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カフェー小品集
カフェー小品集
【小学館文庫】
嶽本野ばら
定価 500円(税込)
2003/4
ISBN-4094080147

 
  池田 智恵
  評価:B+
   〈悲しみの数だけもう二度と入ることのないカフェーが生まれるのです〉
 ……爆笑しました。最高です、嶽本野ばら。「恋愛」を美しく書こうとする試みはしばしば作者の勘違い、自己陶酔で終わることが多いようですが、この本は違いますね。
 中身は実在のカフェーを舞台にして繰り広げられる恋愛絵巻。古びた喫茶店の醸し出す、寂しげな雰囲気の中でのドラマ。そこには、恋愛の持つ生臭さはありません。何たってこの本は、想い高じて「幽体離脱」してしまう乙女が出てくる本なのですから(六条の御息所か?)。
 美しいものを書くというのは冗談のような行為なのでしょう。その行為の特殊さに自覚的であるからこそ、嶽本野ばらはこんな筆名を使っているのです。そして、そんな名をさらしながら美しい物語を書こうとする挑戦者なのです、多分。
 自らの外見まで飾り立てるエンターティナーぶりと、〈嗚呼……。はっきり言って、(略)センスの悪い太ったブス〉なんて、しれっと書いてしまうリアリストぶりが、たまんなく好きです。

 
  延命 ゆり子
  評価:B
   実在するカフェとそれにまつわる恋の物語が12編。私があと十年若かったなら、このロマンチシズムや自己憐憫の雰囲気にすっぽりハマることが出来たでしょう。しかし今、この作品を読んで感じたのは、しゃらくささ、でありました。現実逃避もいいけど、取り敢えずカネがなくっちゃ生きていかれぬ。つべこべ言わずにさっさと働けよ!などとすさんだ気持ちになってしまったのは私が変わってしまったからかしら。しかしロマンチシズムの中にあるナルシズムを相対化しているところは、読ませました。

 
  児玉 憲宗
  評価:A
   嶽本野ばらさんは「こだわり」の人だ。ひとつひとつの言葉を丁寧に選び、大切に扱う。それゆえ、嶽本さんの放つ言葉は、ガラス細工のように輝いている。
「こだわり」は、けして言葉だけではない。「カフェー」もその一つ。だからこの小品集にはカフェーに対する頑なな思い入れや愛情が溢れている。
 実在するカフェーを舞台にし、店の歴史や雰囲気が紹介されながら、もう一つの静かなストーリーは展開される。現実とフィクションが絡みあう不思議な空気がたまらなく心地好い。

 
  鈴木 崇子
  評価:B
   「さんま御殿」に時折登場する妖しいお方が、密かに気になっておりました。一体どんな作品を書いておられるのだろうかと。実在する喫茶店を舞台にしたさまざまな恋愛模様。パターンは違えど、どの作品も嶽本野ばら色で染め上げられていますね。少女趣味と言ってしまえばそれまでで、テレビで見かけるロリータファッションそのままにナルシズム、懐古趣味、デカダンスの匂い漂う世界。内向的で美意識強く、誇り高いが自虐的、脆くて壊れやすく、現実感や生活感のない登場人物たち。自分の内側で完結してしまい強固に閉じられた空間には、俗世間の雑菌に汚染された風など吹き込む隙間もないような・・・。
 ってことで、好き嫌いが分かれるところだろうが、個人的には嫌いではない。「文庫版あとがき」には作者の外界と対峙する決意が記されている。意外にも戦士じゃないですか! そして「あとがき」にあるように、古き良き時代の面影を残している喫茶店のガイドブックでもあるとのこと。店の主人のコメントが物語の中に織り込まれていて面白い。

 
  高橋 美里
  評価:A
   野ばら作品というのはとても不思議で読んでいると「いけないこと」をしている気分になってしまうのです。この「カフェー小品集」は野ばらちゃんの愛してやまない「一つの」カフェとの出会いをつづった物語。中には皆さんご存知のカフェもあるかも。上品な匂いを醸し出している野ばらの世界へどうぞ。オススメです。

 
  中原 紀生
  評価:A
   京都の大学生だった頃、行きつけの名曲喫茶があった。白川通と今出川通が交差するところ、銀閣寺道駅で市電を降りて南に少し下った西側に「ゲーテ」という名のその店はあった。小津安二郎の映画(たしか『麦秋』)に端役で出たという年輩の店主がいて、めったに口をきくことはなかったけれど、ほぼ毎日通ってはバッハの無伴奏チェロ組曲をリクエストして、好きな本の抜き書き帳を作ったり、ついに仕上げられなかった小説の書き出しの部分をいくつかノートに書きつけたりもした。そうした古いカフェー(「カフェ」でも「喫茶店」でもない)に長時間いすわっていると、確かに、何かしらこの世に実在したとは思えない出来事の記憶が甦ったり、ありもしなかった恋愛の早すぎた一部始終が思い出されたりする。この「エッセイ集とも短編小説ともガイドブックともとれない不思議な小品集」(作者の言葉)は、小説が生まれる現場(孤独に耽るための場)をフィクションとノンフィクションの両面から余すところなくとらえた、忘れがたいシャレた味わいと「実用性」を兼ね備えた短編集だ。

 
  渡邊 智志
  評価:B
   読む時と場所を選ぶ本、という印象です。薄明り・埃っぽさ・耳に障らない程度の音楽。世界に入り込むことを要求してくる、我がままな作りです。…つまり、通勤途中の満員電車でぎゅうぎゅう苦しみながら読むもんじゃないなー、ということなんですけど。独特の世界観を期待(覚悟?)していたのですが、さほどではありませんでした。この作者ならでは、という凄味や陶酔を感じさせるまでには至らず、手軽に読めるエッセイ風の雰囲気に留まった感もありました。あえて小説に仕上げるために、「彼女」や「僕」が出てこなくても良かったのになぁ、とまで思います。…正直に言うと、三人称単数の「彼女」が頻出する物語には、無条件で鼻白むキライがあるのです。ピタッとはまると気持ちの良い共感を抱けるはずですが、大体は他人が共感を持てるほどワタクシ小説のふところは深くないですね。京都の疎水でデートした若い頃?を思い出して、余計に寒気を感じたのかも。