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第9回:長嶋 有さん (ながしま・ゆう)

長嶋 有

「猛スピードで母は」で第126回芥川賞を受賞したばかりの、長嶋有さんの登場です。日常を淡々と、独特の文体とユーモアセンスで描く長嶋さんですが、その発想の素になっているのは、なんとマニアックなコミック群だったんですねえ。第9回「作家の読書道」は期せずして、マンガ好きにも見逃せないインタビューとなりました。

(プロフィール)
1972年埼玉県生まれ。東洋大学2部文学部国文学科卒業。会社勤務を経て、「サイドカーに犬」で第92回文學界新人賞を受賞。同作は第125回芥川賞候補作となり、高く評価された。続いて発表した「猛スピードで母は」で第126回芥川賞を受賞。

【本のお話はじまりはじまり】

―― 最近はどんな本がおもしろかったですか?

雪の峠・剣の舞
『雪の峠・剣の舞』
岩明 均(著)
講談社
714円(税込)
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松山巌の仕事(1)路上の症候群
『松山巌の仕事(1)路上の症候群』
松山 巌(著)
中央公論新社
3,360円(税込)
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長嶋 : 岩明均の『雪の峠・剣の舞』ですかね。岩明均は初期に『風子のいる店』という、どちらかというと地味めな喫茶店マンガを描いていたんですが、その地味な作品の次があの『寄生獣』。その落差にかなりの計り知れなさを感じました。そして『雪の峠・剣の舞』は時代劇。得意ジャンルを限定しない人ですよね。ジャンルは違っても、登場人物が真摯に苦悩するところは一貫している。そしてどの作品の人物にも愛嬌があるのがいい。苦悩も愛嬌も少し間違えると安易なヒューマニズムに陥るところを、ちゃんと描いている。独特なマンガ家ですね。100万部売れてる人気作家なのに、華やかさというものがないのもおもしろい。
「雪の峠」の舞台は、関ヶ原の合戦の時期。このとき石田三成側についた殿様とその家来の話。殿様と軍師の主人公は、これからは商売の時代だから、合戦で負けても僻地にとばされた方がいい商売ができる、という新しい考え方。それに対して、武士のプライドをかける古い考え方の家来たちのやりとりを描く、まあ組織ドラマなのかな。
「剣の舞」は、剣豪に弟子入りした主人公の女の子が仇討ちを果たして死ぬ、という、時代劇の定番もの。なんですが、その子の師匠が竹刀を考え出した人で、剣道をスポーツ化して、その流派が隆盛を誇り、武器としての剣が弱まっていくという伏線の立て方がおもしろい。どちらも史実を元にした話です。

それから松山巌の『路上の症候群』。これは彼の70年代後半から2000年にかけてのコラムをまとめたものです。これを読むと、日本のここ30年がクリアに見えてくる気がします。著者は建築出身の人なので、そこから時代を切っていく。例えば70年代だと、ボウリング場がつぶれていく話などですね。これが、自分が幼少の頃に見た光景と重なるんです。そういう自分が育った時代を、松山氏の目で見ていくのがおもしろい。

楽しみにしているのが、「すばる」に連載している、江國香織のエッセイ。たわいないことを、簡単な言葉で書いている。オチもない。起、承、ときて、つるんと終わってしまう。なのにカタルシスがある。江國さんイコール恋愛小説という印象があるけど、こうして日常を切り取る手腕に、より僕は惹かれます。
この間は、ホウキとチリトリの話だったんですが、そういうたわいもない話なのに、思わずホウキが欲しくなるようなパワーがある。実際それ読んで、ホウキ買っちゃいましたけどね。
反対に、自分にいい影響を与えていないだろうな、と思うのが、ウェブの文章なんです。漫然と見ていると、取り込まれてしまいそうになる。だから、信頼している友人の日記くらいしか、きちんとは見ませんね。

