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茫然とする技術
茫然とする技術
【ちくま文庫】
宮沢章夫
定価 714円(税込)
2003/4
ISBN-4480038086

 
  池田 智恵
  評価:A-
   宮沢章夫は一見ささいなことのように思える言語間の齟齬にこだわる。曖昧な了解事項を疑う、と言ってもいい。その了解事項とは例えば、「世の中には二種類の人間がいる」という表現の杜撰さであったり、仲間同士を「ファミリー」と表現することの気恥ずかしさであったりする。これをさらに突き詰めると「イメージや意思の伝達の困難さ」にたどり着き、さらに「ディスコミュニケーション」という主題に到着する。それは戯曲や、芥川賞を逃した(まあ、賞なんて出版社の経営戦略に過ぎないようですが)「サーチ・エンジン・クラッシュ」から見てとれるのだが、それはひとまず置いて。
 エッセイ集でも、その姿勢は貫かれている。ここでは、日常の様々な事象が、彼独特の切り口とうんざりするほどの執拗さで解体される。だから笑えるけど、ちょっと怖い。それにしても、このタイトルはこの人の言語感覚の鋭さと、自分の書いたものに対する客観性を表していてすごい。

 
  延命 ゆり子
  評価:B
   決して嫌いではない。夢中で読んだ時期もあったのだけど・・・何だろ。飽きた?すごく面白いだけに、この芸風(?)に慣れすぎてしまって、更なる面白さを期待しすぎてしまうのだろうか。私の中では土屋賢二とかぶるものがある。フザけすぎててちょっと痛いようなところ・・・。おもしろエッセイってさじ加減が難しいなァ。でも決して嫌いじゃないんです!愛のムチで評価B!!(誰・・・?)

 
  児玉 憲宗
  評価:B
   今度は、「茫然とする技術」ときた。宮沢章夫さんの著書は、彼岸からの言葉、牛への道、よくわからないねじ、牛乳の作法など、意味不明のタイトルが多い。
 本書は、さまざまな分野の雑誌に連載されたエッセイをまとめたものだが、しばしば宮沢さんは茫然とする。さまざま問題にぶつかったり、疑問に感じたりして、そして茫然としている。それらの問題はいずれも読者(この場合、わたし)にはどうでもいいことにしか思えないのだが、宮沢さんは、解決したり、克服するためにいろいろと考え、行動を起こす。そして結局、何も解決もせず、克服もしない。かといって、落ち込みもしないし、新たな解決の方法を求めもしない。こうして、毎度毎度、フェイドアウトするようにエッセイは終わるのである。そして、今度は(おそらくすべての)読者が茫然とするのである。

 
  鈴木 崇子
  評価:B
   歪んでるとはいわないが、ねじれている。著者は好奇心と羞恥心の強い人なのではと思うのだが…。独特の感性と視点から描かれたエッセイ。
 普通の人々、いや一般的な人々、いや少なくとも私は「へ、そんなことが、そんな風に、気になるの〜?」と思う。「でも、そう言われれば、そうかもねえ」とも思う。 何げなく使っている言葉の持つ、微妙なニュアンスやイメージ。日常では流してしまうような、よくある状況やよくある感情。非常に繊細かつ特異な触覚で、それらをつまみ出し、虫メガネで拡大して見せられているよう。
 「そんなことどうでもいい」のか「実はけっこう重大」なのか(考えてるうちによくわからなくなってくる…)、境界線上を漂う不思議なエッセイ。

 
  高橋 美里
  評価:B
   遊園地再生事業団、という劇団プロデュースをしている著者。劇団や舞台作品しか知らなかったので、エッセイという文章を読んでこういう文章書くのか、と。
松尾スズキ・平田オリザ・別役実さんのように、言葉を操るということを仕事にしている彼らの文章は面白い。舞台で見る特有の間のようなものがあるのかもしれません。(そういえば、本書の解説は松尾さんですね)読んでいると時々含み笑いをしてしまいそうになります。油断ならないエッセイでもあり、一度読むと癖になるかも。実際、この本を読み終えたあと、仕事帰りに「わからなくなってきました」(新潮文庫)を買ってしまった私です。

 
  中原 紀生
  評価:B
   なにしろタイトルがいいですね。カバー裏の「脱力感みなぎる71篇」という評言も秀抜です。力が抜けて脱臼し、関節がはずれる感じがうまく表現されています。脱臼とか関節はずしというと、かのジャック・デリダの脱構築が思い浮かびます。筒井康隆の「関節話法」(『宇宙衞生博覽會』)は、文字どおり関節を鳴らして異星人とのコミュニケーションを図るという趣向でしたが、宮沢章夫の関節話法は、世界の根源にある力がぎくしゃくと軋み、狂気すれすれの世界が現出するその様を、ほとんど狂気そのものの精神でもって描写し尽くします。(脱構築とはつながらなかったけれど、このつながらなさ、ズレた感じもまた宮沢章夫的である、と言えば言えます。)実際、宮沢章夫のエッセイは、読みすぎると狂いますよ。それだけの力があります。「読書する犬」に収められた書評や解説は、一見まっとうなことを書いているように見えるふしがありますが、騙されてはいけません。やはりそこはハマると抜け出せなくなる狂気の世界です。要注意。

 
  渡邊 智志
  評価:C
   どうせ笑わせることを主目的にしていないんでしょうから、笑えなかったと文句を言っても仕方がないでしょう。ただひたすら同じような視点・同じようなイチャモンの付けかたが続くので、好きなら堪能できますし、好みでないなら飽きます。で、飽きました。しかしまぁ毎度毎度、同じようなねじまがった視点でものごとを眺められるものですね。普段の思考方法もこんな感じなら、お友だちにはなれないかも。初出がかなり古い文章が含まれているのですが、もう何年も同じような調子で嫌味を言い続けているのですね。2匹目3匹目のドジョウを狙って、忘れられていた昔の文章をむりやり引っぱり出してきたんでしょうか? コンピューター誌の連載の文章は、今となっては資料的価値があるのやらないのやら判らない古い内容ですが、その本旨とは関係なく、こんなことでいろいろ大変だったよなぁ、と昔を懐かしむ意味でずいぶんと面白かったです。でもまあそれだけかな。