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勝手に目利き
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手紙
手紙
【毎日新聞社】
東野圭吾
定価 1,680円(税込)
2003/3
ISBN-4620106674

 
  大場 利子
  評価:B
   犯罪者を取り巻く家族の物語。三浦綾子著「氷点」を思い出した。許しが大きなテーマだった。東野圭吾はどうくるのか。
 惹句「あなたが彼ならどうしますか?あなたは彼に何をしてあげられますか?」と、物語の中、ずっと問いかけてくる。自分はどうなのか、どうするのか。自分が想像するより遥か遠くに、この物語はあった。ここまで、考えが及ばなかった。正解があるわけでなし、現実は絶対こうなのだとも言えない。「氷点」で一つの考え方を提示されたように、「手紙」でも。知ることが出来て、良かった。
●この本のつまずき→大きく翼を広げた鳩が手紙を運ぶ装画。安直。

 
  小田嶋 永
  評価:A
   東野圭吾の作品の特徴は、その登場人物がストーリーの中で生きていっているのが感じられることだと思う。本作品は、無計画な犯行から強盗殺人を犯し服役することになった兄をもつ主人公が、犯罪者の身内という差別を受けながら、自立した生活を求める苦悩を描いている。毎月1回、刑務所から送られてくる兄の手紙。その手紙は兄弟に残された唯一の絆であるにもかかわらず、弟の生活に陰をおとす。「馬鹿野郎、何を呑気なことを書いてやがる」 事実を隠すことも、告白することも、自らの生活に何らの希望ももたらさない。アルバイトを追われ、恋人と別れざるを得なくなり、偶然発見した音楽への夢も断念した。弟は兄を恨み続ける。どうなってしまうのだろう、弟に将来はあるのか、と思わずにはいられない物語として読ませる。プロットがあるとしても、ストーリー展開が主人公の生きていく過程をなぞっているかのごとく、読み進められるのである。ミステリという範疇がすでにあいまいになってきていることもあるが、この小説が「ミステリか否か」とか、「ミステリを超えた」などというのはナンセンス。推理やサスペンス不用の、ストレートな物語として読んでもらいたい。

 
  新冨 麻衣子
  評価:A
   自分の大学資金のため、体を壊した兄が強盗をはたらいた。予想外に家人に見つかってしまった兄は殺人という罪を重ねる。強盗殺人罪という重い罪を背負って服役する兄。殺人犯の弟というレッテルを貼られた主人公・直貴。
 獄中から届く手紙から漂う兄の穏やかな様子とは裏腹に、直貴は事件のせいで屈辱的な人生を歩むこととなる。「なぜ兄のせいで自分がこんな理不尽な扱いを受けなければならないのか」と悔しさをつのらせ、兄の存在を自分の人生から消してしまいたいと思う。だが一方で、自分のために罪を犯し、毎月律儀に手紙を送ってくる兄を憎みきれない。
 本書のテーマは<繋がり>である。兄との繋がり、友との繋がり、社会との繋がり。選択肢は少なくても、少ない繋がり大事に人生を模索する直貴の姿に胸がうたれる。ま、このあらすじだったらわかると思うけど、ラストは泣けます。

 
  鈴木 恵美子
  評価:A
   警告!思わず目の奥ツンとくるので、涙顔見られたくない人は電車の中とか、人目のあるところで読むべからず。 30年も昔のことだが浅間山荘の事件の時、たてこもったメンバーの家族の中に自殺してしまった父親もいたのを思い出した。あの頃に比べれば人権意識は向上し、個人優先の世になり、家族制度は今や崩壊寸前のはずにも関わらず、犯罪者と家族は一蓮托生的に有形無形の疎外を受ける事実はなくなっていない。たった一人の家族である兄が犯した強盗殺人の罪のために18歳の少年が、差別と孤独と貧困を乗り越え、必死に自立し新たな絆をつかもうとする。そのためには過去を、兄との関係性を断ち切りたい。そんな彼の心も知らぬ気に獄中からの兄の手紙は続く。返事も書かずねじり捨て、手紙が届かないよう引っ越しまでする彼にかわって、手紙を送っていたのは…。自分を差別し貶める社会に逆ギレしないで耐え、自分を支えてくれる存在に気づき、やがて犯罪被害者の側の心情に思い至る。そして恨んでいた兄を否定しきれない感情に気付くクライマックス感動的である。

 
  松本 かおり
  評価:AA
   著者が直貴に選ばせたこの結末、私は全面的に支持したい。強盗殺人犯だってつらいんです、暖かい家族愛こそすべて!な〜んていう人畜無害安易啓蒙路線に納まろうものなら、読んで損した!とさぞかし腹が立っただろう。「よくぞ書いてくれました!」と思わず叫びたくなる力作である。
 兄・剛志が強盗殺人で服役して以後、直貴は社会の壁に直面していく。兄が殺人犯と知られるたびに夢は絶たれ就職は失敗、恋人さえ失う。しかし、ある会社での人事異動をきっかけに社長と会い、再生へのきっかけを掴む。
「我々は君のことを差別しなければならないんだ。自分が罪を犯せば家族をも苦しめることになる――すべての犯罪者にそう思い知らせるためにもね」。誰もが薄々感じながらもなかなか言えないことを、あえて語る平野社長に心打たれる。直貴との2度の対話場面、ここを熟読玩味せずしてどこを読む。

 
  山内 克也
  評価:AA
   過去の作品『秘密』『白夜行』のように、主人公たちが、重い影を引きずりながら生きていくストーリーは著者の十八番。ただ、毎回テーマをガラリと変え、読了感はまったく違ってくる。今回は強盗殺人犯の兄を持った弟が社会で生きる姿を描く。罪を償う意味で兄は服役先から手紙を弟へ書き続けるが、兄の「罪責」は「世間の差別」という形で常に弟へ降りかかる。やがて、唯一の家族である兄の存在を消し、自らを卑下しながらも社会に生きようとする弟の内面の変化に、やるせなせだけが残る。ただ、仮に身内に犯罪歴のある者がいて、社会への説明をどうすべきかと考える際、小説の中で弟がとる行動は妙に現実的に思われるのだ。物語の終盤、真の「罪責の意味」を、弟は兄にぶつける。そして、兄の取った行動は…。最後の1ページは目を潤まさせた。

 
  山崎 雅人
  評価:B
   家族は第二の犯罪被害者なのか。強盗殺人で服役中の兄を持つ弟は、見えない壁に閉ざされ、孤立無援の生活を余儀なくされる。人生の岐路で重くのしかかる兄の存在。絆は守られるのか。本書は、加害者の家族の生き様を、するどく追求した野心作である。
 直貴は犯罪者の弟という呪縛に翻弄される。差別。離れていく人たち。才能を発揮する機会すら与えられない現実。純粋な心に刻まれていく、深い傷跡が痛々しい。消耗し続ける暮らしの中で、希望を失いかけながらも、絶望はしない強さに胸を打たれる。
 はい上がり、落とされることの繰り返し。非情で残酷な社会の、暗黙のルール。人間の醜さと弱さの影で生まれる愛と友情が、絶妙なバランスで見事に描きだされている。
 家族を守るために綴った手紙。新たな人生の始まりを告げる終章は、もはや涙で読み進むことができない。ゆるしの意味を考えさせられる、感慨深い作品である。