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奴の小万と呼ばれた女
奴の小万と呼ばれた女
【講談社文庫】
松井今朝子
定価 730円(税込)
2003/4
ISBN-4062737302

 
  池田 智恵
  評価:B+
   奴の小万と呼ばれた女、主人公のお雪にとって、自分らしく生きてゆくことは困難だった。彼女は、江戸時代に上方で生まれた実在の人物である。「くわっと熱くなる思いがしてみたい」と思っていた彼女は柔道が好きで、しかも強かった。最初に好きになった男は、浜仲仕と言って、低賃金労働者だった……。
 江戸の世にこれでは、生きてゆくのが困難にならないはずはない。お雪が生き生きと動き回り、自分自身に忠実に生きようとすればするほど、社会とのズレは大きくなる。一歩間違えばうんざりしかねない骨組みだ。しかし、作者はお雪に自らの「生きづらさの原因に気付く聡明さ」と、「女性的なみずみずしさ」を与えた。懸命に生きるお雪は時に痛々しくもあるけれど、なによりかっこよくて嬉しい。
 それにしても、最終的に彼女が選んだ結論を、男性だったらこういう風には解釈しなかっただろう。そこに浮かび上がる作者自身の意志に、軽い共感を覚えた。

 
  児玉 憲宗
  評価:A
   大阪で屈指の豪商の娘で、終生嫁がず、数々の伝説だけを残した「奴の小万」こと木津屋お雪。豪華な振袖を身にまとい、腰元を大勢引き連れて、どこから見ても立派な大所の御寮人だ。この御寮人がこともあろうか男に堂々と喧嘩を売り、腕をへし折るなどの大暴れをするのである。「型破り」とはお雪のためにあるような言葉だ。確かに、封建時代の世の中に生まれたことが気の毒だったと言えば言えないことはない。しかし、お雪は、世間の目を憚らず、まわりの心配をよそに好き勝手に生きている。わがままには違いない。けれども、怖いこと、哀しいこと、つらいことに決して逃げることなく、真っ向から立ち向かい、そして乗り越え続ける。まさに男以上の強さと潔さを兼ね備えた豪快な人である。だからこそ、祖母をはじめ、黒船の御仁、里恭先生、人生をともにした二人の腰元など多くの人に愛されたのだろう。
 時代に翻弄されたのではない。世の中が「奴の小万」に翻弄されたのである。魅力的な女性のすかっとする生き様なのだ。

 
  鈴木 崇子
  評価:A
   読後感はすかっと爽快、小気味良い小説。主人公は江戸時代に実在した型破りの女性がモデル。何不自由ない大店の娘でありながら、生来の元気者で正義感が強く、柔術を能くし、市中で大立ち回りを演じることも度々。浄瑠璃にも登場して「奴の小万」ともてはやされたりもする。その上、度胸だけでなく、教養も美貌も十分に兼ね備えた魅力的なヒロインだ。
 そんな彼女も到底勝ち目がないと観念するのが「世間様」。その正体は「まっとうな人の生きる道を無心に信じ、かたちだけでも…人並みの暮らしがしたい」と願う多くの人々。しかし、強い敵ほど熱くなるのが奴の小万の身上なのだ。良妻賢母が女の生きる道ではないと言い、危ない恋も悲しい恋も乗り越えて…、わが道をゆく彼女はまっすぐで逞しい。惜しむらくは、そんな彼女の後半生の描かれ方があっさりし過ぎていたことか。

 
  中原 紀生
  評価:B
   出来事に即して淡々と、かつ、メリハリをきかせた叙述が心地よい。なによりも、素材の生きがいい。木津屋の鬼娘・お雪(奴の小万)の剛毅と可憐、後の文人・木村蒹葭堂こと吉右衛門のどこか凄みを帯びた知性の輝き、里恭先生の苦楽を超えた颯爽たる挙措言動、黒舟親仁の威風堂々ぶり、お雪の二人の腰元の溌剌とした野卑、そしてお雪と愛し合った二人の男の末路の哀れさが心に残る。冒頭と終末に古書店の老女(現代に生きるお雪の霊?)を配し、お雪の晩年を史実に語らせ、読者の想像力に訴える構成も素晴らしい。文句なしに第一級の読み物だと思う。とは思うが、なにかもどかしい。快男児ならぬ快女児の胸のすく痛快・爽快な物語への勝手な期待が高まって、お雪と世間──「嘘でも人並みでありたいと願う一人一人が作り出した世間様という名の怪物。何千何万ものからだを持ちながら顔は一つしかない化け物」──との闘いの決着に、物足りなさを覚えてしまうのだ。

 
  渡邊 智志
  評価:B
   “古本屋”というファンタジーの入り口を通過して、物語の中に入ってゆきます。まるで『ネバーエンディングストーリー』みたいです。…でも、どうしてこういう構成にしたのかなぁ? 時代の流れに逆らう女任侠の痛快活劇に胸がスッとする、というお話では足りなかったのでしょうか。前後に現代の語り手のエピソードが差し込まれているのは、小説全体をフェミニズムというテーマでがちがちに固めるためだと思います。この演出のおかげで素直に物語にのめりこめません。知らず知らずのうちに説教臭さを感じてしまうのです。江戸時代のエピソードが充分に破天荒で爽快なので、そこは純粋な(?)の時代小説として楽しんで読み、読後余韻にひたる時に、ちらっと女性の生き方について思いを馳せるだけではいけなかったでしょうか。“非現実な夢物語”風に描かれることによって、むなしさが強く感じられるようになったのは本意ではないでしょうに。面白いだけに残念。