『手塚治虫漫画40年』
秋田書店
2,100円(税込)
※絶版
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『ハード・コア』
狩撫麻礼(作)
いましろたかし(画)
秋田書店
長嶋さんの宝物、
狩撫麻礼氏のサイン。

―― なにやら相当読み込んだ本を持ってきていただきましたが。

長嶋 : はい。これは小学校6年の時に買った、「手塚治虫 漫画40年」です。何せ、小遣いが500円の時に、2000円はたいて買ったわけですから、ファンとしての心意気がすごい。当時の自分をほめてあげたいくらい。まあ資料的な本なので、当時は読めなかったところも多いんですが、いまだに彼の著作を読んだときに、その背景を調べたりするのに辞書のように使っています。虫プロ倒産など、ネガティブなこともきちんと書いているのがいいんですよ。中学時代には僕、室蘭に住んでいたんですが、そこに手塚治虫が講演に来て、この本を持っていき、握手してもらったのもいい想い出ですね。

それからこれは、作・狩撫麻礼、画・いましろたかしの「ハード・コア」です。これは秋田書店から出ていたグランドチャンピオンに連載されていて、1巻だけが完結せずに単行本になったものです。もう絶版なんです。のちにアスペクトから復刊しましたが。僕は生涯で一度だけ、サイン会なるものに行ったことがあるんですが、それがこの復刊記念の狩撫麻礼のサイン会でした。あのサイン会はすごかったなあ。僕はちゃんと絶版の方を持っていったんですが、牛山(主人公)のTシャツ着てるヤツとかいたもんなあ。負けた、と思いましたよ。
狩撫麻礼は大友克洋、松本大洋、かわぐちかいじ、岡崎京子、やまだないとなどなど、そうそうたる漫画家と組んで、原作を書いているんです。この人のよさというのは、団塊の世代特有の、無理にダメ出しする感じにおさまらないところというのかなあ。華がないのもまたいいんです。

【立ち寄る本屋さん】

『猛スピードで母は』
長嶋 有(著)
文藝春秋
1,300円(税込)
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―― よく行く本屋さんは?

長嶋 : 横浜・青葉台の文教堂、それから最近できたブックファーストかな。隣町にあるので。この辺はほぼ毎日行っています。まめに行くと、どの本がどのくらい売れているかとか、よくわかるんですよね。ベストセラーの刷数チェックなどもつい、してしまう。そうそう、僕の本が、"近隣著者コーナー"の棚にないんですよね。
都内に出たときには、渋谷の「パルコブックセンター」、「旭屋書店」など。池袋西武にある「ぽえむぱろうる」も好きですね。

―― どのくらい買いますか?

長嶋 : 月に一万円も使っていないですね。立ち読みしてしまうんですよ。この前なんて、「リリィ・シュシュのすべて」の本を4時間かけて読んでしまった。いや、この職業に就いた以上、改めないとまずいな、とは思っているんですけどね。

【いろいろな話】

これが、次回作のカギになる? 青葉台駅前の銅像。

―― 執筆はどのように?

長嶋 : だいたい昼頃に街に出て、ミスタードーナツか、モスバーガーで2時間くらい。モバイルギアで書いてます。はじめにプロットとか立てないで、いきなり場面から書き始めます。それで場面場面をつなげていく。煮詰まったときは、場面を入れ替えたり、つないだり。そうこうしているうちに、打開できる瞬間が訪れる。そこではじめてプロット的な発想が生まれます。
「サイドカーに犬」で文學界新人賞をいただいて、「猛スピードで母は」はその翌日から書き始めました。6ヶ月くらいかかったかな。

―― 今後のご予定は?

長嶋 : 次の短編が4月に文學界で発表の予定です。あくまでも予定ですけどね。まあ、前作よりまちがいなくキュートな話になりますね。内容的には、うーん、青葉台の駅前の銅像、とだけお伝えしておきましょう。

(2002年3月更新)

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