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第7回:川上 弘美さん (かわかみ・ひろみ)

川上弘美

大人気の「作家の読書道」第7回目に登場するのは、今年「センセイの鞄」で谷崎潤一郎賞を受賞された川上弘美さん。編集部は、三鷹を訪ね、「うんうん」と頷き、澄んだ文章そのままのたおやかな言葉で話される川上さんのお話に耳を傾けました。

(プロフィール)
1958年東京都生まれ。中高一貫の女子校から、お茶ノ水大学理学部生物学科へ。卒論のテーマは「ウニの生殖」。その後、田園調布雙葉中学校に勤務。結婚、旦那さまの転勤とともに専業主婦に。
94年、デビュー作「神様」で第1回パスカル短編文学新人賞受賞。96年に「蛇を踏む」で第115回芥川賞を受賞。99年には、同「神様」でBunkamuraドゥマゴ文学賞、紫式部文学賞を受賞、また「溺レる」で伊藤整文学賞、女流文学賞受賞。01年には、「センセイの鞄」で第37回谷崎潤一郎賞受賞。

【立ち寄る本屋】

―― 本屋さんへはどれくらいの頻度で行かれますか?

川上 : 街に出た時は必ず、よりますね。おかず買いにとか、買い物には毎日でますけど。三鷹とか、吉祥寺などには2日に一度ぐらい。三鷹なら駅ビルの中の本屋。吉祥寺なら、パルコブックセンター、弘栄堂、ルーエなど。ここらへんは1週間に一度は覗きます。
吉祥寺近辺には古本屋さんも多くて。三鷹にもマンガの古本屋さんがあるし、西荻にも不思議なお店もあるし。吉祥寺ではブックステーションって大きい中古本屋さんや、三角堂とか、サンロードの中の2軒とか、サンロード抜けた所の五日市道路沿いのお店と。前を通れば、本屋の前の台もチェックします。

―― それは何かを探して?

川上 : 本屋さんの前に通ると、ふらふら入っちゃうんです(笑)。探しに行くと言うより、行くと安らぐというか。心の安らぎどころ。
飲んだときとかがいいんですよね。飲んだ後にフラフラと入って、いらない本も買っちゃったりして。基本的に何でも買いますよ。ジャンル分けもしないですし。
本好きの人は何でも読むんじゃないかな? 差別しないところがいいんじゃないかな。うんうん。差別しないで読みたいじゃないですか。

―― 好きな本屋さんのタイプは?

川上 : 自分が生まれた高井戸の実家の近くにあった本屋さんが一番好きだったなあ。20数年前に本の雑誌もおいてありましたよ。一番、売れているものだけじゃなくて、店長さんや店員さんなりが、この傾向の本は入れましょうってかなり選んでおいてあったんですよ。

ABCとかありますけど、素敵すぎて。もうちょっと下世話なカンジも欲しい(笑)。今一番好きな本屋は……。本屋さんの人柄がでているのが見えるのが好きというか。だから古本屋さんは好きなのかも。小さい個人でされているような、店主が一人で座っているような所が好きなんですね。

【本のお話】

―― 本の情報源は?

川上 : 本屋に行って、本の表紙や背表紙を見て買う。それじゃないとイヤ、かな。どうしても欲しい本があって手に入らないから、インターネットで買うってことはありますけど。それもほとんどしませんね。好きな本を手帳に書き留めておいても、忘れちゃうんですよ。本屋に行く時に手帳を持っていかなかったり。本屋にいったときに「あ、コレっ」て思って買うかな。本との出会いって、人と人との出会いのようなものだと思うんですよ。思ってもみなかった本を買ってみたりもするし。

同性の友達でも恋人でもいいんだけど、小さい頃はわからなくても、歳とって、ちょっと経験積んでくると、「あ、この人はこういうカンジかな」って見当がつくようになるじゃないですか。それと同じで、ずっと本読んでいると、装丁のカンジとか、パっと開いた時の言葉遣いとか、帯のカンジとか、大体、「この本は合う、合わない」っていうのがわかるようになるんですよ。表紙を見て、帯を見て、パラパラって読んでみるとわかるような気がするんですよね。全然違うこともありますけど、それはそれで楽しいし。

「将太の寿司」の16巻めがどうしてもなくて、そのときは相当探したんですけど(笑)。まとめて売っているのを買えば良かったんですけど、バラバラで集め始めちゃったもんだから。しまった〜と思って。「将太の寿司」の全国大会編じゃないヤツの最終巻も未だ手に入ってなくて、、。ヤフーオークションとかで買おうと思えば、買えるんでしょうけど、それもイヤなんですね。

本屋をめぐって、出会ったら買うかな。少年マガジンの「特攻(ぶっこみ)の拓」も、旅先で読み始めたら面白くて止められなくなって買ったんですけど。それも20何巻までしかなくて、マンガ喫茶で読んだんですが、手元に欲しいでしょ。でも、最後の3巻がどうしてもなくて、2,3年かけて探しているんですけどね(笑)

―― 月にどれくらい買われますか? 最近買った本、印象に残った本は?

