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銀の皿に金の林檎を
銀の皿に金の林檎を
【双葉社】
大道珠貴
定価 1,260円(税込)
2003/6
ISBN-4575234664

 
  大場 利子
  評価:B
   「女性と言うものは、銀の皿だよ。そこへ、われわれ男性が金の林檎をのせるのさ」ゲーテ読本というものに、書いてあるそうだ。
 あたしは16歳。おかあさんの晴子ママは、東京にて出稼ぎ中の34歳。おばあちゃんの絹子ママは、見た目三十代の52歳で、8歳の歩と6歳の空の二人の母。そのヒモの魚谷は28歳。はて、その5年後、そのまた5年後、またその5年後は…。
 「成功もくそもない。始まりだよ、ここからが。いつもいつも、始まりしかないよ。始まって始まって、死ぬときが終わり、かな。わはは。」この通り、物語の時間は急かされず流れていく。心地いい。
 ●この本のつまずき→「ひとりで生きられないのなら、何人でなら生きられるんだろう。」私も知りたい。

 
  新冨 麻衣子
  評価:D
   主人公の夏海はお菓子のような小さな町で生まれ育つが、祖母や母親に習い自分もホステスになるため、町を出て銀座で働くようになる。他人とは深く関われない性格のまま、大人になり、ときに故郷の家族を思い出す。うーん…なんだろう、この読後感の薄さ。読むに耐えないというわけではない。だけど、閉じた瞬間に内容を忘れてしまうような類いの本だったなあ。

 
  鈴木 恵美子
  評価:A
   大道珠貴さんの主人公って、不機嫌で無愛想、不器用で不羈、ちょっと強面のネエチャンが、裸で立ちはだかってるってイメージがある。そういえば、「裸」でデビューしたんだよね。裸で生まれてきたのに裸で生きていくことが出来ない人間が、裸を恥じたり貶めたり、はたまた妙に誇ったりする中で、虚飾も自己憐憫もない裸の「さびしさ」を素で描けてるところが上手いと思う。「居場所はなくても行き場所はある」と高校中退して故郷を飛び出した16歳。「あたしは胸の奥がきゅうんとなる。幸せな人たちに近づいては、いけない気がするのだ。あたしがその幸せを踏みつぶしてしまいそうだから。」銀座、大阪と水商売を流れ、子宮頸ガンの予後を養う静岡での暮らしでも、「子宮をなくしてもう女じゃないのようと嘆いているつもりはないけれども。何となく不幸を相手にまでばらまく気がしちゃうんだなあ」という31歳まで、変わっていくようで変わってないのが純だ。「やさしさなんて私はきらいだけれど」と口ではいい、一見依怙地な強面の下、裸のさびしさが震えている。

 
  松本 かおり
  評価:C
   「あたし」夏海の冷め切ったダルな視線と物言いに、読んでいる自分もゆるゆるになりながら、16歳、21歳、26歳、31歳と時は過ぎる。ひとりの女が年を食っていく15年間。居場所を変え、職を変え、これといって派手な盛り上がりもなく、淡々と。展開だけ見れば少々退屈だが、「先がもう見えている。そういう感じは常にある」という夏海には惹かれるところがある。
 たとえば、ホステス夏海の辛辣さ。「中年は妻からも嫌われているように思う」「実際、すけべさが、ねちっこい。容姿は完全に衰えているのに、性欲だけがまだくすぶっているから、醜いのだ」。「モテないのはブスに決まってるじゃないですか。ブスは自分に合ったブオトコを見つけられれば、精神は安定しますよ」。キツイんだけども頷けるから憎めないのだ。
 理想に向かって一直線の熱く燃える人生なんて、カッコはいいけど鬱陶しくもある。あくびをしながら「まだまだいけるんだよなあ」とノッタリクッタリ、本当にやる気があるんだかどうだかわからない生煮えの雰囲気に共感。

 
  山内 克也
  評価:A
   大道珠貴の描く女性の主人公は、将来への夢がなく卑屈な性格ばかりで、正直好みの合わないヤツばかり。だけど、文芸誌でも書籍でも大道珠貴の名前を見ると思わず手に取って大方読んでいる。条件反射的に読み込んでしまう大道の小説の魅力はどこにあるのだろう。稚気を匂わすあのモノローグな文体に惹かれるのもそうだが、刹那的な生き方でも、目の前のある現実を前向きに捉えようとするテーマが、読み手の共感を得ているのかもしれない。
 本書では、16歳から31歳まで5年おきのホステス生活と小さな出来事をひたすら描いているだけ。21歳で同棲の少年からカネをせびられ、何も感じずに大金を出したり、26歳では大阪でガンになりながらも男を求めたり…。およそ性格破綻の行動パターンだが、その行動そのものが逆説的に主人公の「生きていく」という姿勢を強くしているようにもみえる。

 
  山崎 雅人
  評価:D
   金のためでも快楽のためでもない、無意味な援助交際に浸かって過ごした青春時代。ホステスとして過ごした20代。16歳で脱落者を宣言した夏海の31歳までの軌跡を、洒脱に描いた物語である。
 ぼんやり薄靄に包まれたような、とらえどころのない話である。男と寝てぼそぼそ、誰かと話した後にぼそぼそ、ボソボソぼそぼそ、無味乾燥な独白が続く。趣のある文章というより、覇気がない語りといった感じがする。
 その表現は、希薄な人間関係をリアルに表してるといえなくもない。寂しく乾いた世の中を、軽妙に描いているとも考えられる。怠惰な気分が静かに表現されていると思えなくもない。どうとでもとれる中性的な文体は、読む者の心ひとつで決まるのであろう。
 個性的な登場人物たちを、普通のように思わせる無表情な物語は、こころの中にかすかな足跡を残し、すーっと通り抜けていった。明日は明日の風が吹く。そんな小説である。