想である 『神は妄想である』
リチャード・ドーキンス (著)/早川書房
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 俄かには信じがたいことなのだが、現代のアメリカにおいてダーウィンの進化論をかたくなに拒否する「インテリジェント・デザイン」なる人々がいるそうである。これまた、不思議なことだがイスラム原理主義を批判するアメリカの保守層の人々が、キリスト教ファンダメンタリストと疑わせるような言動をしているのである。かのジョージ・ブッシュがその代表格である。そして新聞の国際面には宗教がらみの狂気が踊っている。こんな、現代に生物学者のドーキンスが痛烈に批判の論陣を張る。存在論、心理学、生物学、数学、物理学、ドーキンスの博学はさまざまな知の体系を使って宗教への眩惑を暴き立てる。時に扇動的に過ぎる嫌いがあるのだが、彼の脳裏に在るのは、進化の果ての現在の生物多様性への畏怖であり、妄信的に宗教を信奉することによる、知の隠匿からそれを救い出すことへの情熱的な渇望なのである。第9章から10章の巻末に向けてドーキンスは文化的多様性を容認する相対主義への批判を込めて、量子力学の多宇宙的解釈やフーコーやデリダなどのいわゆるポスト構造主義的論調も揶揄している(この点については違和感を感じるが)のだが、証拠が科学的に立証できないと言う点ではドーキンスの立場は一貫している。
 世界的な規模で起こっている宗教への回帰ともいうべきファナティックな現状を見るにつけ信じる、信じないを超えて問題のありかを示唆する極めてプラグマティズムに溢れる本であることは間違いない。


磯部智子

磯部智子の 【勝手に目利き】

狐になった奥様 『狐になった奥様』
ガーネット (著)/ 岩波書店
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 ある日、23歳の「人並みすぐれた美貌で、感じのいい女性」が、夫と散歩している途中「瞬時に狐に変身」してしまった。「燃えるような赤毛の小さな狐」になった妻は、次第に野生化していくが、夫は「妻」を愛することがやめられない。読みながらくすくす笑い続けた。もちろん当事者である夫にとっては笑い事ではない。使用人は全て解雇し、狐の匂いにいきり立つ犬たちを銃殺する。「妻」との生活を守る為、全てを犠牲にするのだ。妻もまた当初「裸」でいることを嫌い、人間であった頃の化粧着を身につけ、上品にソーサーからお茶を飲んだり、「四つんばいで駆けまわるような、はしたない真似」は決してしなかったのだが、そのうち「けだもの」のように振る舞いはじめ、「かれの女狐」と化し(と書いていても笑えるのだが)、歯をむき出そうが、死んだふりをして欺こうが、その獣の中に妻をみてしまう。が、ついに……かくも男と女は違う生き物なのかということと、そんな相互理解不可能な者同士が夫婦になることの難しさ、そして愛そのものが滑稽味あふれるものだということを鮮明に描き、これほど気持ちよく痛点を直撃する小説はそうそうない。


灯台 『灯台』
P.D.ジェイムズ (著)/ 早川書房
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 2005年、作家85歳で発行された最新作。ずっと書き続けて欲しいし、翻訳され続けて欲しい。解説に前作の『殺人展示室』(82歳時)あたりから「筆致は最盛期に比べて遜色ない」が「構成がシンプルになってきた」とある。そうだ、それで読み易くなったという感想が巷にあったのか、と合点がいく。何れにせよ、語り口はPDJのまま、冷やりとした感触で、人間の見せたい部分と隠したい部分が、殺人事件を機に、反転していく様をじっくりと描いていく。今回は高級保養所である孤島で世界的作家が殺害される。アダム・ダルグリッシュ警視長は、人々が真実や嘘を答えたり、勝手に話し出すことに「ステレオタイプな見方を常に警戒」しながら静かに耳を傾け、読み手の目となり耳となる。この被害者が作家という設定の為か、ヘンリー・ジェイムズを引用して、小説の目的が「人間の心を知る手助け」であることや、作家の年齢の問題「老いて才能が衰える」のを心配する様子などを作中人物に語らせるのも興味深い。また人物描写の変らぬ痛烈さや、二人の部下の間にある階級差とその意識の綱引きなどを落とすことなく、本作ではミステリに徹し、読後残る苦味は今までより少なく、解説通りPDJ入門の書として最適かもしれないと思った。


磯部智子

林あゆ美の 【勝手に目利き】

ファイヤーガール 『ファイヤーガール』
トニー・アボット (著)/ 白水社
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 焼けこげた紙人形が印象的な真っ赤な表紙。ファイヤーガールのファイヤーは「火」だ。新学期に、転校生がやってきた。名前はジェシカ・フィーニー。彼女の容姿はクラスを沈黙させ……。
 火事で全身におおきなやけどを負ったジェシカは、治療のため病院の転院をくりかえし、ひとつの学校に長くいることはなかった。今回の転校でもどのくらいいるのかはわからない。トムはジェシカがクラスに姿を見せた時、のどがカラカラになり声も出なかった。いままで会ったこともない姿を見てショックを受けたのだ。そこからトムの葛藤がはじまる。結局ジェシカは数週間しかその学校にはいなかった。決して長くないその時間を、トムがふりかえる形で物語が語られていく。ジェシカにとっては快適とはいえないだろう描写が続くのだが、ラスト近くでトムとの会話は別の視点を、読み手の私にもたらした。クラスの友だちに疎まれることよりも、ひとまわり大きな立ち位置がみえた時、いい大人になった私がおおいに励まされた。



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