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勝手に目利き
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りかさん
りかさん
【新潮文庫】
梨木香歩
定価 500円(税込)
2003/7
ISBN-410125334X

 
  池田 智恵
  評価:AA
   市松人形のりかさんと、よう子の心の交流を描いた話、なんて解説ではこの作品を解説したことにはならないのです。児童文学者である作者の作品世界は優しげで、柔らかな風が吹いているような雰囲気に包まれています。しかし、一見平穏なその世界の中に、様々なものが存在しているのをこの作者はよくわかっているのです。例えば、りかさんは、よう子の母に抱かれた瞬間、角が生えて、一瞬般若になってしまいます。「大人の女の人に抱かれるとときどきあんなふうになるの」というりかさんの言葉を聞いたときは、ぎょっとしました。よう子のお母さんはいわゆる平穏なお母さんのようなのに、彼女が抱いた人形は般若になってしまう。これはすごくこわい挿話です。でも、そういうこわさを内に秘めているから、この本は傑作なのだと思います。読み終えてすぐに続編を買ってしまい、それを徹夜で読んでしまうくらい印象的な作品でした。

 
  児玉 憲宗
  評価:B
   りかさんは、自分を愛してくれる持ち主と心を通わせ、会話を交わす人形だ。ようこが前の持ち主であるおばあちゃんから譲り受けた。ようこはこれをきっかけに、たくさんの人形からそれぞれの持つ思い出を聞くことになる。それは人形がいかに人間の生活に深く関わっているかを思い知るには充分なエピソードの数々だ。たかが人形、されど人形。お互いを大切に思う気持ちを人形の立場と持ち主側の両方から描く。とても新鮮な視点だ。
 新鮮な視点といえば、併録されている「ミケルの庭」もそう。一歳の幼児が抱く感覚を幼児の視点から見事に描いている。「りかさん」同様、こういった発想、感性は女性特有のものだろう。母性が生み出した母性を描いた秀作と思う。
 解説を読んではじめて気づいたのだが、「ミケルの庭」に登場する蓉子は、「りかさん」の主人公、ようこが成長した姿らしい。そういえば、蓉子の言動からは、ようこが持つ感受性の強さがうかがえる。おもしろい。

 
  鈴木 崇子
  評価:AA
   なんて優しい物語なんだろう、と思った。人形のりかさんは宜保愛子さんみたいに(この例えが適切かどうか?)人間の世界と異界(人形の世界)との橋渡しをしている。りかさんと祖母麻子が人形の過去の悲しみをときほぐしてゆく中で、主人公ようこはいろんなことを学んでゆく。起ることすべてに対してしなやかに受けとめていく姿勢。様々な存在に対して心を開き慈しみもって接する態度。どんな感情も否定せず包み込む知恵。
 この作者は、目に見えないものを、繊細だがしっかりとした言葉で丹念に表現している。それは例えば、人と人の間にある気のようなものだろうか。登場する女性たちのふくよかな心がとても魅力的だ。続編の「からくりからくさ」もおすすめ。

 
  中原 紀生
  評価:A
   お雛祭りのお祝いに、おばあちゃんから譲られた市松人形のりかさんは、一週間後、ようこに話しかけてきた。それだけではなくて、りかさんは、人形の記憶と思いをスクリーンに映し出す「向こうの世界の案内人」だった。おばあちゃんは、ようこに語る。「気持ちは、あんまり激しいと、濁って行く。いいお人形は、吸い取り紙のように感情の濁りの部分だけを吸い取っていく。」こうしてようこは、少しだけ怖くて切なく哀しい、古い人形をめぐる物語の世界に導かれていく。「人形にも樹にも人にも、みんなそれぞれの物語があるんだねえ、おばあちゃん」。りかさんは言う。ようこちゃんは媒染剤みたいな人になれるよ。──文庫書き下ろしの「ミケルの庭」では、成長した蓉子が、いまは染色工房に改造されたおばあちゃんの家で、二人の女友達と一緒に暮らしている。三人で、中国に短期留学した友人の娘、1歳2ヶ月のミケルを預かっている。まだ物語(すじょう)をもたず、だから物言わぬ、でも生きた人形・ミケルの心象を通じて、四人の女の確執と「向こうの世界」をかいま見させるこの短編は、「りかさん」とあわせて読まれるとき、比類ない純度をもった“怖さ”を結晶させる。

 
  渡邊 智志
  評価:B
   物語る口調が丁寧すぎます。そのことがかえって敷居を高くしてしまっていて、マイナス印象です。冒頭を読みはじめてすぐに“これから説教されるなー、昔のお話(過去の不幸な事実)から教訓を学ばねばならない、という脅迫観念に捕われるなー”という臭いが漂ってきました。一度身構えてしまうと、なかなか嫌悪感は拭えません。設定やストーリーは深遠で登場人物にも共感が持てますし、ご都合主義に終始したり宗教めいたりしない点などは、とても良い話だと思います。人形たちの世界を覗く描写も雰囲気がばっちり出ています。主人公が理解できない難解な古語をいちいち上段から解説しないで、フィーリングでなんとなく意味が感じとらせるに留めている点も、好感が持てます。身内により近いところから話が展開する前半の方が良い出来だと思いましたが、視覚的に印象の強い後半を幼い頃に読んだら、強いショックを受けてなかなか立ち直れなかったかもしれません。