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プラネタリウムのふたご
プラネタリウムのふたご
【講談社】
いしいしんじ
定価 1,900円(税込)
2003/4
ISBN-4062118262
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  大場 利子
  評価:B
   「けれど月あかりは、星を見るのにちょっと邪魔っけですね。月には、しばらくのあいだ、かくれていてもらいましょう。なにしろ今夜は、みなさんを太陽系の外、銀河をとびだしたそのずっと先の宇宙のはてまでお連れするんですからね。では、東をごらんください」。思わず東を探す。明るいライトの下でこれだ。こんな調子で、物語の中に埋まっていった。見事にはてまで連れさられた。
 ふたごの一人、タットルが好きだ。「この世の誰かと誰かが遠くでつながっている証にほかならなかった」と郵便を、配達をするタットルが好きだ。 
 ●この本のつまずき→おそらく著者の手書きで作られた、感想を書く葉書。名前住所に交ざって、『あなたの「光のかけら」はどんなことですか』。本書と関係あるのか。読み逃したのか。

 
  小田嶋 永
  評価:AA
   いつまでも読んでいたい、この話がいつまでも続くように、と思わずにいられない小説だ。ふんわりとした文章である、あたたかくやさしい言葉である。安易な比較で恐縮だが、宮澤賢治の物語を彷彿させる。山間の村にあるプラネタリウムで、捨て子だった双子は、「泣き男」と呼ばれるプラネタリウムの解説員に育てられ成長していくが、生まれながらに数奇な運命をもっていたのか、14歳の夏の新月の夜を境に、ひとりは手品師一座にまぎれて村を離れ、ひとりは郵便配達をしながら「泣き男」の後継者となる。ふたごのテンペルとタットル、泣き男、村の人たちに、楽しいことも、悲しい出来事も起きる。彼らは、プラネタリウムの闇に悲しみも喜びも溶け出していくかのように、それぞれがそれぞれの人生を受け入れ生きていく。ぼくたちの現実を、この小説世界に重ねることはできない。しかし、こういう世界に、読んでいる間だけは溶け込んでいくことができる。彼らの生き方に寄り添うことができる。そしてそれは、ぼくたちに、希望をもたせてもくれるのである。

 
  新冨 麻衣子
  評価:AAA
   こんなにもすてきなものがたりに出会えたことに感謝したい。大人のための、こころあたたまる寓話。
小さな村のプラネタリウムで育ったふたごのテンペルとタットル。まるでひとつの人生を分け合うかのごとく、ぴったりと寄り添った子供時代からやがて、ふたりはそれぞれのみちを歩きはじめる。ひとりは世界を旅する手品師として、ひとりは生まれ育った町の郵便配達夫として。ふたりはどんなに離れていても夜空の下でつながっている。そしてだれでも手品を使ってまわりの人々を幸福にしている。そんな優しいものがたりが胸にじんとくる。ふたりを育てた泣き男、手品師のテオをはじめ、脇役もみなこころのやさしい人ばかり。ラストは泣けます。

 
  鈴木 恵美子
  評価:A
   プラネタリウムの天球に輝く星々のように輝く言葉がちりばめられている。
そう、手が届きそうで届かない天球の運行をしばし身近に引き寄せて、人知を超えたその謎や神秘が、手に取るように語られるプラネタリウムのような物語。
三方を化学工場に取り巻かれ、煙突の煙と、残る北側の山から立ちこめるもやで☆の見えない村の数少ない娯楽の場、プラネタリウムに捨てられたふたご。二十年も前から一日六回ゆっくり天体の運行と神話を語り続ける解説員、泣き男に育てられ成長したテンペルとタットルは美しい銀髪の少年達。テンペルは手品師一座の一員となって村を離れ、タットルは村の郵便配達をしながら父を助け、独自の演出で星を語るようになる。テンペルの師一座の座長の手品論は、文学にも、他の芸にもひょっとしたら人間存在の本質にも通じるものがあってはっとさせられる。そして禁漁区の北山が工場拡張計画で破壊されようとするのに一人で立ち向かおうとするタットルの秘密は…。彼に助けられていたはずの盲目の老女が彼を助け導きすべてをきれいに片づけていく様は余りにお見事!だが双子座の神話のようなふたりの定めは悲しすぎる。

 
  松本 かおり
  評価:A
   いつか見た満天の星空に想いを馳せながら、心優しきふたご・テンペルとタットルと、しばし「現実」を離れて不思議な世界へ……。テンペルはやがて旅回りの手品師一座に加わって人気者となり、タットルは村の郵便配達をしながらプラネタリウムで星の物語を紡ぎ続ける。
 ふたりの原点は「星の見えない村」だ。村の名前が出てこないだけでなく、どこの国のどのあたりの村なのかも明かされない。人名すら必要最小限。ふたごの父さんでさえ「泣き男」だけ。「なんだ、童話じゃん」なんて野暮は言いっこなし。読み手しだいでいくらでも、思う存分にイメージを広げて遊ぶことができる、縛りのないこの気持ちよさは特筆もの。
 ひとの中にある善きものを信じ、弱さやもろさを丸ごとふんわりと包み込むような著者のまなざしにも励まされる。「どんなかなしい、つらいはなしのなかにも、光の粒が、救いのかけらが、ほんのわずかにせよ含まれているものなんだよ。それをけして見のがしちゃならない」。たとえばこの一文だけでも、この物語を忘れがたいものにするには十分だ。

 
  山崎 雅人
  評価:A
   星の見えない小さな村のプラネタリウムで拾われたふたご。テンペルとタットル。ひとりは村をでて魔術師になり、ひとりは村に残り、泣き男とともに星の語り部となった。彼らを待ち受ける運命は、幸せに満ちあふれたものではない。降りかかる悲劇。それでも物語は温度を保ち続ける。あたたかく、やわらかく全身を包み込んでくれる。悲劇さえも、人々をしあわせに導く道しるべとなる。
 罪の償い方。幸せの運び方。運命の意味。彼らはまっすぐに生きるための基本をすべて教えてくれる。我々は目を閉じて、その言葉の意味をかみしめる。そして、幻想的な物語に吸い込まれた魂は、ふたごの住む村へゆっくりといざなわれていくのだ。
 その村で彼らと見あげた夜空には、希望の光をはなつ星々が燦然と輝き、かっさかさのこころはじんわりといやされていく。読後、心地よい波紋がどこまでも広がり、いつまでもこころに残る、ピュアな童話である。