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勝手に目利き
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葉桜の季節に君を想うということ
葉桜の季節に君を想うということ
【文藝春秋】
歌野正午
定価 1,950円(税込)
2003/3
ISBN-4163217207
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  大場 利子
  評価:A
   ミステリだ。しかもよく意味は知らないが本格ミステリだ。用心に用心、それに越したことはないと十分に用心を張り巡らせて、そこまでしたのに、まんまと引っ掛かり、目玉はとび出る、ウソ…と声に出す、面目ない。
 「健康に関する講演会と健康関連商品の無料体験会が近所のホールで行われるという。来場者にはもれなくアルカリイオン水がプレゼントされるという。」この手のものを最近町や広告で見かてはいたが、こんなことになっていたなんて……という物語。すぐ田舎の両親に知らせなくては。 
 ●この本のつまずき→巻末の補遺。読まないと損をする。

 
  小田嶋 永
  評価:A
   ミステリを読むとき、謎解きにかかわりそうな記述を確認しながら、整合性を頭の中でとりながら読むだろう。そういう読み方をされることを承知で、その上をいくのがミステリの真骨頂だ。作者が手札をすべて見せていること自体がすでにトリックであり、「本格」の「本格」たるゆえんだろう。本作品で、ぼくは「ある事柄」に注意を配りながら、読み進めていった。それは、確かに間違った追い方ではなかった。にもかかわらず、終盤において「えっ!?」と思い、ページを繰り戻していった。うーん、齟齬はない。そしてすばらしいことは、この「謎」を知ったうえでも再読に耐える、なんてものじゃない。ハードボイルドとしてのいっそうの味わいができるという離れ業を見せるのである。

 
  鈴木 恵美子
  評価:A
   想像力で読ませる小説ならではの仕掛けがお見事。上手くはめられてしまいましたよ。ご丁寧に補遺までつけて、「嘘じゃないでしょ。勝手に思いこんでいただけでしょ。」なんてとこも小憎いわぁ。「源氏物語」の蛍の巻、玉鬘が物語に夢中になってるのを「わざわざだまされようと、嘘を承知でつまらぬ話にうつつを抜かしてる」などと源氏がからかうところがあるけれど、千年の昔も今も、上手にだまされる楽しさには変わりないわけね。「だまし」は私たちの発想の盲点をつき、日常性のなかで硬直した精神に打撃を与え、自分のバカさに自らはっと気付くように仕掛ける。「目から鱗」感で私たちをリフレッシュさせてくれる。そう、人を勝手にバカ扱いする傲慢な奴や社会には怒れるけど、自分でバカと気付かせてくれる上手な仕掛けは、なかなかのものと感心するってわけね。もちろん、主人公成瀬将虎の自由気ままにやってるようでも、ちゃんと人のお役にもたってるとこ、可愛げあるしシブイし。霊感商法詐欺から、ヤクザの切り裂き死体事件の謎、知り合いの娘探しとひたすら軽快なフットワークでサービス精神満点。

 
  松本 かおり
  評価:A
   イヒャー、ウッソー、マッジー。「ヤラレター!!」。思わず叫んでおりましたワタクシ。お見事としかいいようのないこの展開。オビの「最後の1ページまで目をはなすな!」の意味がわかりましたわ……。豪快な仕掛けに完敗、まいったなぁ、と頭カキカキ苦笑状態なのだ。
 主人公の成瀬は、あるときはガードマン、あるときはパソコン講師、またあるときはエキストラ、と三つ四つの顔を使い分ける怪しげな男。のっけから「仕事が出来る人間は遊びも上手だといわれるが、それは俺のためにある言葉といえよう」な〜んてカマしてくれる。なーに気取っとんじゃこのニイちゃん、と思わずツッコミ。今にして思えば、ここから既に、私は著者の術中につるつるっとはまっていたわけだ。グヤジイ。
「桜の花は本当に散ったのか? 俺の中ではまだ満開だ」。成瀬将虎のキメ台詞、これがいかに粋でシブイか読めばわかる。読む前と後で、これだけ世界の見え方が激変する小説は滅多にないぞ。

 
  山崎 雅人
  評価:C
   女好きの元探偵、成瀬将虎は、霊感商法がらみの保険金殺人に巻き込まれる。謎解きを中心に、複数の物語が同時進行で語られる。過去、友、恋、すべての出来事が、時間と空間を超え、事件に向かって集約されていく。
 そして、全てが解きあかされたとき、隅々まで張りめぐらされた伏線の数々に気づかされ、他に類を見ない大胆で鮮やかなトリックに、驚愕することとなるのだ。
 十分に吟味されたプロットがからみあう、凝った展開にも関わらず、テンポ良くすっと読めてしまう。その上、物語の最初から落ちを忍ばせ、たくみに隠し通しているのだから見事である。著者の力量を感じる。
 ぐんぐん引き込まれ、いっきに最終章になだれ込む。やられた、と膝を叩いてしまう結末は、確かにおもしろい。しかし、最後を飾る謎としては弱いし、苦しい感じがする。もう一歩ふっきれると傑作になるであろう。全身謎に包まれた、変則本格推理である。