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ぼくらはみんな閉じている
ぼくらはみんな閉じている
【新潮社】
小川勝己
定価 1,575円(税込)
2003/5
ISBN-4106026562
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  大場 利子
  評価:B
   早いとこ死んでくれないかなと父のことを思う女に、シャブ中の女。12才の男子中学生に心奪われる46才の女。少年と浮気する女。多種多彩な女が、9つの短篇に揃い踏み。
 自分にはありえない、とは言い切れない物語を連発。「自分の観念の世界でしかないものを、現実だと思って生きている。それを他人も共有していると信じて疑っていない。現実のかたちは人の数だけある。」ほんとうの自分なんて、いない。とんでもない、いやだ、と叫んでも、もう遅い。
●この本のつまずき→惹句。「手のひらを太陽に」の替え歌か。声に出して唄ってみる。

 
  小田嶋 永
  評価:B
   9つの短編から紡ぎだされるのは、歪んだ愛情から生み出される狂気か。表題作の「ぼくらはみんな閉じている」は、こんな話だ。謎の中年男に監禁され暴行を受け続ける直樹。男は直樹が交際していた愛美の知り合いで、愛美が自殺したことへの復讐を遂げようとする。しかし、男のいう愛美と直樹の恋人愛美が同一人物とは思えない。何かの間違いではないかと思いつつ、極限状態でたどり着いた答は思わず笑わずにはいられないものだった。狂気に加え、「ぼくらはみんな閉じている」という題名そのまま、対人関係の心理といったテーマも描かれる。「ほんとうのぼくなんて、この世にはいないのだ。ぼくがぼくと思っているぼくと、愛美が思っているぼくは、まったくの他人だ。」ミステリあるいはホラーとして設定の妙よりも、淡々とした客観的な描写にストーリーテラーとしての作者の力を感じさせる短編集だ。

 
  新冨 麻衣子
  評価:C
   日常のなかにある、不思議な狂気の世界を描いた短編集。何より恐ろしいのは、人間の頭のなかだ。
一番印象に残ったのは、「かっくん」。同棲中の恋人・美代子が<トーテムポールの出来の悪いパロディみたいな人形>を拾ってきたところから物語が始まる。夜中にいきなりその人形が「ハアー!かっくんかっくん」と言いながらはげしく腰を動かしているのである。どれだけ渾身の力で殴ろうと蹴ろうとまったく動じない人形。それどころか激しく腰を使いながら自分の方に迫ってくる。気付けば美代子までかっくん人形と同じ動作をしながら向かってくるではないか。慌てて部屋から転がり出してみると・・・。
自分だけ異常なのは恐くないが、自分だけ正常なのはおそろしい。どうでしょう、読んでみたくなりません?

 
  鈴木 恵美子
  評価:C
   警告!スカトロジカルなのが苦手な人は、洗面器かビニール袋を側に置いて読んでください。又、食前、食中、食後には読まない方がいいでしょう。はっきり言って嘔吐感味わえます。イカレタ妄想に取り憑かれた人たちを描いた九つの短編集、でも何ともおぞましい狂気は、突き詰めた純粋と紙一重、どの主人公も自滅自爆にまっしぐら、とことん墜ちてく墜落感は、ちゃちなジェトコースターよりうんと気持ち悪くなれること請け合います。平凡な普通の生活を縛っていたはずのたががはずれた時、どんどんおかしくなっていく思いこみの激しさ滑稽さ、弱さが行き場なく向かっていくエロスと死。「ぼくらはみんな生きている」の脳天気な生命賛歌を嘲笑うパロディというか、ネガのようなタイトルに「♪閉じているから狂うんだ」と続く帯、九つのタイトル頁の挿し絵、確かに、私たちの脳の奥深く閉じられた部分を刺激します。

 
  松本 かおり
  評価:A
   不気味満載、キモチワルオモロイ短編集だ。誰でも抱くであろう嫉妬や独占欲、恨みや愛情も、場合によってはとんでもない爆弾と化すのだ。これは楽しい。人間という動物の生臭さがたまらない。背筋のゾクゾクと含み笑いが同時にくる。登場人物たちはときに相当猟奇的、変態的だが、そのトコトンぶりがあまりにみごとで不快感ゼロ。ここまでやるかぁ〜っ?!と思わず吹き出す。 
 冒頭「点滴」からして大当たり。好き勝手な人生を送ったあげく痴呆で入院中の父親に、娘・真砂子の憎悪が燃えたぎる。しかしその矛先は徐々に担当介護福祉士や看護士に向かうのだ。若い娘を睨みつけ、50女の僻み憎しみ怒りをジクジクと溜め込む姿がなんとも怖い。「好き好き大好き」も好きだ。訓泰につきまとうハルミ。これがまた、腐敗臭が行間から漏れ出しそうな年増の「大トド」。炸裂するトド・パワーの末路に絶妙なオチがついてあっぱれ。
 もちろん他7編も粒ぞろいでハズレなし。悦びに満ち満ちて一気読み完了。まぁとにかく、世の中何が怖いって、人間が一番怖いゾ〜。

 
  山内 克也
  評価:A
   ノワールの名手・トンプスンの筆致をウエットにした作風で、内面の狂気をえぐり出すハードなミステリに、なかなかの読み応え。著者の作品は初読だけど、ハマってしまいそう。
 9つの短篇とも、卑近な出来事をテーマにしていて、雰囲気に入りやすい。1発目の「点滴」は、病養の老父の財産を、他人が狙っていると娘が疑心暗鬼に陥るが、単純に精神が病んでいく様子だけを描いてはいない。老父の家庭へのさまざまな過ちに対する記憶が甦るたびに娘の恨みが増幅し、やがて制御のきかなくなった憎悪が周囲をも巻き込んでいく。各編とも「心が壊れていく」という過程を緻密に描き、「犯罪が起きるとはこういうことなのか」と説得力を持たせている。結構現実感のある怖いミステリである。

 
  山崎 雅人
  評価:C
   父親の介護をしていた娘が、自ら追いつめられていく。妄想の行き違いが、哀れな結末を引き起こす『点滴』。男は、いわれなき暴行を受ける。極限の状態で導きだしたその理由は、ぼくらはみんな閉じているから。愛と狂気、最高と最低のコントラストが見事な表題作など、壊れた人間たちを、おどろおどろしく描いた、猟奇的な短編集である。
 欲望の果て、心の歪みの底辺が、何の救いもなくストレートに描かれている。想像を超えた変態たちが巻き起こす事件の結末は、ただただ凄惨で悲惨、同情の余地もない。堕ちきった人間の内面から滲みでる、最上級の気味悪さは、読むものをとことん嫌な気持ちにさせる。並のスプラッタホラーでは、まったく歯が立たないであろう。
 本格あり、何の意味もなさそうなバカ話ありの異色ホラーには、感動も教訓も見あたらない。しかし、自分はまだ人間としてやっていけることを実感することはできるのだ。