川上 : 月に20〜30冊ぐらいかな。新刊は送ってきてくださったりするので大分減りました。割合で言うと、小説2、その他が1ってカンジだと思います。

最近印象に残ったのは、松山巌さんの「路上の症候群」「手の孤独、手の力」。1980年代から今までの、世の中で起こったことに関する短文を集めたものなんですけど。単に事実が書いてあるだけじゃなくて、連続放火があったら、そこを全部歩いてみて書いてあったり。並べてみると、今がどういう時代なのか、ちょっと見えるんですね。また、同じ作者の20数年間の仕事って変わるし、その変化の面白さもありましたね。

後は、南新坊さんの「李白の月」。ものの面白がり方が、南さんらしくて好きなんです。昔の中国の不思議な話を漫画化したり、漫画化した過程の話をエッセイが一緒に並んでいて。柔軟なカンジで、どんなものを拾ってきて、どういうふうに楽しんで、っていうことを書かれていて……。その自由自在で、すごく良かった。

それと、平出隆さんの「葉書でドナルド・エヴァンスに」という切手の話。きれいで、澄んだカンジがあったな。いい意味で繊細なものを読んだなって。

そうそう、引越しして古いマンガがでてきたんですよ。坂田靖子の「バジル博士の優雅な生活」全巻、読み返したんですけど、やっぱり面白かったですね。20何年前の話でも、全然古くない。引越しして、6畳一部屋全部使って本を納めたので、嬉しいんです。本棚が小さいのも入れると15ぐらいあるんですけど、マンガはその中の2本〜3本分あります。坂田靖子、内田春菊、岡崎京子、さそうあきら、松本大洋、高野文子、大島弓子とか。

―― いつ読書をされるんですか?

川上 : 書く前に何か読みたいと思うことは多いですね。でも、小説は引きづられちゃったりするし、新聞も事実が強すぎてしまうし、マンガを読むことは結構ありますね。
書評の本だけでも、5冊以上だから10冊以上は読むでしょう。

書くより読むほうが好きなんで、大抵ヒマな時は読んでいます。朝起きて読んで、仕事に飽きたら読んで、仕事場から帰って子供がいても読むでしょ? とりとめもなくいつも読んでいるカンジかな? 仕事と、家事と子育てと、酒飲んでいる以外は読んでいるカンジかな? 一人で酒飲んでいるときも読んでますね(笑)

せっかちなんで、テレビダメなんですよ。本だと自分のペースで読めるでしょ。テレビのスピードに合わすのがイヤというか。
私は、新しい本ばかりじゃなくて、好きな本を繰り返し読むほう。それも好きなところを拾い読みしたりしますね。コタツや布団とかに寝そべりながら好きな本を読むのが一番好きかな?

【いろいろな話】

―― 好きな作家は?

川上 : 難しいなあ。内田百閨A色川武大、深沢七郎、藤枝静男。いっぱいいるような気がするんだけど、、。生きている人だと、河野多恵子、久世光彦とか、江國香織、山田詠美、田辺聖子、女の人が多いですね、生きている人では。大事な人を忘れている気がするんだけどなあ。

―― 読み出したのは小さい頃から?

川上 : 小学校3年生のときに、一学期休む病気をしまして、その時に読み始めたんですね。それまでは本が面倒くさくて読まなかった。ずっと寝たきりだったので、家にあった児童文学全集を。それのロビンソンクルーソーを読んだら面白くって。最初は、母に読んでもらったんですけど。次は自分で読んで。食べ物がたくさんでてきて、おいしそうで、それに相当ひかれました。

それから、「子供だけの町」っていうのも好きでした。子供たちがあまりにいたずらなんで、大人たちがこらしめのために、何時間か街を去ってしまう。それが3日、4日大人が全然いなくなることになってしまって、発電所も動かず、火もなくて、みんなで協力してごはんを作るっていう話。

―― 食べ物の話はお好きなんですか?

川上 : 食べ物の話は意識して書こうと思ってます。自分が食べ物がでてくる小説読むのが好きなんで、人間は食べ物がでてくる小説が好きなんだろうって思っているんですね。
一番好きな食べ物はなんだろう? 一番と言ってしまうと可愛そうだから、食べ物が。割と何でも好き。でも、「最後の食事は何にする?」という話になれば、お寿司かなあ。
そうそう。小学生のときに、「好きなおやつは?」というアンケートを先生がとったんですよ。みんな、かりんとうとか、ケーキとか書いているのに、私一人「うめぼし」って書いていて。あの時のバカにされ方はよく覚えています。

―― どうやって川上ワールドは作られているのですか? これからは何を書かれていかれますか?

川上 : 何すれば書けるのか、わかればいんですけど。沸いてくるのを待つ。机に向かって、寝そべったりして考えて、普通の光景の中で考えます。自転車に乗っている時とか不思議と歩いているときより集中できますね。周りの風景が流れて行っちゃうからですかね。
今後も、やっぱり人間を書きたいかな? わからないんでね、人間は。わからないから書いてみたいなって思いますね。今、小説新潮で書いているシリーズでは不実な男を書いています。不実な人間を書くのは初めての試みです。

【自慢の本たち】

―― 自慢の本を教えてください。

中勘助・内田百闖W

「よく持ち出しました」

「中勘助・内田百闖W」

現代日本文学全集 75 (筑摩書房)

父の本なんです。全集の中の、これだけはもらったんです。この全集と岩波の漱石の全集の初版があって、よく持ち出しては「持っていっただろう」って怒られていて。結婚するときも勝手に持っていってしまって、後で咎められて一度返したんですけど。でも、小説を書き始めたら、ようやく「やる」と。


「ふたば」

ふたば

「大事にとってあります」

中学と高校が同じ学校だったんですけど、そこの文集なんです。学校の先生が中一から高三までの作文のその年のいいものを選んで乗せるんですけど。今、読んでも上手なの。
これに載るのに憧れていたんですけど、一度も載ることがなくて。色んなタイプの文章が載っている。表紙は美術の先生が描かれたものです。後ろのほうには英作文や気象観測文なんかも載っています。30年前の高校生ってこんなこと書いていたんですね。 
載らなかっただけに、大事にとってあって、私は文章は書けないなあってずっと思っていて。本当に上手な人が学年に一人や二人はいて、こういう人が文章を書きつづけて行くんだろう、私はだめだなあって思っていました。

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