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ノヴァーリスの引用
ノヴァーリスの引用
【集英社文庫】
奥泉光
定価 480円(税込)
2003/5
ISBN-4087475816

 
  池田 智恵
  評価:C
   個人的に好みじゃない。この一言に尽きます。かつての学友の死をめぐって交わされる中年男性たちの対話から、一人の男の死の原因と共に様々な哲学的考察(なのかどうかもよくわからないのですが)が浮かび上がってくるという話なんですが、あんまりピンとこないんです。交わされる対話を、思考のレッスンとしては面白いと感じることができるし、青春を振り返る中年たちが自らの弱さを自覚する小説としてなら理解できるんですが。くり返される「マルクスの思想云々」の対話を「言葉遊びみたい」と感じてしまいました。わざとそう書いている…わけではないですよね。
「自分が死んだ後も世界が存続するとは考えられる。だが──」というような文章に心惹かれる方には面白いんでしょうか。それとも、「ある年代の人にとっての青春小説」としてとらえて割りきるべきなんでしょうか。

 
  児玉 憲宗
  評価:B
   なにせ十年も前に起きた事件である。深夜の大学図書館屋上からの墜落は、事故か自殺かそれとも他殺だったのか。恩師の葬儀で集まった四人の仲間たちが、再会をきっかけに事件を振り返る。十年の歳月は記憶をアヤフヤなものにし、意見の食い違いも多く、信ぴょう性に欠ける。その曖昧さの中で、唯一、明確な鍵として存在する石塚の卒業論文。事件の解明は思わぬ展開へと流れる。そして、流れるといえば、この小説自体も、探偵小説、幻想小説、怪奇小説とさまざまなスタイルに姿を変えていくのである。
 随所に見られる、蒼く、気取った文章も、思い直せば、実は高いセンスのもとに思考を重ね、真剣に誠実に選ばれた結果の表現と思えなくもない。 十年後、石塚の論文を読んだ主人公のこの感想と同様の印象を、まさにわたしが本書に抱いたのは単なる偶然だろうか。
 実は、この小説をあと20ページほどで読み終わるところで眠ってしまった。そして、夢の中で、続きを読み、完結を迎えた。目覚めた後、夢だったことに気づき、あらためて読破した。結末は、似ても似つかぬものだったが、まるで夢の中を彷徨うようなラストだった。

 
  鈴木 崇子
  評価:B
   何だか、アカデミックで静謐な雰囲気が漂っています(タイトルもそんな感じだし)。それは、大学が事件の重要な舞台になっていたり、研究者が登場して論理的な会話が交わされたりするからでしょうか。学術論文のような文章のせいでもあるのでしょうか。
 学生時代の友人の死にまつわるミステリー、過去を遡り謎を解く途中にあるのは、青くさい葛藤だったり、保守的なものに対する抵抗など…(70年代の)青春の忘れ物って感じです。意外に泥臭いです。異質なものを受け入れない閉鎖社会や変化を恐れる人々への、死者の叫びには共感を覚えました。でも、結局何だった訳でしょう? 独特の雰囲気(けっして嫌いではないけれど)に押されたままラストを迎えたものの、もやがかかったように真相がよくわからないのですが…。私だけでしょうか? …う〜ん、すっきりしません。

 
  高橋 美里
  評価:C+
   帯には「メタ・ミステリ」。著者は奥泉光。かなり期待して読み始めたのですけど……。
 この作品のお題は“10年前に起きた学友の死の謎”。登場人物は“恩師の葬式を機に集まった同級生”挑むべきは“記憶”という名の壁。
 ミステリにはよく見る題材。“記憶”というなんともあやふやなものを描ききっているのですが、表現されている言葉が一つ一つ難しいので、読みにくかった一冊。
 頭のてっぺんから終わりまで、文学の味わいのあるミステリ。

 
  中原 紀生
  評価:A
   ハンディな新刊文庫の感触は、十年前の単行本がすっかり古びて黴臭く、近寄りがたい古典的風格さえ漂わせていたのとはずいぶん印象が違っていて、それは文庫版の『死霊』(埴谷雄高)がどこかしら冗談小説めいた趣を醸しだしていたのに似たところがある。解説の島田雅彦さんも指摘しているように、この作品は、友人・石塚の十年前の死の謎をめぐって四人の衒学的な男たちが安楽椅子探偵よろしく推論する、探偵小説(知性の物語)と幻想小説(想像力の物語)と恐怖小説(肉体の物語)の三態構成でできている。この斬新でいて古めかしい構成をもったメタ・フィクションを通じて、グノーシス思想(反現実主義、霊肉二元論)が蔓延する現代におけるイエス・石塚の「復活」が描かれる。──ところで、ノヴァーリスの断章はじっさい奇蹟のように素晴らしいものなのだが、奥泉光がこの作品に刻み込んだ断章もまことに印象的だ。《祈るっていうのは想像することでしょう? いまとは違う現実に向かって、こことは違う場所に向かって、リアルに、いろいろに、想像を巡らせることでしょう?》《あなたたちが僕を理解しないで、僕があなたたちを理解しなかったのはたしかだと思います。しかし、本当は、僕らは理解しあうことなんかじゃなくて、もっと別のことをすべきなんじゃないでしょうか?》

 
  渡邊 智志
  評価:B
   冒頭、小気味良い! 非現実的といわれようが時代がかっているといわれようが象牙の塔といわれようが、実際にこういう口調でこういう思考法の(こういう口調やこういう思考法しかできない)一群の人種が存在するのです。こういう頭の中の人々が議論を戦わしている様子は、傍で見ている分には大層面白いモノなのです。裏を返せば、堅苦しい論文調の理詰めの議論の中にも、エンターテインメントに化けうる要素が潜んでいる、ということでしょうか。面白味を見出すのは読者の側の仕事なのですが、作者の側も積極的に面白味を感じながら書いている様子がありありとうかがえます。このまま全編押し切ってもらえれば、本当に新機軸だったかもしれない。探偵小説趣味をひけらかしはじめると、せっかく隠れていた面白味があからさまに曝け出されてしまって、こういう風に読みなさい、と強いられるような窮屈さを感じてしまいました。尻すぼみな印象があるのもマイナス。