日本人が網棚に置き忘れたバッグを盗らない理由~『「空気」と「世間」』

「空気」と「世間」 (講談社現代新書)
『「空気」と「世間」 (講談社現代新書)』
鴻上尚史
講談社
777円(税込)
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 目に見えない「空気」と「世間」の正体とは、どういうものなのでしょう。

 NHKのBSで放送されている『COOL JAPAN』は、来日して間もない一般外国人をゲストに迎え、日本の様々な物事について、COOL(かっこいい)かどうかを話すバラエティー番組。

 あるフランス人出演者は、電車にバッグを忘れたにもかかわらず、網棚にそのまま残っていたことにとても驚いたという。ヨーロッパならすぐに盗まれてしまうことから、日本人のマナーの良さに衝撃を受けたそうだ。しかし、その数週間後には、電車の優先座席の前に立っている杖をついたお年寄りに席をゆずらない日本人に腹が立ったという。日本は本当にマナーがいいのか、そのフランス人は戸惑っていました。
 
 この番組の司会をつとめる鴻上尚史氏は、「網棚に残ったバッグも、席を譲らない日本人も同じ理由から生まれているのではないか」と考えました。

 たとえば、電車のなかでおばさんの団体と遭遇すると、そのなかで一番元気のいいおばさんが、真っ先に車内に飛び込み、人数分の席を確保するといったシーンを見ます。席をとったおばさんは、他の乗客が近くに来ても、当然のように無視して自分の仲間を待つでしょう。日本人だからこそ、なんとなくおばさんの心情がわかるかもしれませんが、おばさんは決してマナーが悪いわけではないのです。それどころか、仲間思いの親切な人なのです。
 
 おばさんは、無意識に自分の関係のある世界と関係のない世界を分けているのです。自分に関係のある世界は「世間」とし、自分に関係ない世界は「社会」とすると、おばさんは「世間」に関心があっても「社会」には関心がない。

 そうすると、網棚に残されたバッグと、優先座席で席を立たない日本人は同じ原理で動いていることがわかります。ほとんどの日本人にとって、網棚に残されたバッグは、自分とは関係のない「社会」であり、目の前に立っている杖をついた老女もまた、関係のない「社会」なのです。これが時として「盗みのない奇跡のモラル」になり、「足の悪い人を立たせている最悪のマナー」になるのでしょう。

 「世間」と「社会」という視点で見ると、この国のカタチが面白いようにわかります。

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