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シェル・コレクター
シェル・コレクター
【新潮社】
アンソニー・ドーア
定価 1,890円(税込)
2003/6
ISBN-4105900358
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  大場 利子
  評価:A
   目次に並ぶ短篇の、八篇のタイトル。読み終えて、何日も経て、目次を眺めるだけで、思い出せる、それがどんな物語だったかを。
 なかでも最も強烈に思い出せるのは、どれも本当に強烈に思い出せるのだが、あえて言うならば「ムコンド」。『流れ、流動、急流、通過、疾走。川の水、地面に勢いよく注ぐ水、ドアや窓を通る風、船の航跡、トラックの通過跡、動物の疾走などについて言う』そうだ。その意味が示すように、タンザニアに派遣された化石ハンターが走っている女に出会う。まさに「ムコンド」。感じる、それらの「ムコンド」を。
●この本のつまずき→惹句「時間が止まる。息を詰め、そっと吐く。」どの短篇にも当てはまる。絶妙だ。

 
  小田嶋 永
  評価:B
   表題作「シェル・コレクター」は、ケニアの孤島で愛犬と暮らす、盲目の貝類学者を描く。彼は視力がまったくないにもかかわらず、掌で貝をつつみこみ、その貝の種類・生態を感じとる。また、「ハンターの妻」は、ハンターが一目ぼれした女性は、動物の見ている夢を感じとる能力をもっていたという話。現世と隔絶しながらの生活が多く描かれており、「訳者あとがき」では、本作品集に共通するテーマとして「自然への畏怖の念」をあげているが、さらにいうならば、人間は自然と対峙するのではなく、自身がその自然の一部であることを感じとり、体験することを描いているといえよう。感覚に集中し、全身を感覚としてすべてを感じとる。そして、その感じるという体験を言葉で表現するという試みにあふれた作品群である。

 
  鈴木 恵美子
  評価:A
   無心に愛でる者に限りない喜びを与え、尽きない謎を秘め続ける究極の神秘、不可知な恐怖の源でもある自然を描いてあくまで美しい。その中で生きる人間達が描かれる8つの短編集。特に、ケニアの海で貝を拾う老学者、零下二十度を超える冬のモンタナで動物たちの魂と交感するハンターの妻、ハープスウェルの海岸で釣り竿を振るう14歳の少女、タンザニアの暗い山道を走り抜けるナイーマ達は、科学文明によって鈍磨されてしまった私たちの感受性にはない純粋さ、野生、自然に対する敬虔で豊かな共鳴力に満ちている。やはり彼らが生きている自然が圧倒的で原初的な力を失っていないせいか、それに感応する彼らの生命力も、自然そのものの力強さだ。芸人と出奔して世界中を流浪する姉から来る手紙を捨てても、ボイシの街のつましい暮らしを守り続ける妹。大物釣り争いコンテストでヘルシンキ、ポーランド、リトアニアで土地の人々や魚に翻弄されるアメリカ人たち。海岸に乗り上げた鯨たちにリベリア内戦で難民としてオレゴン州に打ちあげられた自分を重ね自己回復に苦しむジョセフ。彼らも又、前者達ほど奇跡的ではないが、その地、それぞれその地から生き続ける力を得ているのだ。

 
  松本 かおり
  評価:AA
   美しい物語の数々。素晴らしい短篇集だ。読み終えたあと、暖かく穏やかな気持ちが、静かに広がってくる。モンタナ州の山々やメイン州の海、タンザニアの深い森など、豊かな自然の世界にも引き込まれる。貝からクジラ、熊、コヨーテ、多様な生きものが登場するところも、動物好きにはたまらない。
 全8篇、どれも繰り返し読みたい魅力作だが、特にお気に入りを挙げるなら最終篇の「ムコンド」だ。タンザニアの森を疾走し、自らの野性を解き放って生きてきた若い女・ナイーマは、アメリカ人男と結婚してオハイオの町に移り住む。が、待っていたのは想像以上の生活環境の激変、野性とは無縁の退屈な日々だった。冷え切った夫婦関係、長い疎外感と焦燥、虚無と苦悩の果てに、ついに見出した活路。かつての生命感を取り戻し、蘇っていく彼女が眩しい。
 孤独であることを悪者扱いする人は多いが、誰といようが人間は結局はひとりだ。孤独感から逃げず、自分の内なる声に耳を傾けること。そこから得られるものの大きさを、本書は教えてくれている。

 
  山内 克也
  評価:AA
   静謐に包まれたような文体の8編の小説。不安、疑念、恐怖といった心情を搾り出してポトリポトリと滴を垂らすみたいな筆致が冴えわたり心に染みる。常に緊張感が孕んでいる。だが、急展開のカタストロフィーに陥ることはなく、人間の持つ性根の穏やかさと優しさに触れることで、生きることへの希望を掬いだし、安堵感を取り戻してくれる。翻訳のうまさもあると思うが、ケレン味ない熟達した文の紡ぎ手に脱帽。作者は年老った作家と思いきや、表紙の見返しを見るとまだ三十路の男性。アメリカ文学は底深い。
 一番読み込んだ作品は「たくさんのチャンス」。主人公は父親の職業のことで家族の不和に悩む少女。その少女が、夏のバカンスで海辺に訪れた少年に教えられた釣りをすることで、自らの居場所を見つけようとする、その健気さに胸をうたれた。

 
  山崎 雅人
  評価:C
   老学者は貝を拾って暮らしていた。偶然、貝の毒で病を治したがために、人々が孤島に押し寄せてきた。表題作「貝を集める人」。死者の魂にふれることのできる女性と夫の苦悩の物語「ハンターの妻」など8篇は、豊かで美しい自然と人間の孤独との有機的な繋がりを、静かで淡々とした筆致で描いた、寓話的雰囲気を持つ洒落た短編集である。
 自然と人間が渾然一体となった世界を、色鮮やかに表現した物語は、時に異界をも融合し、超自然的な世界観を見せつける。単なる幻想世界としてではない。すべてが理性的な存在として描き出されているのだ。
 そんな複雑な感覚を著者は雄弁には語らない。贅肉をそぎ落とし、わずかな言葉でささやくに止まる。感覚を研ぎ澄まし行間を読むことが要求されるのだ。これは読むのに少々骨が折れる。堅苦しく畏まった感じも若干気になる。苦労の価値はあると思うが、肩は凝る。読み手のセンスが問われる作品である。