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無人島に生きる十六人
無人島に生きる十六人
【新潮文庫】
須川邦彦
定価 420円(税込)
2003/7
ISBN-4101103216

 
  池田 智恵
  評価:A
   この本、泣ける。本当に泣いたわけではないが、泣けるような本である。内容はシンプル。タイトル通り、無人島に流れ着いた16人の漁師が力を合わせて苦難を乗り切っていく話だ。やぐらを建てたり、水を確保しようとしたり、食料を探し出したり、などの実際的な事についての描写ももちろん面白い。が、泣けるのは、この人たちが困難な状況でも誇りを失わずに生きようと尽力し、最終的に大きく成長してかえってゆくところである。船長は言う。「きょうからは、げんかくな規律のもとに、16人が、一つのかたまりとなって、いつでも強い心で、しかも愉快に、ほんとうに男らしく、毎日毎日をはずかしくなくくらしていかなければならない」こうした心がまえのもと、互いを支え合う漁師たちの姿には、人間がいかにあるべきかの答えみたいなものが感じられる。彼等はとてもかっこいい。誇りを持って生きるというのはこういうことなのだ、と思わされた。

 
  延命 ゆり子
  評価:B
   明るくて、シンプルで、人間的で、強い心を持つ海の男の物語。戦前のお話だけあってナショナリズムも満載なのが少々鼻に付きますが、私も根が単純なだけに無人島での生活にぐいぐいと引き込まれる。子供のときにこういう話を貪るように読んでいたなあ。子供って主人公に自分を投影してカタルシスが得られる話が大好きだもの。それにしてもこれが本当に実話なのだとしたらすごい。海水から蒸留水を作るってのはまだいいにしても、草を干して乾草をつくりそれを編んでゴザをつくる、帆布をほぐした糸で網をつくる、海亀の放牧場をつくる、塩をつくる、インクをつくる、アザラシの肝を病人に飲ませる。もう何でも自分たちでできるバイタリティが各人に備わっている。しかも心がくじけないように、年上の人たちは厳しくそして優しく、ときにはユーモアを持って人間らしく生きられるようにみんなを指導する。なんて立派な堂々とした生き方なのだろう。「いつでも先の希望を見つめているように。日本の海員には、絶望という言葉はないのだ」この言葉を支えにして私も強く生きてゆきたいと思う。 〔読書感想文 (社会人生活)6年A組 延命ゆり子〕

 
  児玉 憲宗
  評価:A
   わたしは島で生まれ育った。舟で沖に連れられ、ドボンと落され、泳ぎを覚えた。造船会社に勤める父や船乗り目指して商船学校に進んだ兄と同様、海に囲まれていることを当然のこととして育ち、素晴らしさも恐さも知らず知らずのうちに学んだ。だから、わたしは、海の話、船の話にはいつも心踊る。
 明治31年、太平洋上で遭難し、無人島に辿り着いた16人の話である。当時の船長として仲間を率いた高等商船学校の中川教官が話してくれた体験談を実習生だった須川さんが本にまとめた。
 絶望的状況に立たされながらも決して希望を捨てず、誰一人欠けることなく生き抜く闘志を持ち続けた男の姿がここにある。行動力、判断力、結束力、独創的なアイディアといった強さや仲間や自然に対する優しさを持ち、苦しさを吹き飛ばす喜びを見出す。中川さんの「まえがき」にあるように、卓越した筆力と航海の知識を兼ね備えた著者だからこそ、ここまで表現できたに違いない。この物語は理屈なくおもしろい。

 
  鈴木 崇子
  評価:A
   これだけ理想的な漂流譚はないだろう。逆境にあってこんなに前向きになれるものかな?と驚き疑ってしまうほど。船長はじめ乗組員みんな、勇気があって働き者、心優しく協調性があり、海の男としての誇りと生還への希望を決して失うことはないのだ。素晴しすぎる…!
 事実に基づく話だということだが、発表された時期(昭和16年)などを考えると感動的な美しい話ばかりが強調されているような気がする。けれど、それを差し引いても読み物として面白いからいいのだと思わせてしまう魅力がある。ここまで明るく痛快だといっそ気持ちがいい。数々の知恵と工夫で無人島生活を豊かなものにしていく様子に、漂流という過酷な運命を忘れてけっこうわくわくして楽しんでしまった。

 
  中原 紀生
  評価:B
   この本が湛えるのびやかで楽観的な明るさは、明治という時代を生き延びた男たちの「技術」に支えられている。それはたとえば、無人島生活を始めるに際して誓い合った四つの約束(島で手にはいるものでくらしていく、できない相談をいわない、規律正しい生活をする、愉快な生活を心がける)や、夜の見張りは「つい、いろいろのことを考えだして、気がよわくなってしまう心配がある」から、老巧で経験豊かな年長者が交代して当番にあたるといった知恵のうちに示されている。「ものごとは、まったく考えかた一つだ。はてしもない海と、高い空にとりかこまれた、けし粒のような小島の生活も、心のもちかたで、愉快にもなり、また心細くもなるのだ。」このリアリズムが潔い。感動はないが、いっそ清々しい。(本書の明るさは、随所に挿入されたカミガキヒロフミのシュールでファンタスティックなイラストの力によるところが大きいと思います。)

 
  渡邊 智志
  評価:A
   表紙や挿画のマンガチックなイラストが印象を悪くしていますが、文章はとても面白く、あっという間に読んでしまいます。口頭で語られたお話を記述した、という体裁なので、本当はもっと(身振り手振りや質疑応答などで)情報量が多かったのでは、と思われますから、ずいぶんとさっぱりと終わってしまって物足りない気分にさせられます。もっとここには書かれていない物語があったに違いないのですが、これ以上長いと子供向けじゃなくなってしまうのかな? 船長以下、階級と年齢に応じた上下関係を保ちつつも、生存と生活のためには分け隔てなく公平に役割を分担し、それぞれの出来ることをきちんと果たしてゆく姿には勉強させられます。原始集団(素朴な団体)の成り立ちと発展の過程など、社会学的な観点から観察するのも面白いかもしれません。島の地図は想像をかきたてるのにたいへん役に立ちましたが、腰布をまきつけたイラストは要らない(間違ってる)!