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第11回:石田 衣良さん (いしだ・いら)

石田 衣良

第10回「作家の読書道」は石田衣良さんの登場です。インタビューはデビュー作『池袋ウエストゲートパーク』に因んで(?)、池袋駅西口のホテルにて行われました。最近作『波のうえの魔術師』は、ドラマ化され4月にスタートしたばかり(『ビッグマネー!』)。クールかつ上品さを隠せない作品の筆致を彷彿とさせる語り口のなかに、本への愛情、そしてそれを読むこと、書くことへの愛情がほとばしっています。

(プロフィール)
1960年東京生まれ。成蹊大学経済学部卒業後、
広告制作会社などを経て、フリーランスのコピーライター。
97年9月、「池袋ウエストゲートパーク」で第36回オール讀物推理小説新人賞を受賞。著書に「うつくしい子ども」「エンジェル」「少年計数機―池袋ウエストゲートパークII」「赤・黒(ルージュ・ノワール)」がある。

【本のお話はじまりはじまり】

―― 石田衣良さんのデビュー作は1997年の『池袋ウエストゲートパーク』でしたが、それ以前には本の読み手としての「歴史」があったことと思います。最初に、子供の頃はどんな本を読まれていたのかを教えてください。

石田 : 7歳、小学校2年の頃には、図書館に毎日通ってました。朝、借りた本を夕方返しに行って、また別の本を借りるというのを毎日、繰り返してましたね。読んでいたのはSFやファンタジーや冒険小説で、図書館にあったその手の本は全部読んだはずです。今でも、エドガー・ライス・バロウズの『地底世界ペルシダー』を読んだ時のことなんかを鮮明に覚えています。重い重い樫の木のドアを地底人がくちばしで破って入って来るシーンには本当にドキドキしました。ちょうどテレビで見ていたウルトラマンにつながる世界を本の中にも見出していたんでしょうね。

『地底世界ペルシダー』
エドガー・ライス・バロウズ(著)
早川書房
242円(税込)
※品切れ・重版未定
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―― 自分で文章を書いてみようという思いはいつ頃からお持ちだったのですか?

石田 : もう既に作家になりたいという気持ちはありました。こんなに読んでおもしろいんだから、それを自分で書いて人を楽しませたいと思ってましたね。小学校の卒業文集には「作家になりたい」ってちゃんと書きましたから。

―― 中学、高校へ進むと、読書スタイルはどう変化していったのでしょう?

石田 : その頃の生活は、6割から7割が本を読むことで占められてました。1日に3冊ずつ読みたいと真剣に考えていたんです。創元推理文庫やハヤカワ文庫はほぼ全部読んだし、同時に「世の中には文学というものがあるらしい」というのを知って、いろいろな作家を読むようになった。でも特定の作家に心酔するようなことはなかったな…。自分もいつか作家になりたいという思いがあるから、他の作家はどんな文体で書いているんだろう、一体どんな声で歌っているのかを聞いてみるための読み方をしていましたね。ですから、ひとりの作家につき代表作を2つ、3つ読んでみるという感じでした。

―― 読んだ本について誰かに話してみるようなことはありましたか。

石田 : それはなかったですね。自分が読んだものについて話したいとか、それを読んでいる自分をわかってもらいたいとか、そういう気持ちはまったくなくて。その辺の気分が、僕が書く文章の持っている素っ気無さというか、特有の距離感のようなものにつながっているのかなとも思います。

―― 「1日3冊」という思いは、達成されたのでしょうか?

石田 : 当時、一カ月ごとに計算してみると、、最高で「1日2.8 冊」なんですよ(笑)。でも、飛ばし読みじゃなくて、全部、最初から最後までちゃんと読んでましたから。大学に入ってからは、アベレージが下がって…。それでも「1.5 」は行ってましたね。まさに本を読むことにはまっていたんですね。何でもそうでしょうけれど、一度は溺れてみないとわからないものです。本もそういうもののはずです。

【立ち寄る本屋さん】

―― 最近の読書についてお聞きしたいと思います。よく行かれる本屋さんはどこかありますか?

