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勝手に目利き
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夜鳥
夜鳥
【創元推理文庫】
モーリス・ルヴェル
定価 735円(税込)
2003/2
ISBN-4488251021

 
  池田 智恵
  評価:AA
   フランスの街角で起こるささやかで残酷な物語。乞食は冷たい石畳の上で死に、男も女も不貞を行い、互いを疑う。死は唐突にやってきて、人々に弁解の余地を与えない。本書に収められた短編はどれも本当に短い。しかし、、鋭くも残酷な視線と、寂しげな哀愁。これが抜群の構成力と美しい文章を伴って表され、まるで極上の短編映画を観たような気にさせられる。するどい鎌でスパッと斬られてしまった様な読後感。小うるさい説明はいらない。人間の哀愁と短編小説のみが持ちうる面白さを凝縮したこの本、是非読んで欲しい。

 
  児玉 憲宗
  評価:A
   訳が1928年とあり、なるほど、文体や単語が『新青年』復刻版のようで、帯の怪奇趣味と探偵趣味の融合というよりも、つい懐古趣味という態で読んでしまった。
 本編に加え、夢野久作、江戸川乱歩らのモリス・ラヴェルに寄せる礼賛文が、大作家というよりただのファンのようで微笑ましく、おまけ感たっぷり。
 普通の人間に潜在する薄気味悪さや怖さが主流の現代の小説から比べると、犯罪行為でも人間味があり、ほとんどの作品の話運びが媚びず淡々としていながら、不思議な余韻を残す。
 個人的には怪奇探偵もの以外にも、ハイミスの暗い心情が意外な結末を招く「老嬢と猫」、恋人に捨てられた作家がぴしゃりと小気味のよい仕返しをする「ふみたば」、かわいい我が子が妻の浮気相手の子ではないか、という疑惑にとらわれてどうしようもなくなる男の話「生さぬ児」がおもしろかった。

 
  鈴木 崇子
  評価:B
   「弥撒」「本統」「素的」・・・などなど、古めかしく格調高い訳が、このミステリアスで怪奇な物語にぴったりだと思う。しかも、江戸川乱歩や夢野久作らの解説付きで豪華版だ。31の短編すべてに、無情で残酷な人間の暗黒面が描かれ、最後には運命の皮肉やどんでん返しが待ち受けている。「犬舎」の夫の仕打ちは恐ろしく残忍だし、「麦畑」の夫もあっけらかんと復讐を果たす。「碧眼」の女には救い難い巡り合わせが待っているし、「ふみたば」のマダムには嘲笑と侮蔑が用意されている。そう思うと、男性の登場人物は復讐心が強く残酷で偏執的、女性については運命のいたずらに翻弄される弱くて受身なキャラクターが多いような気がするのだが。時代の制約か? 作者の人間観によるものか?

 
  中原 紀生
  評価:A
   チャップリンとヒッチコックが一緒になったような感じ。あるいは、チェーホフの初期短編とポーの作品をあわせ読んだような感じ。乞食や売春婦、役人や集金人や犯罪者といった市井の無名者たちの生の一断面が、「恐怖美、戦慄詩」(夢野久作の評言)を湛えた31篇のコントのうちに丹念に採集され、人間心理と都市の闇に潜むものへの鋭敏な感受性をもったモーリス・ルヴェルの、ゾクゾクする語り口によってホルマリン漬けにされている。この独特の味わいは、どこか少年時代の読書体験を思わせる。──私の愛読書、橘外男や夢野久作の世界にしっかりとつながった、懐かしさを感じさせる田中早苗の翻訳が実にいい雰囲気を醸しだしている。巻末に付された小酒井不木や甲賀三郎や江戸川乱歩、等々の『新青年』作家たちの文章もいい。本邦ミステリーの原典とも言うべき珠玉の書物。

 
  渡邊 智志
  評価:B
   すとん、と落ちます。好き嫌いを言うなら「好き」。でもこの種の落ち方を嫌う理由も判ります。シンプルな寓意が、現代的な感覚からすると受け付けない向きもあるでしょう。複雑で贅沢な精神構造を持った(つまり、ひねくれた)感性に邪魔されて「なーんだ、たったそれだけ?」と物足りなく感じてしまうかも。訳文は時代の風を感じさせる重厚さですが、決して美文ではありませんし、書いてある以上の深みがあるわけでもありません。いや、無駄を省いた簡潔な表現に酔い、何気ない情景描写に狂気の風景を読みとることも出来るかもしれません。全編に漂う不幸や悪意は誰もが知っているのにいつも目をそらしているネガティブな感情。道徳の教科書的な説教を読みとるのではなく、ただそこにある物語として読むのが健全でしょう。…そーんな小難しいコトをいちいち考えて読んでいるわけではありませんけどね。30編のうちお気に入りは10編。高い確率でアタリです。