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勝手に目利き
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スパイたちの夏
スパイたちの夏
【白水社】
マイケル・フレイン
定価 2,310円(税込)
2003/3
ISBN-4560047634
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  大場 利子
  評価:C
   一生懸命読んだ。
中等学校に上がる前のキースとスティーヴン。彼らはスパイ。さて誰をスパイするのか。彼らが動き回る景色は、自分の周りにはないもので、匂いまで強烈に漂ってくるようだ。物語は心躍るもので、ラストに向かう時、急がずにはいられない。
 それなのに、最後まで文体に馴染めないまま、リズムに乗れないままだった。きっとこういう文体こそが、物語のリズムを作り乗ってくるものだと言う人もいるだろう。だが、私は苦手だった。どうしても、つまずいてしまう。誰が悪いって、自分が悪い。
 ●この本のつまずき→文体そのもの。

 
  小田嶋 永
  評価:B
   物語の語り手は、60を過ぎたスティーヴン。少年時代に暮らしたロンドン郊外のクロース(袋小路)と呼ばれる街路を再訪し、そこにかつての自分の姿を回想し、それがあたかも「現在」となって語られるというスタイルをとっている。第二次世界大戦下にもかかわらず比較的平穏な生活の中、「ぼくの母はドイツのスパイだ」という友人キースの言葉に興奮し、二人の「スパイごっこ」が始まる。大人たちの秘密に少年特有の好奇心から近づくことは、やがて思わぬ真実を突きつけられることになる。ミステリ以外のイギリス小説に触れる機会が少ないぼくが言えることではないのだが、ノスタルジックな味わいはもちろん、緊張感もある。そしてミステリ度も高く、こういう作者・作品がイギリスにはあるのだなあ、というのが率直な感想です。

 
  鈴木 恵美子
  評価:B
   香りが記憶を呼びさます。老人はその心を乱す香りに誘われて、第二次大戦中の夏の日の少年にかえる。イギリス郊外の袋小路に立ち並ぶ静かな住宅街に住んでいた彼は「私たち一家の生活には何か惨めなところがある」と感じ、何かよくわからない禁止、大人の謎がある家が居心地悪く、我が家と違い「完全無欠」と感じられる近所のヘイワード家に入り浸る。ドイツ兵を五人も殺した英雄的な父と優雅な母を持つキースに対して、友達と言うには余りに追従的な関係になる。爆撃された屋敷の生け垣の茂みを切り開いて作ったキースと彼の秘密基地での、秘密の誓い。そこを見張り場として「ドイツ軍のスパイを監視する」彼らのスパイごっこは、当然無邪気なものでは終われない。大人の世界の謎から閉め出されている子供達のいらだちや緊張、そして復讐のような感情から始まったスパイごっこの中で、彼ら自身がどんどん追い込まれていく。自分の弱さや無力それ自体が罪になるような現実に直面し、事実と秘密が沸騰し合う胸の内を決して人に語れないで泣いている少年の姿が愚かしくも切ない。

 
  松本 かおり
  評価:C
   「誰も説明してくれなかった事柄があった。誰も口に出しさえしなかった事柄があった。いくつかの秘密があった。そうした事柄を今、白日のもとに晒したいのだ」。齢60を越えた老人スティーヴンは少年時代の「スパイごっこ」の記憶をたどり、整理していく。当時の弱気な泣き虫の自分を観察し、行動や言動に解釈を加え、50年前の曖昧さを今、明確にしようと試みるのだ。
 この「ごっこ」がまた、子供が大人のすることに首を突っ込むとロクなことにならない、という好見本。スティーヴン少年のウブさはそれなりに面白いけれど、要領の悪さにイライラすることも。また、過去のことだというのに現在形の短文を積み重ねる語り口は、少々くどい。 
 第二次世界大戦中のイギリスとドイツの関係や、当時のスパイの重要性や社会的位置づけなどを知っていれば、事情がわかってもっと別な印象をもったかも。アイデンティティ喪失の話?と悩んだ。

 
  山内 克也
  評価:A
   第二次世界大戦時。ロンドン郊外の町で繰り広げられる少年2人によるドイツスパイを捜し出す「スパイごっこ」。そのたわいない戯れが、町に住む人々の秘事を、薄皮を一枚一枚はがすように露わにしていく。戦時下という特殊な雰囲気の中で生きる人々の緊迫感がひりひりと伝わってくる。
 本文は基本的に一人称だが、ときどき語り手の名前「スティーヴンは…」との三人称で書き始める場面もあり、主人公の遠い少年時代の追憶をうまく表現している。タイトル自体、ミステリっぽくはあるが、時代に圧迫された少年の憂いを中心に描かれ純文学の要素が強い。結末では「ドイツのスパイ」の真相が二転三転し、ここでミステリ的な手法を用いて結びを締めている。

 
  山崎 雅人
  評価:C
   「ぼくの母はドイツのスパイだ」この一言に触発された少年たちは、スパイごっこに夢中になった。少年たちの無邪気な遊びはやがて、大人たちの秘密の扉を開くこととなるのだ。そして、すべてが終わりを迎えたとき、主人公は、思いもかけぬ真実を目の当たりにする。
 しぐさや息づかいまで丹念に記述した精緻な描写は、読みにくいのだけれど、じっくりと読むと、まったく知らない英国の風景が、まるで隣の空き地であるかのように目前に広がってきて、風景散歩を愉しむことができる。
 しかし、細密なぶんテンポが悪く、流れにのることができなかった。少年たちの息の詰まるような冒険が、スローモーションで再生されているかのような感じなのだ。ノスタルジックを強調するための手法なのかもしれないが、もたもたした感じは自分好みではない。
 それでも、プロットは工夫されているし、シュールな結末もいかしていて、読みごたえのある良作だと思う。