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勝手に目利き
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平面いぬ。
平面いぬ。
【集英社文庫】
乙一
定価 620円(税込)
2003/6
ISBN-4087475905

 
  池田 智恵
  評価:A+
   2行しか読んでないのに「なんだこりゃ!文、上手すぎ!」と思ったのは初めてです。驚いたと言うより、びびった。これは人気出るはずです。だってかっこいいもの、乙一の文は。不用意な解説を煩わしく感じさせるほどに。ところで、多くの人がこの人の物語を解説できないでいるのは、彼の作品が一切自己投影をしていないからではないでしょうか。自己投影させないということは、共感を求めないと言うことです。だから、読み心地がクール。そのくせ登場人物たちが常に欠落や、周囲に対する違和感を感じていてるとこなんか、小説好きのツボを見事についてますね。「天才」なんて裏表紙に書いてしまう担当の方の気持ちがよくわかります。しかし、これが「Jump novel」に掲載されていたってのが面白いですねえ。デビュー時に彼を推した栗本薫の評価は正しかったわけですね。

 
  延命 ゆり子
  評価:B
   短編が四つ。刺青が動き出したり、人形が生きていたり、二人にしか見えない幻覚の友人がいたり、和風メデューサとの対決など、突飛な設定が多いので、物語を把握するのに時間がかかるが、いつの間にか引き込まれている。そしてその中にも巧妙に謎が隠されていて、アッと驚く展開になる読者サービス。先が読めないので早く続きを知りたくなるし、どんなに荒唐無稽な話であっても、どこかホロリとするような結末が用意されているので読後感もさわやかです。が、いつもよりは毒が少なめ切なさも少なめ。全体的に薄味な印象。その中で『石ノ目』の緊迫感が良かった。

 
  児玉 憲宗
  評価:A
   乙一流ファンタジーは、奇抜で魅力的なキャラクターが中心となって繰り広げられる独特な雰囲気を持つ世界が特徴だ。「石ノ目」では、村に古くから伝わる、その目を見た者を石に変えてしまう女が、「はじめ」では、限られた子どもにしか見えない幻想の中の少女が、「BLUE」では、命を持つぬいぐるみが、そして「平面いぬ。」では、からだ中を動き回り、時には吼え、物も食べる犬の刺青が、まわりを翻弄させながらもその魅力を存分に振り撒くのである。「ど根性ガエル」を彷彿させる「平面いぬ。」には、三村マサカズよろしくツッコミを入れたくなるようなバカバカしささえ兼ね備えている。
 どの作品も、家族や友だちに対する真実の愛や友情を思い出させてくれる。どこかに置き忘れた大切な宝物がふとしたきっかけで見つかった時と同じ喜びを手に入れることができる短編集だ。

 
  鈴木 崇子
  評価:B
   刺青の犬が生命を持ってしまったり、想像上の女の子が一人歩きしてみたり…。一見特異な状況はファンタジーホラーと呼ぶべきものかも知れないが、描かれているのはノーマルなテーマ。「石ノ目」の母を探す主人公や謎の女、「はじめ」の幻覚の中に存在する少女、「BLUE」の持ち主に愛されたいと願う醜いぬいぐるみ、「平面いぬ。」の家族に愛されていないと感じている鈴木。相手はそれぞれだが、みんな片想いをしている。報われなかったり、すれ違ったり、後で気付いたり。何だか胸がきゅんとなってしまう物語ではないか。成就することのない想いも、作者によって十分に弔われ昇華しているというか、決して暗くは終わらないところが良かった。同じ作者の作品でも2月の課題図書の「さみしさの周波数」より読みやすかった。

 
  高橋 美里
  評価:A
   集英社から出された『石ノ目』の改題なのですが、このタイトル、この装丁の方がしっくりくる感じがします。
 この作品は4作品を収録する短編集。なかでも、“はじめ”は何故か心に染みてくるものもあり、はっとさせられるところもあり。
 私は小学校4年生の時に“はじめ”に出会った。きっかけは、学校飼育のひよこを私が踏み殺してしまったこと。罪悪感とショックで私はそのヒヨコの死骸を下水道に流してしまう。その翌日、私の犯行は明るみにでてしまうのだが、前日に当番だった木園は「鶏小屋に入る別の人物をみた」と証言をする。それは、“女の子”で“はじめ”という名前のコ。“はじめ”はこうやって誕生した。
 ヒヨコ殺しの噂は徐々に薄れていくも、“はじめ”の噂は消えることはなかった。私と木園は“はじめ”という1人の女の子を創り上げていった。しかしある日、私と木園には、“はじめ”の姿・声を認識できるようになった……。
 私と木園に見えていた“はじめ”は幻だったのだろうか?人が求めるから現れてくるものこそ、幻であって欲しい。2人が創り上げていった“はじめ”は2人の間にいつまでも居る。2人が成長しても、例えば、“はじめ”が死んだとしても。
「みんなが知っているけど、誰も見たことがない」
 そんなコの話、如何でしょうか?

 
  中原 紀生
  評価:AA
   それが「天才」のなせるしわざなのかどうかはともかくとして、乙一の語りの巧みさはちょっと比較を絶している。和製メドゥーサと民話調母恋物をミックスした「石ノ目」は、物狂おしい女の業のたちこめる家と空間の怖さを見事に造形しきって読ませる。空想の少女との出会いから死別までの八年間の出来事を淡々と綴った「はじめ」は、冒険と喪失の少年小説として絶品。静かな感動を湛えたその質と完成度は、表題作と比べても甲乙つけがたい。みにくいぬいぐるみの悲惨と救済、友情と裏切りを描いた「BLUE」は、シニカルで残酷な童話の原型を思わせる。中国人彫師が少女に刻み込んだ小さな青い犬の刺青をめぐる怪異譚「平面いぬ。」は、クールでリリカルな乙一の世界を凝縮している。──それにしても乙一はすごい。とてつもない歌唱力と表現力をもった(でも、まだ決定的な代表作にめぐまれない)アイドル歌手のようなもので、これから先どう化けていくのか、その可能性にわくわくさせられる。

 
  渡邊 智志
  評価:A
   大絶賛。『石の目』:古典的な幽霊話と、随所にちらちらと覗く現代的な感覚のちぐはぐさが、アンバランスでありながら、本作を稀有なものに昇華させていると思います。『はじめ』:最も優れていると思います。少年期特有の鋭い感性が、これだけビビッドに描かれている短編は初めてです。『BLUE』:幼児向けの童話めいた口調でありながら、描かれている価値観がちっとも古びていない点に好感が持てます。『平面いぬ。』:誰でも思いつきそうな設定とストーリー展開なのですが、遊び心を忘れず、余裕のある筆致を見せてくれるので、小説を書くことを楽しんでいる様子が伝わってきて、嬉しくなります。短編集全体として、恥ずかしげもなく「AAA」評価にしてもいいと思っています。細かな描写の粗さが、逆に味になっているのも見逃せません。ただし、表紙のイラストが腹でなく尻に見えてしまうので、その点はマイナスポイントなのです。どうでもいいけどね。