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てるてる坊主の照子さん
てるてる坊主の照子さん
【新潮文庫】
なかにし礼
定価 (上)460円(税込)
   (中・下)420円(税込)
2003/8
ISBN-410115421X
ISBN-4101154228
ISBN-4101154236
(上)
(中)
(下)

 
  池田 智恵
  評価:A
   主人公の照子さんは、戦後をたくましく生き抜いた女性の一人である。威勢がよくて挑戦心旺盛な照子さんは、魅力的だけど、ワガママだ。女優というかつての自分の夢を娘に託し、長女をフィギュアスケーターに、次女を女優にさせる。その間に下の二人や夫はほっぽらかしぎみ……。と、いう照子さんの造形を見て、なかにし礼はエライとつくづく思った。そうなのだ。母親だって人間なんだから、えこひいきするし、わがままだって言うのである。大体からして家族という関係は不条理なのだ。他人であって他人でない。しかし、不条理だからこそ生まれる力強さみたいなものがあって、なかにし礼が「家族という錬金術」と、表現しているものはそういうものだと思う。テンポのよい文章が気持ちのよい佳作。

 
  延命 ゆり子
  評価:A
   高度成長期の日本で頑張る家族。肝っ玉母さんの照子さんは家族を明るく照らして、商売も成功させる。そして長女と次女を一流のスケート選手と売れっ子歌手に育て上げる。非常に幸運な家族。しかもこれ実話を元にしてるんですって。嘘みたいねぇ。しかし、その母親のモーレツぶりが私にはしんどい。努力と根性が幸せを手に入れるという図式が古い。途中、魂の錬金術という話を夫から説明され、成功だけが重要なのではなく、自分がその困難に立ち向かうことによっていかに成長できるかが大事なのだということに照子さんも気づかされる。そしてそこからさらに長女は飛躍することができるのだが、それって教育が良かったというよりも、その長女が素晴らしい資質を持っていたということに他ならないのではないのだろうか。精神的な強さ、まっとうさがあの母親のモーレツぶりから生まれたものだとしたらちょっとやだなあ……。とはいうものの、上・中・下三冊あるにもかかわらず、一気に読むことの出来る展開で十分に楽しめますし、きっちりと笑って泣けるエンタテイメントであります。

 
  児玉 憲宗
  評価:B
   パワフルな照子さんを中心としたパワフルな家族の話である。もちろん原動力は家族の強い絆。それぞれの立場で互いを大切に思う姿がよく描かれている。一家を養う責任を担う父親、春男さんは慎重で堅実。一方、母親の照子さんは向上心の強い行動派だ。ちなみに、四人の姉妹に対する母親の夢や期待は平等ではない。でも問題ない。愛情は平等に注がれているからだ。結果的に、姉二人は、母親から多大なる期待をかけられる幸せを、妹二人は、期待されない自由を得るのだ。
 ユーモアがあり、ほのぼのとして、活気に溢れている。そんな家族であり、時代であり、作品だった。

 
  鈴木 崇子
  評価:A
   とにかく面白かった。戦後の決して豊かではない時代の豊かな家族愛の物語。昔のホームドラマを見ているようで懐かしい。夏には風鈴の揺れる縁側でスイカの種を飛ばし、年末は紅白で締めくくっていた頃の日本人的感性にうったえられると、抗えない。こういう話には無条件で好感を持ってしまう日本人としての私…。
 この本についての予備知識はなかったので、最後にモデルが明かされてへぇ〜と思った。(75へぇ〜くらいか?)主人公照子とその夫、4人の娘たちの家族の物語なのだが、照子さんの、バイタリティーにあふれ元気で明るいことといったら並大抵ではない。この一家における太陽のような存在だ。そして、「一生懸命」という言葉がぴったりの母の愛情に応えるように才能を発揮してゆく上の娘たち春子と夏子。気になったのは、下の娘たち秋子と冬子の描写が少な過ぎてバランスを欠いている点。一家の歴史を語っているのは冬子という設定なのだが、下二人の心理描写はさらっと流している感じ。(春子と夏子に比べ)平凡だった秋子と冬子の物語を読んでみたい。

 
  高橋 美里
  評価:A+
   昭和のはじめにあった大きな戦争を経て、軍人からパン屋へと転身した、岩田春男。かたや、結婚式の時に鳴り響いた空襲警報に一番に逃げ出したという妻・照子。物語はこの二人からはじまります。
夫婦の間に生まれた、春子・夏子・秋子・冬子の四人姉妹はすくすく育ち、照子は生来の気性でどんどん突っ走っていく。「恵まれた才能」を持って生まれてきた人がこの家族に居たことから一家の生活が変わっていく。
照子は自らの企画で、テレビ喫茶を営み始め、それが大当たり。長女の春子・次女・夏子はフィギュア・スケートを始めた。梅田のスケート場にテレビ喫茶の二号店を出店。
時代がとまることを知らなかった時代を走り抜けた一家の物語なのですが、走りつづけている人もいれば、残される人もいる。三女・四女は母親にほっとかれっぱなし。
昔の商売屋というのはそういうものだったのだろうか?読みながら、今の家族と照らし合わせてしまう作品でした。この作品のなかに、子供の頃の自分自身がいるはずです。

 
  中原 紀生
  評価:B
   TVドラマで観ていたら、このあまりに出来すぎた夢のようなお話も、「涙と笑いと感動」(文庫カバーに出てくる言葉)をもって存分に楽しめたかもしれない。いっそ最初から実話の装いを鮮明にしてくれていたら、戦後復興から高度成長期にかけての「市井の戦後史」(久世光彦さんの解説に出てくる言葉)を貫く「庶民」の上昇志向に素直に感情移入ができて、波瀾のストーリーに手に汗握り、はては感涙を誘われたかもしれない。やはりこの作品は、なかにし礼さんの達意の「錬文術」にあっさりと降参してこそ心ゆくまで堪能できる、よくできたホームコメディなのだと思う。(下巻に出てくる岩田春男の言葉が浮いていて、でも妙に感動的でおかしい。「スポーツは魂の錬金術や」。)

 
  渡邊 智志
  評価:A
   先入観なく読めたのが成功でした。関西便の話し言葉も含めて、すぅっと物語にのめりこんでいけました。いかにもありそうなお話。それでいて、そうそう上手くは行かないだろうと思わせる巧みな構成。もしくは、そんなに極端に姉妹で人生が分かれないだろうと感じさせる奇抜な展開。…あれ?…「ブルー・ライト・ヨコハマ」? ここまで来てやっとこのお話がほぼ実話だと気付いて、ますますこの話が好きになってしまいました。母親の姿がビビッドで、とても素晴らしい。道徳的に正しい親だというわけでは決してないんだけれど、文章の中で活き活きしている。物語の中では、三女四女を顧みられない自分の不実さを非常にしばしば反省しているのだけれど、こういうお母さんは実のところ、そんなことではちっとも悪びれず、飄々・堂々と我が道を駆け進んでいるんじゃないのかな? こういう人間臭さが感じられるお話が大好きです。にやにやしながら読み終わりました。