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ピエールとクロエ
ピエールとクロエ
【新潮社】
アンナ・ガヴァルダ
定価 1,365円(税込)
2003/4
ISBN-4105409026
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  大場 利子
  評価:A
   パルコ劇場で300回記念公演を迎えるリーディング・ドラマ「ラブ・レターズ」に対抗できる。
 夫に去られたクロエと、その夫の父ピエール。二人の会話がほとんどの物語。
 ピエールの言葉は読み手の私へ向けられ、クロエの嘆きは夫に去られることはまだあり得ない私の嘆きと重なる。
 ピエールは言った。「いつも成り行きに任せたんだ。そうして、そうしなければならなかったんだと自分を慰めた。自分はそういう受け身の人間なんだとかみしめつつ。僕は実現不可能なことを夢見るか、あるいは後悔する生き方が好きだったんだ。その方がずっと簡単だから。」図星。言い訳はすまい。
●この本のつまずき→「もやい綱を解かれて」は「捨てられて」、「胃に結び目ができる」は「不安で胃が痛くなる」を表すそうだ。フランス語も素晴らしい。

 
  新冨 麻衣子
  評価:A
   ほかに愛する女性ができたからと突然夫に別れを告げられ、取り乱すクロエを、義父ピエールが突然のバカンスに連れ出した。そしてあきれるほどに堅物なピエールの口から語られたのは、生涯ただ一度の、妻以外の女性との切ない恋物語だった。
わたしがクロエでも「だから何だ!自分を裏切った夫を許せというのかあ!」と反発するだろう。どうしようもなく恋に落ちてしまうことはある、そう頭のなかで分かっていてはいるのだ。だけどピエールが自分の経験を通して本当に伝えたいことは、死んでしまいたいほどに辛い別れを経験し、どれほど後悔しても、生きてさえいればなんとかなるもんだよ、ということだった。悲しみの真っ最中にいるクロエにとって即効薬となるものではないけれど、きっと徐々に心にしみてくる物語であったことは想像に難くない。
だけど正直、うらやましい。自分の息子の妻だった女性を必死になぐさめようとしてくれるなんて、なかなかないよね。

 
  鈴木 恵美子
  評価:A
   まだ幼い二人の娘とともに夫に捨てられた女クロエ、その痛手を誠心誠意慰めてようとする男、舅ピエール。これが物語になるなんてさすがフランス小説。 
厳格で冷ややかで軽蔑的に黙りこくり人を居心地悪くさせるくそオヤジだったピエールがクロエに語りかける、少年の日々、死んだ兄の恋、そして「不幸の原因を作った人間の悲しみ」となった自らの過去の恋。確かに泣いてる女を慰める男には、女のそれよりもっと深い痛手がないと単なるニヤケ野郎だもんね。あんたの不出来な息子のおかげでボロズタの私に励ましなんておこがましい、ほうっておいてと思いつつも、いつしか舅の話を引き出していくクロエ。男と女が打算や下心なしに心と心で共鳴しあおうとする必死の思いが切ない。ピエールの人生の後悔、勇気のない卑怯者に甘んじ、子供にさえその不幸を見抜かれていた苦さが、最終章の一行に込められてじんと深い。

 
  松本 かおり
  評価:B
   夫に捨てられ怒りと悲しみの渦中にあるクロエに、義父・ピエールは過去の道ならぬ恋の体験を打ち明ける。自分に「間違う権利」を許さず、立場と義務だけで生きてきたコチコチの堅物にも、実は心に秘めた物語があったのだ。ピエールは堰を切ったように、過去20年以上誰にも打ち明けることなく発酵・熟成させてきた思いを吐き出してみせる。
 ピエールとマチルドとの恋愛物語そのものは、よくある不倫だ。しかも、その恋愛中のピエールは、やっぱりありふれた臆病で卑怯な妻帯オヤジなのだ。既婚という安全地帯から、なんだかんだ言っても結局一歩も出なかった男の語る恋物語は、どこか自分勝手で弁解がましい。
 しかし、赤裸々なピエールの語りぶりに思わず読まされてしまう。言葉を尽くしてクロエにとことん語り聞かせるのだ。たとえ自己憐憫と自己嫌悪、そして自己満足の産物でも、ひとが何かを有り体に、しみじみと語る姿は美しい。

 
  山内 克也
  評価:C
   夫に逃げられた嫁を、舅が慰める話だけど、こういう「告白モノ」の物語って、感傷的で説教じみていて正直読むのにつらかった。特にこの作品では、一見偏屈そうな舅が、過去、不倫で修羅場をくぐった経緯を、同じ境遇に立つ嫁に切々と語りかける。自虐的な話を(少々酒を飲んで酔いながらではあったが)、よく言えるもんだと、この舅に感心さえした。
「お義父さんの同情や善意はたくさんだわ」と、キツイ言葉を嫁は投げかけるものの、舅の話を聞くに連れ、立ち直っていく様子が分かる。それがこの物語のテーマだろう。他人の修羅場と、自らの不幸を天秤にかけ、嫁は「どちらかより深刻か」を推し量りながら、傷ついた心の癒す方法を探っているようで、ま、面白くもあった。

 
  山崎 雅人
  評価:C
   夫に去られたクロエは悲観にくれていた。義父のピエールは、彼女を案じ田舎の家に連れだした。凍てつく寒さ、息づまる会話、癒されぬ心。そんな時、寡黙で自分勝手なはずの義父が、突然、過去の告白をはじめる。
 ピエールは、美しい恋愛の記憶を語る。クロエは、相槌を打ち、話をせがむ。童話の読み聞かせをする親子のような場面が最後まで続く。ただそれだけの話。他には何も起こらない。何も必要としていない。洗練された会話のみで描かれた、シンプルなライフストーリーであり、ラブストーリーである。
 感情の起伏がありありと伝わってくる生き生きとした筆致で、ありふれた恋愛、ありふれた境遇の、きわめて地味な話を、色彩豊かな物語として仕上げている。こころに深くしみいる切なさもいい。雰囲気作りは、抜群にうまいと思う。甘いのがお好きな方にはお薦めの、フランスの香り高き物語に、酔わされてみるのも一興であろう。