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東京サッカーパンチ
東京サッカーパンチ
【扶桑社ミステリー】
アイザック・アダムスン
定価 960円(税込)
2003/4
ISBN-4594039413

 
  池田 智恵
  評価:B
   明治のころに西洋の人が撮った写真って、日本人にはちょっと撮れないような色彩や視点でとらえられていたりするじゃないですか。原色が強めに再現されていたり、異邦人を見るときの素っ気ないようなとまどったような表情が映っていたり。この本は、そういう異国の人が撮った写真を見るような気分にさせられます。
 主人公は、「アジアの若者」という雑誌の記者。ゲイシャ狂いの彼が、蜜柑花という名の芸者を追っているうちに訳の分からないもくろみに巻きこまれて……。という話そのものは別にどうってことないんですが、主人公の目に映る日本の風景のすっとこどっいぶりが何とも言えず身も蓋もなくておかしいです。
 ただ、やくざとか、新興宗教団体とか、右翼とかの捉え方は日本に住んでいる私たちとあまり変わらない気がしました。「東京」という地は、日本人にとっても特殊な場所なのかもしれないですね。

 
  児玉 憲宗
  評価:B
   芸者マニアのジャーナリスト、チャカが、日本映画界の大御所、佐藤ミグショウ監督と待ち合わせた道玄坂のフィッシャーマンズ・バー「紫の地引き網」で、「四四七の重たい羊」と呼ばれる日本酒を飲んでいると、突然店内に飛び込んで来たのは、「蜜柑花」という名の美しい芸者。「われ、漁師ちゃうんかい」「おんどれ、タコちゃうけ?」という聞きなれない日本語を口にする。そして、彼女を追って来た、レッド・ドラゴンの刺青を背負ったヤクザとチャカが大格闘!と、こんなすべり出しだ。
 アメリカの若い作家が、現代の日本を舞台に小説を書くとなるほどこんな感じになるのか。おもしろい、おもしろい。他にも、日本文化を代表する(と思われている)ものが次から次へと登場する。時代は、フジヤマ、スシ、サムライに止まらず、暴走族、ラブホテル、アニメと妙な広がりを見せている。中には、誤解とも思える偏重した描写があるが、これもパロディとして故意に濃い使い方をしていると思えなくない。日本の読者に向けて書かれた作品ではないだろうが、日本人に読まれることも想定しているようだ。実におもしろい。まったく、著者がすごいのか、訳者がすごいのか。おそらく、両者がすごいのだろう。

 
  鈴木 崇子
  評価:B
   ゲイシャ好きのアメリカ人、雑誌記者ビリー・チャカが大活躍(?)するハードボイルド(なんですか?、これは)。取材で訪れた日本で、知り合いの映画監督の焼死事件や、芸者「蜜柑花(みかんばな)」をめぐる謎の事件に巻き込まれる。ヤクザや秘密の宗教組織が暗躍し、はちゃめちゃな展開に謎が謎を呼んで、さっぱり訳がわからないまま、それでも何だか面白く笑えてしまう。
 というのも、作者はかなりの日本通なのだろう。「ガイジンがイメージするところの日本」「伝統的な日本」「最近の日本」の違いをしっかり把握していて、ジョークや洒落や皮肉として、いろんな場面に笑いを散りばめている。
 このビリー・チャカの物語は続編があるらしい。次回の活躍が楽しみだ。

 
  中原 紀生
  評価:D
   この世界にどっぷりハマってしまうと、それはそれでけっこう面白がることができるのでしょうが、でも、とにかくムチャクチャな話ですね。何がムチャクチャかというと、何百年も年をとらない謎の「芸者」をめぐるカルト教団や暴力団が入り乱れてのガール・チェイス・ストーリーという、その話の本筋が荒唐無稽なのはまあいいとして、雑誌『アジアの若者』の記者にしてスーパー・ヒーロー、ビリー・チャカのデタラメな人物設定といい、登場する日本人の名前のいい加減さ(佐藤実玖勝? 奈比古武乱人? 神道裕人? 魁団?)といい、それから訳者も解説で指摘しているけれど、そもそも渋谷の街に芸者は似合わない、その似合わない芸者の名前が蜜柑花ときては、なんじゃそれ。私にはこのテの作品を楽しむユーモア感覚がない。でも、それはきっと「ユーモア感覚」とは違っていて、もっとパワフルで諸感覚がごった煮されたもの、たぶん歌舞伎の世界につながっていくものに違いない。この小説を読んで心から笑える人は、決して「クスクス」や「ガハハハ」や「クックッ」や「ニヤニヤ」ではなくて、絶対に誰もそんな声をあげて笑わない「ゲラゲラ」とか「カラカラ」といったフキダシつきの笑いを笑うのでしょう。

 
  渡邊 智志
  評価:B
   あーバカバカしいっ。…と誉め言葉を投げつつも、訳文が微妙なさじ加減で、爆笑するには至らないのです。狙っているところはすごく判るのです。ガイジンが見た奇妙な国ニッポンを笑う日本人のサブカル好きの奇天烈文体をわざと醸し出しているんでしょうが云々…。ほら、何を言ってるか判らない。ウラのウラのオモテのウラの…、って感じで、この笑いはとてもややっこしいフィルターを何枚も通過しなければなりませんよ。B級映画の出っ歯眼鏡と相撲レスラーを笑う時には、作り手のガイジンが半分本気で日本をそう思っているから笑えるのであって、この作品は作者が“わざと”へんてこな文章を書いているのですから、なんだかギリギリのところで笑えないんです。これで笑うと負けのような気がするんです…! とはいえここまでガイジンが書けちゃうってのはやっぱり凄いですね。映画化されるんですか。主人公はぜひスティーブ(変な顔)ブシェミでお願いします。