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勝手に目利き
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文庫本班

分岐点
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【双葉社】
古処誠二
定価 1,785円(税込)
2003/5
ISBN-4575234575

 
  大場 利子
  評価:B
   「日本にいながら国民ではないと言われることは死よりも恐怖だった。」その時代、築上に動員されるまだ13才の中学生は、この国の軍に身を置く大尉は、少尉は、伍長は、何を考え、何を知り、どんな道を歩もうとしたか。
 子供たちの学業は停止された。「未来を背負う者を徴発する──それは、飢餓におそわれた農民が種籾に手をつけることと同じだった。その場をしのぐために未来を犠牲にしてしまうなど本末転倒もはなはだしい。」現在にも通ずる。どうして過ぎなければ分からないのだろう。
 ●この本のつまずき→書体も紙もブックデザインはすべて、この物語にぴったりだ。

 
  小田嶋 永
  評価:B
   1970年生まれの著者が、「なあ、あんた日本が何のために戦ってきたのか知ってるか?」と問う。敗戦の直前、B29の焼夷弾爆撃、グラマンの機銃掃射が田舎町にも繰り返されるにいたっても、なおも「日本が降伏するなんてありえない」と信じ行動する中学生・成瀬、爆撃の中、祈り以外にすがるもののない対馬、成瀬を嫌悪する梅野。少年たちの行動の誤差は、皮肉なことに「あくまで自分の意思で動いているから」で、成瀬だけがその歩みを決して緩めることをしなかったからだ。少年たちだけではない。ひ弱な教員・柴田、敗戦を確信しつつも動員された少年たちを率いる片桐少尉、本土決戦を叫び少年たちに権力を振りかざす臼居伍長。終戦直前の、価値観の転換を予感し戸惑いつつ「何か」を信じ行動するしかなかった「皇国民」の姿は、「有事、有事」と、いつか来た道に踏み込みそうな現在、ぼくたちの未来でもあるのだろうか。

 
  鈴木 恵美子
  評価:A
   じりじりさせる。早くあの日が来て、終わってくれれば、もう理不尽に殴られなくても済む、殺されなくてもすむのにと。「死刑の執行日を 先に延ばされた囚人」のように 一日一日を、飢えと監視、暴力に曝されて、重労働に駆り出される少年達。グラマンの銃撃を受け、掘ったばかりの壕に逃げ込む、そんな死と滅亡の恐怖に隣り合わせの時間が、たまさか訪れた「自由」に輝く。勤労奉仕の女学生と食べ物を分け合い、他愛ない話をして笑うささやかな幸せ、それもつかのま、狩を楽しむようなアメリカの狙撃兵に友たちは撃ち殺されてしまう。もはや、アメリカの戦力に抗する術をもたない日本軍そのものの存在が人々を苦しめ、死なせているという矛盾は、軍内部の人間にも見えている。ここら辺は組織疲労を起こし、早く崩壊した方が将来の為になりそうなのにずるずる無駄な延命にあがいてますます人を苦しめる結果になっている昨今の政治状況にそっくり。成瀬少年のような知力も体力も優れているがために、洗脳されて人間性をゆがませた純粋な軍国少年、小皇国民は鬼畜アメリカ支配の戦後をどう生きるのかが興味深いところだ。

 
  松本 かおり
  評価:B
   舞台は太平洋戦争末期。疲弊した日本軍は、ついに中学生まで築城要員に編成、「一日二杯のコウリャン飯と塩汁」で防空壕掘りをさせ始める。日本は敗戦色濃厚。その中で、動員中学生のひとり・成瀬は憑かれたように「聖戦の完遂」を主張し、級友たちとの対立にもひるまず、頑として譲らない。
 成績優秀で教師の評価も高く「付和雷同とは無縁の、自分で考え、判断し、動く人間」が、自分の選択・判断にあくまで忠実に、周囲と一切妥協せずに突き進むとどうなるか。成瀬の恐るべき精神力と執着、絶対の信念は、狂気とほとんど紙一重。殺人も辞さない。13歳だと思うと一段と異様だ。
 しかし、戦争馬鹿のガキでは終わらないのが成瀬の凄さ。「自分の意思」は時代環境がどう変わろうと一切揺らがず、自らすべての結果を引き受けて「逃げない」。「責任とは、煎じ詰めれば非難を受け止める覚悟」ならば、成瀬こそ男の中の男、もっとも潔い男に思えてくる。嫌なやつだと思って読んでたけれど、最後に見直したね。

 
  山内 克也
  評価:A
   太平洋戦争は身近で古い出来事なのか、古くて身近な出来事なのか。もはや、直に知る人が少なくなったこの戦争を取り上げて、皇国少年たちの心の闇にミステリとして踏み込んだ古処の意気込みにまずは拍手。戦争末期の世相や学徒勤労の実態を徹底して調べ上げたのか、戦時下の特殊な雰囲気が臨場感を持って伝わってきた。負け戦と知りながらひたすら陣営構築に励む少年兵たちの悲痛さが漂い、戦争文学にも読めた。
 ストーリーは後半に動く。米軍の空襲の際、少年兵いじめの伍長が失踪。逃亡か戦死か、陣地構築の指揮官と憲兵が真相を探る。そして、未だ皇軍勝利を信じる少年が疑いの目を向けられる。尋問の中で、その少年の澄んだ瞳が、物語を意外な方向へと導く。今は傘寿前後を迎える当時の皇国少年たちは、戦争にどのように関わったか、その心境について口を閉ざし現在知る由はない。古処はあえて敗戦間際の彼らの狂気を描くことに挑んでいるのだろう。ミステリだけでは終わらない歴史観を問う作品とも言える。

 
  山崎 雅人
  評価:C
   終戦間近、だれもが暗黙のうちに敗戦を意識し始めていた。そんな中、本土決戦に備え、築城要員として召集された中学生たちがいた。皇国を強く意識し、お国のために命を懸ける覚悟の成瀬、純朴で心優しいがひ弱な対馬ら、少年たちの敗戦までの戦いを描いた物語だ。
 防空壕を掘り、空襲から逃げまどう日々。武器も竹光が精一杯、自爆用の手榴弾さえない。何かに憑かれたかのように暴行を繰り返す上官、目前で弾け飛ぶ仲間。戦争に意味などない。無意味さと虚しさだけがあるのだ。
 追いつめられた人間たちの集団では、皆が狂気を隠し持っていた。狂気が牙を剥く時、人間は思いがけない行動にでるのだ。そして少年はある価値観を胸に人を殺める。少年が守ろうとしていたものは何だったのだろうか。
 殺伐たる光景や悲壮感がリアルな、戦争の愚を描いた物語に、著者の作品『ルール』ほどの衝撃はない。それでも、その壮絶な結末には、直視に耐えない激しさがあるのだった。