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菊葉荘の幽霊たち
菊葉荘の幽霊たち
【ハルキ文庫】
角田光代
定価 525円(税込)
2003/5
ISBN-4758430403

 
  池田 智恵
  評価:B
   理想の住みかを探す友人と“わたし”。「あそこのアパートが満室なんだったら、住民を一人追い出せばいいんだよ」という友人の言葉に従って、奇妙な形でアパートの住民たちに関わり始めた“わたし”だが……。
「大島弓子のロストハウスに似てる…」って書評にならんですね。ただ、居場所を探し続けていた人間が、その喪失によって世界に気付くという構造が似てるかなと。孤独に気付いた瞬間から世界が開くというような。しかし、ロストハウスが描こうとしたのは朝日の昇る瞬間。逆に菊葉荘からは雨の日の後の曇り空の様な印象を受けました。空気が重いというか。閉塞感とも違う独特の温度の低さのようなものが、少々の居心地の悪さを作り出しています。
 面白いと思ったのに上手く表現できない……。感情移入をさせないように作ってある小説って解説するのが難しいです。すいません。

 
  延命 ゆり子
  評価:B
   主人公は登場人物の中で最も普通に見える。菊葉荘の住人はみんなどこかおかしい。四十代の少女趣味の女や、ふじこちゃーんと夜毎叫ぶ中年男、部屋で一心に何かに向かって祈る人物、どこの馬の骨ともわからない女と疑問も持たず暮らす男。どいつもこいつも変な人間ばかりだ。この話がこんなにも怖いのは、一番客観性を持っていると見える主人公が実は一番狂気をはらんでいるいるからだ。主人公の、定職もなくモラルもなく無気力な生活が、徐々に精神を蝕んでいく様がリアル。そして私も一歩間違えばその先の見えない世界に身をおくことが十分にあり得ることも。それを考えさせられるところが恐ろしいと感じました。

 
  児玉 憲宗
  評価:A
   空き部屋のないこの木造アパートにどうしても住みたい。そんな願いを適えるために、パンツ泥棒をしたり、幽霊に化けて徘徊したり、訪ねて来た愛人らしき女と騒動を起こしたり。どこまでお遊びでどこまで本気なのかわからない。たちの悪いストーカーもしくは、できの悪い探偵のようで滑稽でもある。それにしても、翻弄されたヤス子や蓼科からすればいい迷惑である。しかし考えてみると、すべても行動が、アパートから誰かを追い出す目的に起因しているとはいえ、自然に彼らの生活に入り込んで、時間を共有し、楽しんでいる。これもまた愉快で奇怪で滑稽なのである。
 現代社会のどこかでこういった滑稽な人たちが滑稽なことを繰り広げている様は容易に想像できる。滑稽な時代になったものだ。

 
  鈴木 崇子
  評価:D
   気だるいお話しです。主人公はじめ登場する人々みんな手ごたえがない、存在感がない、息遣いが感じられない、と言葉を重ねたくなります。それは作者により意図されたものでしょうが…。(タイトル通り幽霊みたい)
 ニセ学生となって大学に紛れ込んだり、狙ったアパートに空き部屋を作るため住人に近づいたりする、不可解な主人公。希薄で頼りない人間関係、現実感のないあやふやな感覚の中では、自分が何者なのか薄ぼんやりしてしまうのでしょう。実はそんなもやもやした感じに苛立ちを覚えているように見えるのですが、その苛立ちを弄んでみたり代わりに他人をつついてみたりするので、読者としてはさらに苛立ってしまうのです。
 わざと迷路にはまり込んで、浮遊感と倦怠感に溺れながら、もがく自分に自己陶酔さえしているよう。それは意地悪過ぎる見方でしょうか?

 
  高橋 美里
  評価:B+
   “わたし”の友人(男)吉元が言うには「住む場所なんかはどうでもよくて、大切なのは建物であり部屋そのもの」が、引越しにはかかせないそうだ。自分をきっちり嵌め込める場所、そんな場所を”わたし”と吉元は捜し歩いていた。
 そんな二人は一軒の木造アパートを見つけ、「住みたいところに住む」という吉元の言葉通り、満室のアパートから人を追い出す計画を立てる。だが、住民のことを知れば知るほど不思議な人間ばかりで、二人は「計画」に飲み込まれていく。
 住まい探しは自分の場所探しだ。そんな風に私は思っているのですが。(なんといっても今まで引越しをしたことが一度もないので、このことについてあまり深く考えたことはこの作品を読んだからなんですが)イチから自分の場所を探すというのはどんな感じなんだろう?自分自身すら上手く捕らえられていないのに、自分が「上手くはまり込める」場所を探すのっていうのは難しいのではないだろうか?
 吉元は自分の場所をみつけた。すべての人にその場所はあるのだろうか?
 因みにこの作品の巻末にある解説は良かったので、読み終えた後に目を通していただきたいです。

 
  中原 紀生
  評価:C
   高校時代の同級生で「はじめて一緒に眠ったあかの他人」の吉本が、木造アパート・菊葉荘にぞっこん惚れ込む。住人を追い出し吉本を引っ越しさせるため、ニセ学生になりすました「わたし」は5号室に住む二流私大生の蓼科に近づく。胡散臭くていかがわしい住人たち。祭壇とともに暮らす1号室のP、姿の見えない2号室の住人、「ふじこちゃん」に恋する3号室の小松、女の出入りがたえない4号室の中年男、フリルまみれの服を着た6号室の四十女。吉本と「わたし」の関係だって奇妙だし、蓼科をとりまく学生たちもどこかズレている。そもそも「わたし」の言動にしてからが歪であやしげ。最後には吉本が失踪して、「わたし」はどこかこの世とは思えない空間に放り出される。「だれがいて、だれがいないのかまったくわからない。…区分けされた小さな空間で、それぞれの奇妙な生活をくりかえしているのかもしれない。わたしたちが自分の部屋に追い出されて、こうして影みたいにうろついているように。」──セックスを性交と即物的に表現する「わたし」の希薄なリアリティ感覚が、しだいに日常生活に潜むプチ・ホラーをあぶりだしていく。不思議な味わいのある作品だが、やや散漫で凝集に欠ける。

 
  渡邊 智志
  評価:B
   ぱらぱらとページをめくって、行間から感じられる薄さから「これは記憶に残らないな」と直感しました。案の定、読了してあっという間に内容を忘れてしまったのですが、忘れてしまうという予感と忘れてしまったという事実とで、逆に記憶に残ってしまった本です。この雰囲気は好きです。でも自分が男であることと、女性の主人公/女性の作家であることで、けっきょくは理解しあえないような歯痒さを感じました。手前勝手で優柔不断で深慮の足りない男どもの方に強い共感を感じます。あーそうだよな、あるあるこういう感じ、でもこれって判ってもらえないんだよなぁ…。そんなバカな男の心理を覗かれて、全部見透かされているかのような描写は、とっても辛い。ちょっと過剰に反応しすぎなんだろうなー、と思いつつも、警戒したり反発を感じたり、身につまされすぎだよ、自分。気恥ずかしくもラストのシンプルさはとても好きですし、高い値段以外は気に入りました。