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PAY DAY!!!
PAY DAY!!!
【新潮社】
山田詠美
定価 1,575円(税込)
2003/3
ISBN-4103668091
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  大場 利子
  評価:A
   やっぱり、好きだー、山田詠美。
 「PAY DAY!!!」好きだーと叫ぶより、山田詠美好きだーと叫びたくなる。不思議だ。
 ハーモニーとロビンは双子の16才の兄妹。アフリカ系アメリカ人の父を持ち、イタリア系アメリカ人の母を持つ。舞台は、ニューヨーク・マンハッタンとサウスキャロライナ。またなんで、舞台は日本じゃないのか、日本人が主人公じゃないのかと言いたくなったけれど、そんなこと、重要じゃない。
 改めて、学ぶことの多さに、自分が学んでこなかったことの多さに、愕然とする。「生きる技術の習得のために貪欲に健気であろうとしている」ロビンの足下にも及ばない。恥ずかしい。ことあるごとに読み返すことになると思う。
 ●この本のつまずき→「それは、はり裂けんばかりの心に凪を呼び寄せるということ」この言葉、忘れられない。

 
  新冨 麻衣子
  評価:AAA
   たとえばペイデイ(給料日)、恋のはじまり、プレゼント、そんなことで人は幸せになる。そしてたとえば大事な人の死、別れ、病気、そんなことで悲しみを覚える。人の心を揺さぶるものはいつの世も変わらず、ひどくシンプルなことばかりだ。だからこの本は、力強い。
主人公は、同時多発テロにより母親を失った双子のハーモニーとロビン。大切な人の死に呆然と立ちすくむ2人とその家族の一年間が、そして二人にそれぞれ訪れた、はじめての真剣な恋が、美しい南部を舞台にゆったりと綴られる。
発売日を楽しみにしていた本書だが、その日は奇しくもイラク戦争開戦の日でもあった。死者をカウントするTVと、この本はまったく別サイドにあるものだと思った。泣ける小説じゃない、何度でも涙ぐめる小説だ。

 
  鈴木 恵美子
  評価:B
   題が上手い!やってられないいろいろがある毎日。でも、この日があるから、報われる、何とかやり過ごしていける、自分の好きな人たちにも楽しさを分かち合いたくなる。心も暖まり、元気を出し直す日、時に救いの、PAY DAY。
何より、双子の兄妹ハーモニーとロビンの会話がいい。知的でお洒落で本質的で。上昇志向の強いイタリア系の母には反感、物わかりのよいアフリカ系の父には苛立ちを感じながら、両親の離婚、9.11の母の死、南部での暮らし、それぞれの恋の中での精神的成長といえば、ありきたりのようでもあるけれど。ただ、泣く場面がすごーく多くて、それは亡き母を悼むというよりは喪失のダメージを受けた自分の恐怖、生きることの痛みを癒されたくて慰められたい、もっぱら自己救済の涙。ちょっとは人のためにも泣いたら?かわいがっていた野生のアライグマの死を悲しんでアル中が抜けかけたアンクルウィリアムを見て、「母の死がなかったら自分たち家族はこんなに急速に結びつくことはなかった。」なんて、ま、アライグマ並みの母の死を乗り越えてせいぜい成長することね。

 
  松本 かおり
  評価:C
   じっくり突き詰めてものを考える、思索好きな17歳双子の兄妹。彼らの日常には、恋愛、両親の離婚、年上女性への憧れなど、青春小説の定番的エピソードが続き、新鮮味はあまりない。ニューヨークのWTC崩壊が家族の絆を深めるきっかけとなるところに、かろうじて今のアメリカを感じる。
 しかし、この双子兄妹と周囲の大人たちとの親密さは印象に残る。ふたりは大人をとてもよく観察し、付き合い方を心得ている。父親や祖母、伯父、友達の母親の恋人などと、適度に距離を保ちつつ自己主張する術を知っているのだ。大人たちも聞き上手であり、過去の経験を率直に語る。年齢や世代の違いを、断絶ではなく互いへの信頼に変える秘訣は、こんなところにありそうだ。
 特に兄のハーモニーは精神年齢が高い。「死にそうなくらい、彼が恋しい、そういつも思っている女が世界に少なくともひとりはいる。そう伝えて」とまで年上の人妻に言わせる。こんな17歳を読まされたら、現役女子高生なんかは同級男子がガキに思えてしょうがないだろうなぁ。

 
  山内 克也
  評価:B
   無邪気な性格に、恋だの勉強だのと正面きって生きるロビン。対照的に、年上の人妻とつき合うなど、少し影のあるハーモニー。アメリカ南部の広々と自然豊かな舞台の中で、この16歳の双子の兄妹がすがすがしく描かれ、いかにも「青春」している。かつ、双子の両親の離婚や、南部特有の人種問題なども織り交ぜ、「人生」の山あり谷ありの説諭的なストーリーに、ほろりともさせる。
 この小説で最大のテイストは、「9・11」。世界を震撼させたあのテロで、双子の母親も巻き込まれ死んでいく。母の喪失感が、二人に「死」の存在を意識させ、生きていくことの大切さを照射する。ただ、あの大事件によって「刹那的に生きていこう」という、二人のやや悲哀感をにじませた意思を加速させているようにも読みとれたけど…。

 
  山崎 雅人
  評価:A
   男と女の関係は、いつでも人種の問題にすり替えられる。世界で最も悲しい出来事が、最も人間を成長させる。この超越した視点が、山田詠美だ。彼女の感性が、このいとおしく美しい、魂の成長物語を成立させたのだ。
 17歳の双子の兄妹ロビンとハーモニーを待ち受けていたのは、世界でも稀にみる、凄惨で悲惨な事件だった。9月11日、この日をさかいに、母は行方不明となった。そして、母の魂を胸にいだき、バラバラになっていた家族はひとつになった。いや、世界一しあわせな家族になるための母の死であった。
 描かれるのは事件ではない。事件をきっかけに成長していく家族だ。人生で最も険しい試練に立ち向かった兄妹の力強い生命力だ。そして、青春の挫折と最高の恋愛だ。哀しみの底を体験したふたりは、幸せをつかむことができるだろうか。心配はいらない。ふたりには、明るい未来が約束されている。なぜなら明日はきっとペイデイ!!だから。