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勝手に目利き
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輝く日の宮
輝く日の宮
【講談社】
丸谷才一
定価 1,890円(税込)
2003/6
ISBN-4062118491
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  大場 利子
  評価:B
   踊り字。1頁目に、「すた  」「ちら  」。2頁目に、「さう  、さつきお使ひが……、」「郵便屋さんぢやなくて?」。何か古い物語より、受験勉強を連想してしまうのが、悲しいところで、読み始め早々、腰がひけている。
 それでいて、読み進む、読み進む。『婦系図』『高野聖』『奥の細道』『平家物語』なんて、軽く、つらつらと、いっぱいまだまだ、出てきて、よく分からないが、おもしろい。もう少し、分かろうと努めて、つっかえてつっかえ読んでも、良かったかもしれない。
●この本のつまずき→きちんと話そう、きちんとした言葉でメイルを書こうと思わせられた文体。心地がいい。

 
  小田嶋 永
  評価:A
   丸谷才一の独壇場ともいえる旧仮名遣いは健在。それにしても冒頭、泉鏡花風の文体に、急速に挫折しそうになる。すると、よおく知っている「麹町郵便局の奥の方テレビのある辺。簡易保険、年金の前の椅子」などと書かれてあり、なんだこれは現代の話ではないかと安心し、実は作中作だったのかと知らされる。さて、この作中作が主人公の日本文学者一家の背景とからみつつ、話の本筋は、松尾芭蕉がなぜ『奥の細道』に旅立ったのか、『源氏物語』に欠落しているといわれる幻の一帖「輝く日の宮」についての説が、主人公の推理として語られる。返す論理で学者や学会の実態への批判もシニカルである。小説の手法を借りた文学論、などと訳知りに評するのは愚の骨頂か。物語と論理が、縦横かつ綿密に張り巡らされ、ユーモアも仕掛けられている。批評とは何か、小説とは何かを意識しながら再読してみたい。

 
  鈴木 恵美子
  評価:AA
   「雲隠」と巻名のみ伝わる源氏の死のくだりを小説化したユルスナールの「源氏の君の最後の恋」(「東方綺譚 」収録)をかつて読んだ時、その知的冒険の大胆さに驚いた。が、それより更に洒脱奔放、美妙巧緻、余韻渺々。藤壺と源氏の最初の逢瀬を描いたとされる「輝く日の宮」の巻創作を最後に据えるこの小説、確かに「をを」。魅力的な若手研究者安佐子が、次々と繰り出す新説は、「朕は学界である」の権威に根拠もなく下され、出版を妨害されたり、少女時代に書いた習作小説まで暴かれあてこすり批判された挙げ句、「学問的じゃないから小説にすれば」と慇懃無礼な捨てぜりふを投げられる。それを啓示のように、紫式部が道長にかの巻を棄却させられた思いが安佐子に憑依する。安佐子の研究に共通している「時間」は流れて尽きぬ「水」を連想させるが、彼女をめぐる恋も水のイメージ。エロチシズムも大人の洗練。そしてこの流れの中でこそ、美意識に律せられた貴重な過去が現在の中に立ち現れ、死者達が語る世界が王朝絵巻さながらに繰り広げられる。その目もあやな知的絢爛、一読感嘆、すぐさま再読三読したくなる仕掛けやディテールに満ち、達者、巧者の極を堪能させる。

 
  松本 かおり
  評価:A
   「人間が生きていくに当つての、野放図さといふか、多寡をくくるといふか、怖いもの見たさみたいな、怖いもの知らずみたいな、さういふ所をきちんと把握する、見のがさない、それが小説の有難さだといってはいけないだろうか」。
 芭蕉はなぜ東北に行ったのか。『源氏物語』に「輝く日の宮」の巻は存在したのかどうか。学術研究よりも自由度の高い、この「小説」という世界のなかで、新しい切り口をもとに奔放に自説を展開していく女子大講師・杉安佐子が、とても生き生きしていて魅力的だ。特に、学会発表で「論の進め方に飛躍が多い」だの「学問としての着実さに乏しい」だの突っ込まれたあとの、鮮やかで笑える切り返しぶり、シンポジウムでのしたたかな女性源氏学者との応酬がスリル満点。大胆な仮説から分析・考察・想像を駆使してオリジナルな結論を引き出していくあたり、たとえば犯罪小説の犯人捜査同様のわくわく感に浸れる。
「紺屋の杓」「奥山の千本道」なんて洒落た言い回しも初めて知った。こういう知的好奇心をかき立ててくれる物語との出会いは、本当に嬉しい。

 
  山崎 雅人
  評価:B
   的確な表現ではないかもしれないが、本書は、旧かな使いで書かれた柔らかな文体を持った、現代古典文学である。そのいっけん格式の高そうな語り口に身を委ねることができたなら、この上なく美しく魅惑的な丸才ワールドに、ずっぽりとはまることとなる。
 源氏物語の耽美な世界、欠落した一編『輝く日の宮』をめぐる大胆な推理がダイナミックに展開する。そこに、主人公のピュアでいてどこか破滅的な恋愛模様が織り重なる。時代を越えた男女の共演。艶やかで神秘的な恋の行方が、きらびやかに描かれている。
 教養に裏打ちされた切れ味鋭い視点。古典文学をテクストに用いながらも、決して堅苦しくならず、小気味良く仕上げる技は、感嘆の極みである。だれにも真似することのできないであろう、匠みの職人芸なのだ。
 読後、ワンランク上の読み手になったと錯覚させてくれる変幻自在の物語は、古典に興味のない人にもお薦めのポップな一冊である。