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P.I.P
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【小学館文庫】
沢井鯨
定価 670円(税込)
2003/6
ISBN-4094055916

 
  池田 智恵
  評価:B
   「衝撃的」な本です。カンボジアの刑務所拘留経験を持つ作者による半実話。馳星周が解説で書いているように、小説としては下手くそなんですが、カンボジアという国の「悲惨」がひどく具体的に書いてあり、気が遠くなりました。貧困や差別、環境の劣悪という悲惨ももちろんですけど、何より怖いのは「他人は誰一人信用できない」という状況でした。かつてポルポトは、全ての兵士に罪のない同胞を殴り殺すことを命じたそうです。逆らったものも処刑。その為、自分が生き残るためなら人を殺せる人間だけが生き残る……。
 この本が衝撃的なのは、その内実のすさまじさから「人間的であるにはある程度恵まれていなければいけない」という事実が浮かび上がってくるからです。大学で第三世界論を勉強し、世界の悲惨に詳しいつもりでいた私ですが、人事行為による徹底した荒廃の爪痕の深さを見せつけられた気がしました。この本になら「平和ボケ」と呼ばれてもいいです。

 
  児玉 憲宗
  評価:A
   著者の実体験に基づいたフィクションだという。どこまでが本当の出来事なのか。そんなことは問題ではない。真実だろうと、作り話だろうと、その圧倒的な迫力とおもしろさに変わりはないのだから。常識でははかれない壮絶で刺激的なストーリーが次から次へと繰り広げられ、気がつけば、この作品の虜になっている。「プリズナーin P.I.P.」!芸能人の名前を持ち出して、登場人物の容貌を説明する手法を意図的に繰り返したりするのには、興醒めするが、それを減点しても余りある痛快さだ。
 無責任な発言とわかっていてあえて言うと、沢井鯨さんのこのデビュー作は、おそらく沢井さん自身の最高傑作であり続けるに違いない。それほどまでに沢井さんの力と情熱が結集された作品と言い切れる。

 
  鈴木 崇子
  評価:A
   こんな世界もあるのだ。どこまでが事実かわからないが。貧困、裏切り、暴力、殺人がそこらにころがっていて、お金がすべてを支配する腐敗した世界。こんな場所に突然突き落とされたら、一体どうしたらいいんだろう? 描かれているカンボジアの状況はあまりにも壮絶だ。日本にいて自分が当たり前と思ってきたこと、価値観・世界観・人間観すべて、吹けば飛ぶようなものだったのかと思い知らされる。
 罠にはまりプノンペンの拘置所に放りこまれて現実に目覚めたとは言え、主人公は日本人であることを捨てきれず、どこか真面目でお人好し。甘過ぎる、おめでた過ぎる。しかし、次々と起る事件の強烈さにぐいぐい引き込まれてしまう。終盤は辻褄合わせのように事態が進展し、安っぽい展開になってしまったのが残念。けれど、自分のいる世界がすべてではないということ、想像を絶する現実があると教えてくれるという意味でもインパクトのある小説だ。

 
  中原 紀生
  評価:A
   ベトナム人の少女娼婦・タオに惹かれてカンボジアを再訪した日本の元中学校教師が、韓国人の友人が経営する孤児院の運営資金を騙し取ったネパール人を捕まえようとして、逆に誘拐罪で逮捕される。証人の友人も殺され、過酷で不条理なプリズナー生活が始まる。構成上の趣向も文章の錬成もなく、ただ作者の実体験が綴られるだけの手記を読んでいるような味気なさ。ここまでの評価はC。──死の淵にたたずむ絶望的な獄中生活は、主人公の心と頭を鍛え上げていく。獄内を仕切るボスとの肉弾戦を経た友好関係や、卑劣極まるカンボジア人の裏切り。囚人たちから聞かされるこの国の現実、毛沢東とポルポトの出会いに始まる酸鼻の歴史。教養小説と情報小説が合体したような叙述。この時点での評価はB。──ついに「決行の時」を迎える。「ここは、悪魔の住む恐ろしい国だ。正義など存在しない。」監獄の最高責任者・ビッグボスと金で話をつけて、まず裏切り者のカンボジア人の眼球を抉りだす。韓国大使館をまきこんだ頭脳戦を経て、かのネパール人への復讐を果たす。亡き友人の遺志を継いで孤児院を再開し、タオをスタッフに迎える。苦くて甘いノワールの味わいを湛えた最終章を読み終えて、最終的な評価はA。馳星周の解説も秀逸。

 
  渡邊 智志
  評価:B
   装丁といいタイトルといい、全体から醸し出される雰囲気は圧倒的にかっこいいです。登場人物表といい実体験に基づいたフィクションである、との但し書きといい、読む前からピリピリするような緊張感が漂ってくるのは間違いないのです。でもあまりにも期待しすぎると、ちょっと裏切られたような気分になるかな? ストイックな体験談を語る口調というか、ハードボイルドな文体というか、ギリギリまで削った文章を楽しみにしていたせいで、「ーーーーー」「……………」などの、記号の連続にちょっと辟易したりして。あえて滑稽さを前面に押し出しているのだ、と解釈すればちっとも気にならない点なので、やはり読み手側に過剰な期待があったことが問題なのでしょう。近くて遠いアジア。知っているようで実は知らないアジア。旅行指南書としても役に立つ(のかな?) あくまで「フィクション」として、寝転がってちょっと苦笑して、さらさらと楽しく読めますね。