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停電の夜に
停電の夜に
【新潮文庫】
ジュンパ・ラヒリ
定価 620円(税込)
2003/3
ISBN-4102142118

 
  池田 智恵
  評価:C
   作者はインド系アメリカ人だそうだ。だから、インド系アメリカ人や、アメリカに赴任してきたインド人の話もこの短編集の中にある。独特の視点からとらえられたアメリカの話だ。どれも上質な物語であることはわかる。技巧的にも大変優れていることはわかる。作者の人間に対する視線の冷静さは、時に残酷な印象さえ与える。その冷徹さが作品全体に与える独特の涼しさ。それがこの作者の魅力なんだろうな、とも思う。新人なのにどえらい賞(O・ヘンリー賞、ピューリッツア賞等々)を受賞している理由もわからないではない。でも、興味深くは読めたけど面白いとは思えなかった。なんでだろう。翻訳に原因があるのだろうか。それとも共通認識の乏しさだろうか。とにかく楽しめなかった……、残念。

 
  児玉 憲宗
  評価:A
   家族や夫婦の間の機微を繊細に描いた短編集だ。表題作「停電の夜に」は、毎夜1時間の停電になると交互に隠し事を打ち明けあう夫婦が描かれている。隠し事はどんなことがあっても隠し続けるべきで、こんなカミングアウト合戦を繰り返していて、決してハッピーエンドになるわけがないと思いながら読み進んだが、実際のところはどうだろう。ふたりがそれぞれ背負ってきたものやふたりでいっしょに背負ってきたものが、瑞々しく、ていねいに描かれている。
 そして、これは、他の作品にもいえる著者の一貫したスタンスなのである。

 
  鈴木 崇子
  評価:B
   どの物語も繊細で、さらさらとした感触の、淡彩画のような短編集。すべての物語はインドが舞台、またはインド系アメリカ人が登場する。作者自身はアジアで暮らしたことがあるのかどうかわからないが、アジア的な湿った感覚で心の機微が描かれている。
 表題作の「停電の夜に」もなかなか良かったが、「セクシー」もけっこう好きだ。「セクシー」の主人公の若い女性は、偶然知り合った男と不倫関係に陥るのだが、一方で友人から夫が不倫に走った妻の話を聞かされる。彼女の中では恋しさや悲しさ、やりきれなさや虚しさなんかが渦巻いているはずだが、ちっともドロドロした感じはなく、どこまでも淡々としている。喜怒哀楽、感情の起伏をベールで覆い隠しているかのようだ。それが作者の特徴なんだろうけど、どの話も淡々とし過ぎて印象に残らないと言えば残らないような・・・気もする。
 内容とは関係ないが、カバー見返しの作者紹介の写真を見たらすごく美人だった。どんな人なんだろうと興味が湧く。そういうところは妙に印象に残ってしまうんだなあ。

 
  高橋 美里
  評価:AA
   今月イチオシ!の一冊。
恋愛や結婚を題材にした作品の多い中で私のオススメは「神の恵みの家」。
新居に引っ越したばかりで掃除や洗濯に明け暮れていたある日、彼らはレンジの上の棚からキリストの置物が出てきた。それをきっかけに、家のあちこちからキリスト教に纏わる置物やらポスターばかり出てくる。自分の持つ宗教とは違うのに彼の妻はそれらを眺めては楽しんでいる。そんな彼女を見ながら、夫である彼は自分に問い掛ける。「果たして本当に愛して結婚したのだろうか?」
・・・・どの作品も「はっ」とさせられるくらい、みずみずしい文章と言葉ばかり。是非是非読んでみてください。

 
  中原 紀生
  評価:AA
   短編小説を読む愉しみのすべてが凝縮されている。(といっても、「短編小説を読む愉しみのすべて」を語れるだけの経験があるわけではないけれど。)なんといっても、文章がきりりと引き締まっていて、人物の陰翳がくっきりと描き分けられている。無駄はないのに、何かしら語り尽くせぬ余剰があり、それが深い余情となって読者の脳髄のなかでひとつ鮮烈な像を結ぶ。幸田露伴は、俳諧とは「異なったもののハルモニイ」だと語った。短編小説を読むということは、たぶんそういうことなんだろうなと思う。(もちろん、俳諧と短編小説とでは文学的感興の種類は違うけれど。)──収められた九編は、いずれも絶品。個人的には「セクシー」が印象に残った。「セクシーって、どういう意味?」「知らない人を好きになること」。少年のこの答えは、ミランダの「素肌の下へしみこむような言葉だった。デヴの言葉もそうだったが、いまは火照るというよりは冷たく麻痺しそうだった」。たった一つの言葉で、不倫の愛の始まりと終わりを語り尽くす。こんな鮮やかな短編は、これまで読んだことがない。

 
  渡邊 智志
  評価:B
   性別不詳。女性の書き手なのに、男性の視点がずいぶん生々しく描かれています。クワバラクワバラ。読み飛ばしてしまいそうなほんの一言が、ゾッとするような怖さを感じさせ、果ては「読まなきゃよかった…」と後悔に至るほど。一行も要さずにヒラリとかわされ、いつの間にかざっくりと斬り落とされます。短編ならではの妙味、と言えばそれまでなんだけれど、読者を裏切るのを楽しんでいるみたい。予定調和を期待する?読み手の気持ちを弄ぶかのような作風で、嫌味ったらしい気もするのですが。学校の国語のテストでこの小説が出題されたら、出題者も回答者もあちこち翻弄されて、百点の基準が定められないような、そんな多面性に満ちています。ただし、これが面白いかというと、必ずしも面白くないところもあり、小説とは鋭敏な感覚で事象を切り取ってみせるだけでは成立しないんだな、と穿った見方をしてしまいました。このままの雰囲気で長編も読みたいです。