石田 : 下町の出身なので(江戸川区)、子供の頃から本屋といえば神保町なんです。映画は日比谷だし、休みの日は銀座の不二家でパフェを食べるという。それで、東京堂をはじめ神保町には中学の頃から通ってます。僕は資料を使って書くタイプの作家ではないのですが、それでも何かを探すとなるとやっぱり神保町ですね。本屋というのは町に一軒、大きなのがあっても十分じゃないんですよ。何軒か品揃えがしっかりしていて、かつ特徴のある本屋が集中していて、そこを行ったり来たりできないと。

―― 石田さんにとって池袋という町は、あくまで小説の舞台であって、本を探しに行く場所ではないのでしょうか? 大型書店もいくつかありますが。

『池袋ウエストゲートパーク』
石田衣良(著)
文芸春秋
570円(税込)
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石田 : 古本屋が点在していたりするので、そこをのぞいたことがあるぐらいですね。広告の仕事をしていた頃、市ヶ谷に事務所があって、有楽町線が通っているという理由で池袋に行くことはありました。目的は本よりもCDを買うか、映画を見るかでした。でも、そうしているうちに『ウエストゲートパーク』ができ上がったんですけど。しかし、最近引っ越しをして、池袋に近くなったので、リブロやジュンク堂に行くようになるかもしれません。

―― 現在の作家としての生活の中で、本を読む時間はどういう位置付けになるんでしょう?

石田 : 今は読むよりも書くほうが断然おもしろいんですよ。自分の小説に向かっているときは、他の作家の作品がなかなか読めない。仕事の合間に読もうとしても、違和感ばかりが先に立って、革のシャツを素肌に着たような妙な感覚にとらわれてしまうんです。なので、今、本を読むことは休みの楽しみになってしまっています。通勤をするわけでもないので、電車の中で読むとかそういうこともできないし、この日のこの時間は本を読むための時間だと決めておかないとなかなか読むことができないですね。2、30冊は未読の本が常時、積まれてますよ。

―― その積まれた本の今後の運命は…。

石田 : そのうちに、これは読まなくてもいいやというのも出てくるんですけど(笑)。でも、またブラッと寄った本屋で買った本がそこに加わって、積まれている本の数は変わらないんですけどね。

―― ブラッと寄った本屋で本をピックアップする時の基準のようなものはありますか?

石田 : それはもう勘としか言えないですね。本屋によく行く人たちはみんなそうでしょ。独自に培った勘で本を選んでいるのでは。勘で選んでいても、どうしようもない本を選んでしまうという大きなはずしはないですね。悪くても「中当たり」以上のレベルの本を選んでいる自信はあります。

【いろいろな話】

―― 昨年出された『波のうえの魔術師』がドラマ化されました。『ウエストゲートパーク』の時と同じで主演は長瀬智也。タイトルは『ビッグマネー!』、経済クライムものということですが。

石田 : 原作者としては、植木等に期待してるところです。

―― 主人公に株式相場を教える役ですね。石田さん自身、株や経済に興味をお持ちなんですか?

石田 : 大学の頃に真剣に勉強したことがありました。自分を見ていて、普通の社会生活は到底、無理そうなので、株式相場で金を儲けてあとは本を読んで暮らそうと思っていたんです(笑)。今は休んでますけど。

『波のうえの魔術師』
石田衣良(著)
文藝春秋
1,400円(税込)
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―― 株の相場と小説の間には何か関係があったりしますか?

