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第11回:唯川 恵さん (ゆいかわ・けい)

唯川恵

近くにいそうで、ある種型破りな二人の女性の物語−−『肩ごしの恋人』で第126回直木賞受賞の唯川恵さんが、「作家の読書道」第11回に登場です。
「女性が描く女性の話が好きで……私も”女性”を書いていきたい」と、自然体ながらも力強く「書き手の思い」を語ってくださいました。デビュー17年、女性の心を掴んで離さない、その魅力に迫ってみました。

(プロフィール)
55年、石川県金沢市生まれ。短大卒業後、地方銀行に勤務。OL時代から小説を書き始め、84年「海色の午後」でコバルト・ノベル大賞を受賞。少女小説からエッセイ、恋愛小説、ホラー、ミステリーと書きつづけ、その数は70作品以上。著書に「めまい」(集英社)、「ベター・ハーフ」(集英社)「ため息の時間」(新潮社)など。「肩ごしの恋人」で第126回直木賞受賞。5月末に最新刊「燃えつきるまで」(幻冬舎)、秋には「今夜誰のとなりで眠る」(集英社)を刊行予定。

【本のお話はじまりはじまり】

―― 最近の読書はどんな感じですか?

唯川 : 書くのは本当に好きなんですけど、読むのは得意なほうではなくて。作家の中でもかなり読書しないほうだと思います。恥かしいんですが、月にせいぜい、2、3冊かな。送って頂いたり、仕事では読むんですが、単行本で自分で好んで読むのは、それくらいですね。やっぱり、基本的に女性作家が好きです。女性に興味があるので。男性作家が描く女性はどうも100%馴染めないところがあります。昔、男性作家で新田次郎さんの山岳小説にハマりました。あまり女性がでてこない小説を読むこともありましたけど、基本的には女性作家がずっと好きだったなって、今、改めて思います。

マンガも色々読んだし、余り区別なく読んでいた気はするんですが、小学生の高学年に姉が世界文学全集を揃えていたり、青春小説の森村桂さんの全集があったりして、「ビジョとシコメ」なんて女子大生の頃の思い出を書いたものを読みました。図書館にもよく通ったし。あの頃一番読んだかも。20代は森瑶子さん、瀬戸内晴美さんをよく読んでました。高校生の時の少女小説は富島健夫さんの「幼な妻」とか。あの頃、津村節子さんや佐伯千秋さんなど、少女小説もたくさん読みましたね。「幼な妻」は初めてHっぽい、こっそり読む楽しさを知りました。その時々に読んだと思うのですが、記憶に残っているのはやはり女性が主人公のものが多いです。

初夜
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林 真理子(著)
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『大阪の神々』
わかぎ ゑふ(著)
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江國香織(著)
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ぼくを探しに
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―― 最近面白かったのは?

唯川 : 林真理子さんの『初夜』。林さんってどうしてこんなに女の気持ちがわかるんだろうって。女の人なんだから当然と思われるかもしれないけど、実は女の人って、自分を言いくるめるのがすごく上手くて、自分の気持ちをわかっていないことが多いと思うんです。本当はそこにイジワルさがあることをなかなか認めないんだけど、そこをズバっと書いてくるのは、林さんが特に凄いですよね。林さんの女と女の話が好きです。『初夜』の中の一篇に、田舎町の幼なじみの二人が出てくる話があって、女同士の葛藤がとても面白かったです。恋愛小説って男と女の小説って思いがちだけれど、女と男と女の小説というか、もう一人女がでてこないと何か足りない。女と女の係わり合いって、すごく大切だなって思います。

あと、最近では、わかぎゑふさんの『大阪の神々』(小説すばる連載)は毎回楽しみに読んでいます。それから、今の私には見えない若者を書かれている石田衣良さん、文章にいつも魅せられる、江國香織さん。江國さんのはほとんどすべて、もちろん最新刊の『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』も読みました。

読もうと思うのは、自分が感じられない表現とか感じ方をする人のもの。今だったらやはり江國香織さんかな。とても自分には考えつかないような言葉遣いとか感じ方が書かれているので、とても興味深く読みます。あとは、川上弘美さん、山田詠美さん、森瑶子さん。すごく好きです。でもなかなか100%のめり込んで読むことはなくなったかも。どこかで職業意識みたいなのがあって、こんなストーリーの運び方をするんだなとか、ついそれは考えてしまいますね。

―― 思い出の本は?

