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勝手に目利き
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ブラック・ウォーター
ブラック・ウォーター
【早川書房】
T・ジェファーソン・パーカー
定価 1,890円(税込)
2003/2
ISBN-415208474X

 
  大場 利子
  評価:B
   暗い。とにかく暗い。どれくらい暗いかと言うと、オレンジ郡が舞台なのにそこになるオレンジの実は黒いと思えてくるほどだ。しかも、シリーズ三作目で前二作はまだ未訳で、なぜそんなに主人公の女性刑事が苦悩しているのか分からないから、暗闇は暗いまま。その女性刑事をもっと知りたいから前作も読みたかったのに、未訳とはなんだとーだが、本書を読む時はそれほど騒ぐことではない。
暗いのは暗いまま、そこに自分も埋もらせて、女性刑事のそばにぴたりと張り付いて読み進め、楽しめた。
 ●この本のつまずき→『ダークライン』の著者近影と、『ブラックウオーター』の著者近影の共通点。双方共通事項の「MWA賞」のトロフィか。おもしろい顔の人形が写っている。

 
  小田嶋 永
  評価:B
   シリーズの3作目から翻訳本を出すというのは、いかがなものか。たとえば、タイトル。1作目"blue"、2作目"red"を受けての「ブラック」なのであるが、これはたいした問題ではない。主人公・マーシ・レイボーンのヒロイン度が、この作品・シリーズのかなりのウエイトを占めているからである。マーシの刑事としての誇り、母親としての愛情、女性としての魅力だけでなく、過去の不幸な出来事による苦悩が、これまでの本シリーズの主要なプロットになっている、と推し量ることができる。主人公他、登場人物の人物造型、人間関係・背景を踏まえるには、「訳者あとがき」だけでは、基礎知識としては不可欠であっても、彼らの感情に添うことには無理がある。前2作が読めれば、相棒のサモーラや他の刑事たちとマーシとの関係の展開もより楽しめるはずだったのに、と思わずにいられない。本作品は、妻を殺害し、自殺を図ったとされる刑事・アーチーの無実を信じマーシは捜査を進めるが、アーチーは自ら犯人を追うため姿を消す、というストーリー。惹句に「注目度最高のクライム・サスペンス」とあるが、『サイレント・ジョー』が好評を博したので、続けてその最新作を、という版元の意図はわからんでもないが、『サイレント・ジョー』がうけたのもヒーロー小説としての秀逸さがあったからではないか。

 
  鈴木 恵美子
  評価:C
   人も羨む若くてリッチな美男美女のカップル、妻の誕生日のサプライズパーティの翌未明、頭に銃弾を受けた夫の手には妻を射殺した拳銃と硝煙反応が…。事件担当の女性刑事マーシーは、かって同僚を告発した事で保安官事務所を二つに分裂させ男社会の敵意と反感のただ中にいる。誤認捜査は自らの命取りにもなる危機の中、状況証拠から単純な無理心中と断定し夫の逮捕を迫る検察側やマスコミをかわし捜査を進めるうち、疑惑の真犯人像が明らかになるのだが…。その犯人像が余りにアメリカ的で、粗雑。それに加え、自分の生活を破壊した敵には、どんな残虐な報復でも許されると言わんばかり「アメリカの正義」が見え透いて嫌。それに、マーシーってキャラに何か違和感感じたんだよね。最初は訳のせいかなって思った。今時の30代の女は敵の多い職場で、「でしょ」「わね」「なのよ」
といった女言葉的語尾を頻発したしゃべり方をしないから。でも最後まで読んでわかった。マーシーは斎藤美奈子のいう「紅一点論」的女。一人の女友達もいないかわりに男社会で「いい女」してる、アメリカ男にとって都合のいい女かも。

 
  松本 かおり
  評価:A
   『サイレント・ジョー』の感動よ再び!というわけで、楽しみにしていた本作品、期待以上の充実作でヨカッタヨカッタ。事件捜査と復讐劇が同時進行する展開もスリリングだが、なにせ主人公のマーシ・レイボーン巡査部長が気持ちのいい女性なのだ。
 不利な証拠も覆す「一度つかんだら放さない性格の持ち主」でパートナーのサモーラ刑事とのコンビは息ぴったり、「ふたりの逮捕率は課でも最高で、84パーセント」の有能ぶり。今回も緻密な徹底捜査で、被害者カップルの意外な人間関係を探り出す。しかも、ひとり息子を心から愛し可愛がるシングルマザー。「ティムって誰の子?」「ヘスって誰?」など、最初はシリーズ3作目から入ってしまったがゆえの戸惑いもあるが、それがまたマーシという人間への興味をかきたててくれる。
 本作品によって熱烈なマーシ・ファンの誕生確実、ぜひ前2作も邦訳を願いたい。今までタイトルに使われた色が青、赤、本作品が黒。次回作は緑か黄色かあるいは白か。色予想はハズレても、内容は大当たり間違いなしっ!

 
  山崎 雅人
  評価:B
   ワイルドクラフト邸で殺人事件が起きた。妻グウェンはバスルームで射殺され、夫アーチー保安官補は、瀕死の重傷で発見された。無理心中の線で捜査は進行する。証拠もアーチーに不利だ。しかし、動機が見当たらない。アーチーの妻への愛を信じて、マーシ・レイボーン巡査部長の、信念の捜査が続く。
 著者の代表作『サイレント・ジョー』が動だとしたら、本書は静である。躍動感よりも、きれ味の鋭さがひかる作品だ。地道な捜査と、慎重な推理がさえわたる。
 地味な展開だが、伏線の配置のうまさで、最後まで飽きさせない。きりりと引き締まった描写が、中だるみすることなく続く。そして、緊張感の高い捜査の合間に描かれるマーシの私生活が、肩の力が抜けていていいのだ。
 愛する妻を失った男の執念と、アメリカの強い女性の意地が全編を貫く、あつく硬派な物語である。読後はれやかな、良質な推理小説を思う存分堪能したい。