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アンクルトムズ・ケビンの幽霊
アンクルトムズ・ケビンの幽霊
【角川書店】
池永陽
定価 1,365円(税込)
2003/5
ISBN-4048734725
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  大場 利子
  評価:C
   物語の終盤。「恋人でもなく、夫婦でもなく、友達でもない男と女のセックス……」となり、やはりと思った。お前もか、と思った。わざわざさせなくてもいいだろうに。わざわざ体でつなげなくてもいいのに。
 マンガン鉱山で育つ主人公章之の初恋の相手、スーイン。鋳物工場でいっしょに働くタイからの出稼ぎ青年。章之より稼ぎのいい妻。演劇を始めた息子。彼らを章之は見守るばかり。歯がゆい。
●この本のつまずき→東京入国管理局のトイレにあるつらい落書きのエピソード。本当か。

 
  新冨 麻衣子
  評価:AAA
   小さな駅前の路上で歌う少女の顔を見た時、西原のなかにある初恋の少女の顔が重なった。「北」に帰った少女スーインとの苦くせつない記憶が心のなかにふたたびざわめきはじめる。偶然にも駅前で歌っていた少女・フウコは、同じ鋳物工場で働くタイ人チュヤンたちのアパートに居候していた。西原はチュヤンはじめ工場で働くタイ人たちと仲良くしていたのだが、本心では深い葛藤を抱えていた。一年近く未払いになっているチュヤンたちの給料を帳消しにするため入管へ密告しろ、という命令を社長から受けており、その期限が迫っていたのだ。哀しみをもつチュヤンの瞳、社長の催促、<完璧>な妻、役者になると家を飛び出した一人息子、「何もかも放り投げれば」というフウコの声、「お願いやから、受け取って」と残されたスーインのハーモニカ。心優しく、しかし小心者の西原は「どいつもこいつも」と誰にも聞かれないようにひっそりとつぶやく。
本書も含めて、池永陽の作品には<後悔>という苦いスパイスがふりかけられる。胸が痛くなる。読んで損なし、の一冊です。

 
  鈴木 恵美子
  評価:D
   昭和25年生まれの作者が呼び起こす差別と貧困の幽霊は、ほんと恨みがましく湿めり臭い。差別を受けて怨念をためた末に差別した側に祟り返すパワーさえない卑屈な幽霊。それは差別の構造そのものを自ら受容しているから。自分より学歴があり、収入が上になった妻に対して劣等感を持ち、「男の甲斐性」を気にして萎縮する主人公。「男は男らしく女は女らしくという環境で育った最後の世代」って要は差別を差別とも思わず、自己の価値観に取り込んできたから、差別するのもされるのも容認してイジイジしてるってことなのかな。うっとしいオヤジ!そんないじけオヤジでも妻の仕事に嫉妬して足を引っ張らないだけはましかも。差別を跳ね返す価値観を持ってはじけ、その偏狭に「ひざまずいて足をお舐め」と立ちはだかるなまめかしいAmyに比べると、フウコもみすぼらしくて薄っぺらい。長引く不況とデフレで新ビンボー時代到来を日々強く感じるこの頃だけど、もっと明るくしたたかに、ユーモアを武器にビンボーとサベツとはつきあっていきたいもんだわ。

 
  松本 かおり
  評価:D
   「西原さんも男なんだから、もっとしゃんとしなさい」。申し訳ないが、爆笑した。まったくそのとおり。フウコちゃん、代弁してくれてありがとう!と力を込めて言いたい。脇役女性たちのほうが、よっぽど元気で度胸がある。 
 なんせ主人公のこの男、章之というのだが、40も過ぎたいいオッサンのくせに、何かといえばぐじゅぐじゅジメジメしていて情ない。「しっかりものの美人の奥さん」の稼ぎに嫉妬して卑屈になるわ、ちょっと追い詰められればおでん屋の女将に泣きつくわ、若いフウコにしがみつくわ……。タマランワ。
 30年前の「原罪」に酔いたい気持ちもわからないではないが、同じ酔うならもっと腹をくくって潔く、ここ一番で男を上げてもらいたかった。原罪の象徴であるスーインのハーモニカ。さぁ、どう向き合うんだ章之!という最高の見せ場、これが予想外に淡白。ここまで長々と引っ張っておきながら、30年の歳月をいとも簡単に片付けられては、肩透かしというもの。もっと劇的に、余韻に浸りたい……。

 
  山内 克也
  評価:D
   優しくて、ちょっと頼りなさそうな中年男を主役にするのが特徴の池永作品。この手のテーマは嫌いではないが、今回はあまりいただけなかった。
 小さな鋳物工場で働く不法滞在のタイの青年らを、給料の支払い前に入国管理局に密告しろと社長にせつかれ、なかなか道義的に実行できない主人公。ま、このくらいの優柔不断な性格や人物造形に違和感はない。気になったのは、主人公が中学時代、在日朝鮮女性の同級生に慕われ、卒業後大事なモノを渡すといいながら受け取らない場面。「差別ではない」「彼女の大事なものだから受け取れない」との心情を強調するのはいいけれども、あまりにも表面的。結局はラストへの着地点を求める「伏線」が見え見え。
 全体的に在日問題、外国人労働者問題といった日本の社会問題を前面に出し、その中で生きる中年男の悲哀、そしてそれを乗りこえて生きる望みを見出そうとするお涙頂戴ストーリーに徹しようとしているが、あまりにも舞台設定がクサすぎるように思える。

 
  山崎 雅人
  評価:B
   章之は悩んでいた。不法就労の密告で、鋳物工場に勤める仲間を裏切りたくはない。良心の呵責から、悶々とした毎日を送っていた。そんなとき出会ったフウコの「北に帰るわ」のひと言に、過去の記憶がよみがえる。朝鮮人少女への仕打ち。少年時代の苦い想い出が脳裏に浮かぶ。原罪。癒えることのない心の傷を抱えた章之の、過去との闘いがはじまる。 夫と妻、社長と社員、日本人とアジア人、暗黙の上下関係をめぐる日本人の醜さ、愚かさが、浮き彫りにされている。反発、戸惑い、憎しみ、それぞれの立場での熱い思いが、ひしひしと胸にせまってくる。差別という重いテーマを真正面からとらえ、力負けすることなく描き切った、見事な作品だ。
 与えられた窮屈な枠の中で、もがきながらも、けなげに前向きに生きる人たちの姿は、凛として美しい。たとえ、その裏側に何を隠し持っていようとも。純粋な心は、いつまでも色褪せることなく輝き続けるのだ。