唯川 : 自分が恋愛小説を書く原点となったのはアンデルセンの「人魚姫」だと思います。小さい時は絵本で読んで、何度か翻訳者が違うのを読んだりしつつ、いつもその時々に、人魚姫がせつなく思えたりバカだなって思えたりいろんな印象を持ちました。そういう意味では自分の中で長く読みつづけ、自分に影響を与えた気がします。 どうして人魚姫はもっと賢く振舞えなかったのかとか、横から現れるあの姫をこういう美味しいドコロ取りのヤツはいるなあと思ったり。アンデルセンが聞いたら怒るでしょうね。歳を取るにしたがって自分の中の印象が変わっていきましたね。

1年半ぐらい前に犬を飼ったので、改めて犬の本を何か読みたいと思って、王道の「フランダースの犬」の文庫を飛行機に乗る前に買って読み出したらムチャクチャ泣けました。飛行機の中で恥かしくなるぐらいに。犬を飼ってから感じ方が全然変わったみたいです。ああ、あんなに悲惨な話だったんだ、なんて改めて思いました。最近は動物がでてくるだけで泣きそうになります。

それから、35歳の時、友人に『ぼくを探しに』をプレゼントしてもらって、上京して1人で読みました。知り合いもいなくて初めて一人ぼっちで暮らして初めて、あれでもものすごく泣きました。気持ちのいい、救われるような泣き方だったんですけどね。金沢に好きな男でもいれば、東京に出て行くわけがないんだから、何にもない中でたった一人で読んで。1人でいることが負担だった時期だったんです。恋愛小説書いているのに、恋愛からも遠く離れ……、書いているものと自分のギャップもあって、本当に泣けたな。もっと歳をとった時にこういうものを書けたらいいなって憧れます。

【立ち寄る本屋さん】

―― 本の情報源は?

唯川 : 本屋さんもそんなに行くほうではないんです。ストレスが溜まるというか(笑)。私の本置いてないなとか。自分のこともついつい見たりしちゃうんで。なるべくとっとと行って早く帰っちゃいますね。新聞広告とか、クチコミから情報を仕入れることが多いです。編集者とかに薦められると読んでみようかなって思います。住まいが八雲なんですけど、駅前に小さい本屋さんがあって、あとは渋谷や銀座で人に会う時に、大きな書店さんを覗いて見ます。う〜ん、でも、最近は知り合いの編集者に頼んでしまうことも多いかな。本屋さんに入っても探すの大変だったりするし、注文すると10日とか2週間ぐらいかかったりするでしょう。いけないなあと思いつつ、ついつい、近いルートを辿ってしまいますね。

【いろいろな話】

―― 執筆はどのように?

唯川 : 基本的に昼型なので、昼仕事。まあ、締切が近づけば時間はバラバラですが。夜は早く寝ます。うまくいけば午前中2時間ぐらい書いて午後3時間ぐらい書いてます。今は基本的に犬に生活を合わせています。1歳半で70キロのセントバーナードです。朝はムチャクチャ早くて4:30とかに起きたりするので、ほとんど老人のような生活。散歩だけじゃなくてブラッシングしてあげなきゃいけないとか、ヨダレがそのへんに一杯とか。飼ってつくづく大変だなと思いますが、可愛くてもう手放せません。

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―― 小説はどのような書き方をされるんですか?

唯川 : ぼんやりいくつか展開を考えて、ここに収まろうという思いは持っているんだけど、だいたい違うところに行ってしまいます。やっぱり自分の中でも闘いがあって、絶対自分のストーリーのほうがいいから、主人公をどうしてもこのセリフを言わせようとというのもあるし、このセリフを言わせたら、この主人公性格変わるんじゃないかとか、ここに持っていかせるために、このセリフを言わせるのはいい方法なのかとか、場合場合で変わります。『肩ごしの恋人』の場合はもう主人公がこのセリフ言っちゃったから、しょうがないこれで行こうって感じでしたね。あれは二人の女性が出ることだけが決まっていて少年が出ることも全然考えてなかったんです。何かに憑かれたというか……。作っていくというよりも、その時その時に私自身が遭遇していったという感じですね。小説の中で、電気を消したら「うわ」って声がして少年がいるという展開があるんですけど、電気消したら何か起こるんじゃないかなというので、あっ誰がいることにしょうなんて。本当に何も考えずに書いていたかも。そう考えると、今までの私は何を書いてきたんだろう?って感じなんですけど(笑)。よくあれを読んだ方から「展開が見えなくて次どうなるんだろう?」て言われていたんですけど、それは作者が一番そう思っていたことなんです。それがうまく伝わってくれたのかも、という気がしてますね。

―― 直木賞を取られて何か変化は?