石田 : 両方とも、誰にでもできるものだと思いますよ。

―― 誰にでも!? どちらも特別な才能の世界だと思えるのですが。

石田 : 株も小説も自分独自の世界観を持って、そこから世界を眺めることができるかどうかなんです。世の中の波の上に流されずに立っているということですね。流されてばかりいては、株が上がった時には儲けたとしても、逆に損をすることにもつながります。小説を書こうとしても、自分の世界観がなければ何も見えていないから、何も書けないということになってしまう。

―― 独自の世界観ですか…。それを持つ才能の持ち主なら「誰にでも」なんだと解釈しました(笑)。では、今、執筆中の作品について教えてください。

石田 : ふたつ連載があります。秋葉原を舞台して、デジタルの子供たちが新しいビジネスを起こす『アキハバラ@DEEP』(『別冊 文藝春秋』)と、去年ニューヨークで起きたテロ事件と前後して書き始めた2キロメートルの塔が崩れるストーリー『ブルータワー』(『問題小説』)です。また、5月には恋愛短編集『スローグッドバイ』(集英社)が出ます。初めての短編集になります。それと、まだアイデアだけですが、子供向けの本も考えています。『ゴキブリ773 号』というタイトルで、満月の夜に同時に1200匹ぐらい生まれたゴキブリの中の773 番目のナナミちゃんが主人公です。彼女が住んでいるのはそれは劣悪な環境で、人間に叩き殺されたり殺虫剤をかけられる者もいれば、母親に食われてしまうのもいる。そんな中で、ナナミちゃんは旅に出る…。

―― 子供向けの本なんですよね。

石田 : ええ、今の子供たちの世界は外から見ると豊かに見えるけれど、心象風景は殺伐としているのではないか、ナナミちゃんが経験している世界と変わらないんじゃないか、そんな気がするんです。

【自慢の本たち】

―― 本にはまりつつ特定の作家に心酔するようなことはなかったとのお話でしたが、あえて好きな作家、好きな本を挙げていただくとすると。

『太陽の讃歌』
アルベール・カミュ(著)
新潮文庫
336円(税込)
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『要約すると』
サマセット・モーム(著)
新潮文庫
612円(税込)
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石田 : 感情の動きの独自さや感覚の鋭さに惹かれますね。日本だと永井荷風や川端康成…。鋭さが表れているという点で創作日記やアフォリズムのようなものも好きです。なので、カミュの『太陽の讃歌』とモームの『要約すると』になるかもしれません。若い頃のカミュにはアルジェ生まれのアフリカの血がたぎっているし、モームはイギリス人ならでは、老人ならでは、ホモセクシャルならではの意見が展開されていてじつにいいんです。こういう本は言葉の持つ力を実感させてくれます。本を読むという行為は、その書き手の作家というフィルターを通して世界を見ることだと思います。例が音楽になってしまいますが、モーツアルトは雑音だらけの世の中に生きながらあんなに美しい曲を書いた。その音楽を聞くことは、モーツアルトというフィルターを通して世界を見ているんですよ。

―― 書き込みやアンダーラインがかなりありますね。カミュやモームを通して、石田さんが世界を見ていた跡ですね。

石田 : 特にカミュのほうには思い出があって。大学時代、日記に「グルニエ…」という言葉が出てくる夢を見たと書いたことがあったんです。でも、それから何カ月か時間が経って、そのことは忘れていたんです。ある日、大学に向かう途中の古本屋で『太陽の賛歌』を150 円で買って眺めていたら、何と「グルニエ…」と書いてあるんですよ。それで、自分がそんな夢を見たことを思い出した。だから、その箇所には「deja vu」と書き込みをしました。

―― そういう経験は他にもありますか?

石田 : デジャヴュも含めて何度かありますよ。日記を書いていて夢の中で書いた文章だと気づくこととか。

―― そうした体験が小説のアイデアに結びつくこともあるのでしょうか?

石田 : どうでしょう。夢にしろ、体験にしろ、そのままでは小説にはならないですね。それらを醒めた目で見ることができないと。ゴキブリの773 ちゃんにしても、ストーリーを思いつくよりも、彼女の気持ちや感情の核になるようなものがつかむことが大切なんです。それがなければ力のある文章にはならないでしょう。僕の小説じゃなくていいんです、もっともっと多くの人がもっともっと本を読んで言葉の力を感じてくれればいいんだけどなあ。

(2002年4月更新)

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