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午前三時のルースター
午前三時のルースター
【文春文庫】
垣根涼介
定価 620円(税込)
2003/6
ISBN-416765668X

 
  池田 智恵
  評価:C
   「ああ、かっこいいことはなんてかっこわるいんだろう」。この言葉のもともとの意図を正確に把握してはいないのですが、私のこの作品への印象はまさにこれです。別に作品としてつまらないわけではないのですし、貶めるつもりもないのですが、全体に漂うこのかっこよくあろうとする様がどうにも。例えば、主人公がベトナムで知り合った女性に別れ際にキスされるシーン。仕方なしに娼婦をやっている彼女の台詞が、こう。「唇だけは、売り物じゃないのよ」あにゃー……。ださい……。醤油顔の日本人が「OH!」とか言ってるようなむずがゆさが。いや、かっこつけているのがかっこわるいんじゃなくて、類型的なのがかっこわるいんです。かっこいいの基準ってすぐ変わりますから。結局独自性から生まれたかっこよさじゃないと、かっこよくないんですよ。もっともこのノリを、「かっこいい」と感じる人もいるのかもしれませんが……。

 
  児玉 憲宗
  評価:A
   こ、これは。予想をはるかに上まわるおもしろさに気づくのにはそう多くのページ数は必要なかった。実は読む前はあまり期待していなかったのだ。
 特筆すべきは登場人物が丹念に描かれていること。今まで生きてきた背景とこれから背負っていかなければならない宿命が、性格や価値観をつくりあげる。人との出会いや係わり合いは、性格や価値観に影響を与える。こうして人はそれぞれ別の運命を手にするのである。運命と運命が交錯しながら物語は突き進む。思いっきり人間臭い小説だ。
 急ぎ過ぎとも思える「ご都合主義」的な展開さえ感じられるがそれはそれで構わない。テンポの良さも売りの一つであるこの作品にとってはむしろその方が歓迎だ。読者は立ち止まることを許されず、感動のラストまで一気に引っ張られるだけである。その力強さは、北米仕様のゼットのエンジン(くわしくは本書125ページを)並みだ。

 
  鈴木 崇子
  評価:C
   裏表紙の紹介文に「最後にたどりついた切ない真実とは」とあるが、全然切なくない。物語は御曹司の少年が謎の失踪をした父親を探すことから始まる。けれど、最後に明かされる一連の真相があまりに薄っぺらで、脱力。読みやすいが、安易なご都合主義の展開にそれってあり?と思う箇所、多数。人形のような母親や政略結婚の話、ベトナムでいきなり登場する走り屋仕様のタクシー(ほんとに存在するの?)などなど…。ちょっと白けてしまう。その上、冷めた男を気取っているくせに主人公から発せられるセンチメンタリズムがこそばゆい。細部を追求しなければ、それなりに面白く読める本かも知れない。

 
  高橋 美里
  評価:A
   少年の父親は4年前に失踪した。少年は家族には秘密でベトナムへ失踪した父親を探しに旅に出た。ベトナム行きを決めるきっかけになったのはあるTV番組。そして少年はベトナム旅行の同行を依頼した、長瀬にこう言った。「ぼくが父を見間違うことはありません。」
 少年はどことなく大人びていて、どことなく危うい。目の前にさらされる現実がどんなものかもわからない、ベトナム行きへと突き動かされるまっすぐな心。そして、息子であればいつか追い越す父親の姿。
 大人になっていく過程はやはり、読む側を引き込むくらいエネルギーが満ちている。読みながらあてられてしまいそうなくらいに。
 人々がタフな国ベトナムは少年の舞台にはピッタリ。また、この作品は少年の目線ではなく、同行者、長瀬の目線で語られている。これがまたカッコイイ。少年の姿が生きてくるというか、微妙な立場が際立つというか。
 どこか骨太な感じのするこの作品は、読み終えてもゴツゴツした感じがしました。でも、ラストのワンシーンはとてもきれいですっきりした読了感でした。

 
  中原 紀生
  評価:A
   失踪した父を尋ねてベトナムへ赴く少年。祖父の依頼を受けて少年に付き添う「おれ」と友人。現地で雇ったタクシー運転手やガイド役の娼婦。つきまとう不穏な男たちと謎の女。そして、四日間の危険な探索のはてにたどり着いた真実。──それぞれに濃い陰翳を帯びた人物がつかのま交錯し、痛々しいまでの情感を湛えた物語を織りあげていくのだが、一つの作品としてみると、構成上の危うさが壊れ物のような緊張をもたらす(この感触は初期の五木寛之の小説を思わせる)。第一章「少年の街」での少年と「おれ」の寡黙な友情が物語の後半で十全に展開されることはない。第二章「父のサイゴン」で語られるその後の父の物語はまるで白日夢のようにリアリティが希薄だし、祖父の行動にも疑問が残る。何よりも「おれ」が抱える底知れない冷酷と憂鬱の背景が明かされることはない。しかし作品に込められた著者の凍った熱気のようなものがそれらの疵を繕い、あまつさえ作品に忘れ難い印象を刻印する“過剰”を生み出している。それは、書きたいことと書ききれないことの実質をしっかりと掴み得た者だけが、ただ処女作においてのみ達成できることだ。

 
  渡邊 智志
  評価:B
   とっても急いでます。文字数に制限があったせいでしょう。バタバタと話が終わってしまいます。個性的な登場人物もそろい、舞台設定も特殊で、サスペンス・ミステリーとしても充分すぎる筋立てなのに、急ぎすぎています。あっという間に話が進んで、あっという間に謎が解けて、あっという間にそれぞれの鞘に収まってしまう。これがスピーディな展開というわけではなくて、いかにも文字数を削っている、という文章になってしまっています。分量が2倍3倍ある大作を、強引に2時間という時間枠に収めるハリウッドの大味な映画にして、それを再度ライターさんがノベライズした…、そんな甘さが感じられるのが残念でなりません。登場人物がステレオタイプなわりに、それぞれの特色を描ききれていないとも思います。事前の取材旅行を活かし、プロットを丹念に練って、作者の頭の中では完璧なストーリーが出来上がっているはずなので、特に残念に感じてしまうのです。