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勝手に目利き
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生誕祭
石の猿
【文藝春秋】
ジェフリー・ディーヴァー
定価 1,995円(税込)
2003/5
ISBN-416321870X

 
  大場 利子
  評価:B
   「ボーン・コレクター」を初めとするシリーズの最新刊。映画の出来云々に関係なく、一度観た映画「ボーン・コレクター」のまま、主人公リンカーン・ライムはデンゼル・ワシントン、そのパートナーのアメリア・サックスはアンジェリーナ・ジョリーとして、絵が浮かぶ。なんて、読み進めやすいんだ。
 ライムとリンカーンは、殺し屋の蛇頭を追う。中国から船で何週間もかけて、密入国者を運ぶ蛇頭。目新しさはないけれど、サックスの鑑識の姿には感動すら覚える。と云っても、完全に頭の中ではアンジェリーナ・ジョリーなので、やたら色っぽいのだが。
 ●この本のつまずき→ライムの部屋で事件の要点が書かれるホワイトボード。証拠が増えるたびに書き足されていく。そのホワイトボードがそのつど、頁上に。ライムばりに自分も事件解決出来だ。

 
  小田嶋 永
  評価:B
   リンカーン・ライムとその仲間たちの、おなじみの論理的・科学的捜査による犯人との対決であるが、敵は中国マフィアの殺し屋「蛇頭」である。自由で豊かな国、そして中国語で言うところの「美国」アメリカへ、決死で逃れてくる中国人たちは、しかし不法移民。その移民たちに「蛇頭」の執拗な魔手が伸びる。中国人コミュニティを舞台にしたのはともかくとして、囲碁、儒教、老荘思想、故事成語など盛り込んだサービス精神はいいが、米国の読者には理解しにくいんじゃないの、と余計な心配をしつつも、ライムの正義感、サックスの行動力は読む者を新たなシリーズの魅力へと惹きつける。シリーズものの面白さは、登場人物の成長や関係の変化にもあるのだが、とりわけ、鑑識捜査官とは思えないアクションを披露するサックスは、主人公であるはずのライムをもはや喰ってしまったか。

 
  新冨 麻衣子
  評価:AA
   映画化された『ボーン・コレクター』でも有名な<リンカーン・ライム>シリーズの最新刊だ。手も足も動かない車椅子の敏腕捜査官リンカーン・ライムと、言葉どおり彼の手足となって働くアメリア・サックスのコンビネーションは健在。 今回の敵は、11人の殺害容疑で国際指名手配されている危険な密入国斡旋業者<ゴースト>。自由を夢見てアメリカに密入国してきた中国人たちの命を守るため、謎に包まれたゴーストの行動をライムが追いつめていく。
 ゾクゾクする、巧みなストーリーの組み立てに、繊細な人物描写も抜群。一気に取り込まれてしまった。脇役では、ゴーストを追って中国からやってきた若き刑事ソニー・リーが好感度大です。

 
  鈴木 恵美子
  評価:A
   いい男達はお互いにその魅力をひきたて合う。国際指名手配中の蛇頭、ゴーストを追う男達、FBI、移民帰化局、ニューヨーク市警の合同班、勿論そのブレインは、おなじみ車椅子の科学捜査顧問リンカーン・ライム。かたや自ら密航移民になりすまし、ゴーストが爆破した船からアメリカにたどり着いた中国公安局刑事ソニー・リー。現場のグリッド(碁盤目を歩く)捜索を指示し、収集した物的証拠や情報の分析に、息詰まるような集中と緊張で糸口を見つけだしていく長い一日の終わった真夜中のライムとリーの会話がいい。およそライムの科学的合理思考とは逆ベクトル、小さな関帝像を飾り、線香をたいて祈るリー。お互いの酒を勧め合いながら語れば、勿論二人が拠ってたつ文化の違いの如く対立するのだが、リーの話には聞かせる力がある。「石の猿」孫悟空がライムにどんなに似ているか、自分なりの生き方に従う老子の道(タオ)、彼自身の過去、父との葛藤等。そしてリーが教える「世界で一番面白い」「秘密を頭の中にしまっておく」ゲーム、囲碁。本音で渡り合えるひとときの友情よ、永遠なれ。

 
  松本 かおり
  評価:AA
   「おそらく、世界でもっとも危険な密入国斡旋業者」で「十一人の殺人容疑で国際指名手配中」の蛇頭の大物・ゴーストが、中国から米国・ニューヨークに密入国した。殺人鬼を追う市警捜査陣。迫る死の影に怯える不法移民・チャン一家とウー一家。そして、捜査過程で明らかになる驚愕の事実!
 その大仕掛けもさることながら、全編随所に小技が冴える。緻密な心理・状況描写で危機感をじわじわと盛り上げ、「ああっ、やばいっ!」と思ったとたん、ひょいっと足元をすくってくる。緊張と安堵の繰り返しに病みつきになる。
 文化大革命の流血の歴史や「両親に対する尊敬」がまず第一という中国人の家族観、神話や老子・孔子の格言も印象に残る。たとえば、中国人刑事は老子の教えを捜査顧問・ライムに語る。「よく見ようと家を出る必要はない。窓からながめる必要もない。代わりに、自分の内側で生きよ。生きればおのずと見えてくる」。犯罪捜査のスリルに加えて、中国という国の奥深さをも垣間見せてくれる、読み応えのある1冊だ。

 
  山内 克也
  評価:C
   まるで「ジャストインタイム方式」のように、中国・蛇頭の殺し屋の企みを瀬戸際で阻むNY市警ライムの論理的な科学捜査の手法に「ほんまかいな」と、うなってしまった。ストーリーは、殺し屋が福建省からの密航者を皆殺しにしようとする、一週間のごく限られた時間の出来事。ライムの緻密な鑑識眼と洞察力を筆力強く描く一方で、彼の手足となって働く刑事たちや、早く目的を達成しようと焦る犯人の動きを追う。静と動のメリハリが利いた構成は、リアルタイムで話しが進んでいるようで、読み手にじりじりした感覚を味わせてくれる。
 ただ、蛇頭の殺し屋、中国人刑事といった中国関係の登場人物に、孔子の論語や、漢方医学の心得を言わせたり、やたらとってつけたような知識が気になった。中国文化との関わりが強い日本人が読むとなると、こういう衒学はかえって鼻についた。