唯川 : 私自身は思ったほど変わらなかった。ただ、直木賞関連の取材や仕事は本当に多いんだとわかりました。急に連載が増えるということもないし、全部約束どおりのことを普通にやっているだけだし。久しぶりに本がよく売れました。直木賞という冠がいかに大きいか、わかりました。買ってくださる方々は唯川って名前でなくて、直木賞で買ってくださるわけだから。このあと、普通の唯川に戻ってどれだけの方が読みたいと思ってくださるかな?と。今まで表舞台に立つことがなかったけれど、賞を取ると叩かれたりするんですよね。「今までの直木賞にない駄作」とか。「そうかこんなことも言われるんだ。」と思いましたね。

―― これから書かれたいテーマは?

唯川 : 基本的には女性を書いていきたいと思ってます。女性に恋愛は欠かせないので、恋愛はもちろんですけど、それにまたサスペンスタッチとか人情っぽい話とかそういうのを絡めながら書いていきたいなと思っています。年代的にも自分が歳を取るに従って、40、50,60とそういう人を主人公に書いていきたいなと思ってます。

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―― 書きたい人へのアドバイスは?

唯川 : え〜、なんだろう?イヤになったこともあるし、書けないと思うことはいつもあるけど、辞めようと思ったことは一度もないです。私の場合は読んでくれる人がいるから書けるというのがあります。誰も読まなくていい、私が好きなものを書ければ幸せ、という幸せは私にはないんです。読んでくれる人がいる限り、それに答えなきゃいけないと思うし、それが私のできることなわけですから。書きたくて途中で書けなくなった人は、自分が書きたいことはちょっと横においておいて、誰かのために、友人でもいいから、特定の人を楽しませるにはどうしたらいいかという発想から入っていくというのはどうでしょう。 私、中学ぐらいから30そこそこまで、ずっと日記を書いていたんですが、今全然書かなくなりました。自分のために書くということが日記ですらできなくなってしまったんです。

―― すでにデビュー17年ですが

唯川 : 17年とはとても思えなくて、本当に、びっくりですね。デビューして5年ぐらいのつもりです。というのも、いつもだいたい5年ぐらいで転機がきているんですね。少女小説から入って、5年ぐらいで「少女小説卒業ですね」とよく言われたんですけど、早い話が売れなくなったんです。学園ラブコメディが主流だったんだけど、ファンタジーやミステリーが主流になって、需要もなくなってきて、まあ、計算してきたというよりも転換するしかなかった。読者の彼女たちが卒業していって読むものがなくて、そのあと、恋愛エッセイを始めて。20代そこそこぐらいの女性が主人公の小説やエッセイを書くのを5年ぐらい。その後、小説誌に書いたり、ホラーとかサスペンスとか書いて5年ぐらい。で、久々に「肩ごしの恋人」では、ストレートな若い女性を書きたいなっていうのがあったんです。その前の5年間は暗いものを書いていてちょっとウンザリしたんです。トラウマも心の闇ももうやめようと。スカっと明るい元気なものを書きたかったんです。

今になってようやくわかってきたんですが、転機って幸運として訪れるよりも不運として訪れることが多いですね。地方でOLしていた頃は、25歳ぐらいまでに結婚したいな、と思っていました。それが当然だと思っていたし、それしか生きる道を知らなかった。で、25歳ぐらいで、好きだった彼に振られて、「人生で結婚しないこともあるかもしれない」って気がついた。そこで初めて扉は開けて……、そこから始まって書くことにたどり着いたんです。でも、その当時はそれは決して幸運ではなくて、不運なことだと思っていました。30の時にコバルト小説の新人賞をもらったのは確かに幸運だったけれど、金沢で1人で家にずっと閉じこもって5年間も書いているのは寂しかったです。地方で、人との交流もないし。書いていることは楽しかったけど。それで今度は、35歳で少女小説売れなくなった。「もしかして、書くことお終いかな」とも思いました。だから、金沢という帰るところもあるし、一生に一度くらい1年間だけ東京で暮らしてもいいかなと思ったんです。でも、実際東京に出てきたらなんだかんだ知り合いも出来て、次の展開に結びついていったんですね。

書くことだけで食べてこられたのは、幸運でした。傲慢に聞こえちゃうかもしれないけど、私、小説で食えなかったことないんです。いい暮らしが出来たわけではないけど、なんだかんだ書くことだけで生活できた。そのせいもあって、小説を憎んだことはありません。書くことそのものは辛いんだけど、怒りや悲しみをぶつけることもなかった。それはとても幸運だったと思います。とにかく少女小説から入ったことで、手紙とかすごいダイレクトに反応があって、書くってこんなに人の気持ちを動かすことができるんだっていうことをいきなり知って、書く喜びの前に、読んでもらう喜びを知ったというのが大きかったような気がします。

(2002年5月更新)

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