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勝手に目利き
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半身
半身
【創元推理文庫】
サラ・ウォーターズ
定価 1,113円(税込)
2003/5
ISBN-4488254020

 
  児玉 憲宗
  評価:C
   正直言って、何度挫折しかかったことか。歴史背景、舞台設定やストーリー展開が複雑すぎてなかなかのめり込めない。投げ出しかけた本を再三手にとらせたのは、帯に書かれてある「読者を作品世界に連れ去る技量において圧倒的」という評である。何としてでも連れ去られたかった。
 陰鬱な牢獄に閉じ込められた霊媒の次第に明かされる過去や一見何不自由なく裕福に育った慰問の貴婦人の実はぎくしゃくした家庭や良い関係を取り繕うために決して心を許さない看守や囚人など、いろいろなプロットが絡み合う中で、作品全体に独特の空気が感じられる。二年間を行ったり来たりする日記には、混乱させられたが、次第にその効果をまざまざと発揮した。
 かくして、わたしは妙な雰囲気に包まれたまま読了を迎えたのだが、読む者としての力量不足ゆえ、作品の意図するものを堪能できたのかどうかは、文字どおり「半身」半疑のままなのである。

 
  中原 紀生
  評価:A
   ヴィクトリア期ロンドンの上流階級に属する孤独で繊細な未婚の女性マーガレットが書き残した「心の日記」と、やがてその「半身」として、親和力(アフィニティ)によって結び付けられ濃密で妖しい交情を深めることになる美しい霊媒シライナの手記を交錯させながら、徐々に明かされていく女たちの秘められた過去の欲望の物語をめぐるじれったいほどに緩慢な前半部から、やがて訪れるだろう魂の合一と肉的欲望の成就への期待の高まりとともにしだいに緊張の度を増していく後半部へ、そして一気に狂おしいクライマックスに達したかと思うや、通奏低音のように作品の最底部で密かに蠢いていた崩壊への危うい傾きが現実のものとなる残酷な結末へと到る、まことに「魔術的な筆さばき」(文庫カバー)の評言にふさわしい見事な叙述の力によって緊密に造形された物語。──マーガレットが慰問に訪れるミルバンク監獄とは、彼女の肉体を縛る心の象徴で、そこで出会うシライナは彼女の欲望そのものの造形である。シライナの支配霊が語るように、霊媒(肉体)とは霊(心=欲望)の奴隷である。だからこそ、この作品はマーガレットの「心の日記」(スピリチュアル・ダイアリー)によって綴られた。

 
  渡邊 智志
  評価:B
   現代の話でもよかったのに、あえて19世紀の物語にして独特の雰囲気を醸し出した…。この試みは(ハズレに決まってる!との意地悪な期待を裏切って)大当たりだったと思います。主人公の心情を吐露した日記の文章は、とても百年以上前の上流階級婦人とは思えないほど現代的な悩みでいっぱいなのですが、現代劇に頭の中で変換して読み進めれば問題なし。パラレルに進む物語という構成も(ありがちで思わせぶりな謎部分にはちょっとイライラしますが)まぁそれなりに成功していると思います。絶賛してもいいのに、なぜかためらわれるのは…、最後の最後までちっともビックリできなかったから、でしょうか。先の展開が読めたわけではないのに、ふーん…、て感じ。似たような雰囲気を持った小説や映像がたくさんありますから、なかなか驚けませんね。どうでもいいのですが、この監獄の地図は『薔薇の名前』の書庫を思い出しませんか? 内容は関係ないんですけど。